ソーシャルメディア上に日々浮上するトレンドをチェックし、自身に合うブランド価値を見極めながら、多様な販売チャネルを使いこなす――。消費者のブランド体験やショッピング体験はいま、デジタルテクノロジーの力によって一段と進化のスピードを速めている。ブランドや小売企業はその潮流を掴み、何に投資すべきかを選び抜く力が求められるが、それはファッション&ビューティー業界も例外ではない。テクノロジーの開発や利活用が特に盛んであるといわれる米国において、ファッション&ビューティー業界はそれらをどう取り入れ、持続性のあるビジネスを築こうとしているのか。生成AIなどのテクノロジーの進化やTikTokをはじめとするソーシャルメディアの強み、また、ファッションシーンに影響を与えるとされるコレクション事情まで、NYを拠点にその最前線を見てきた米GLOSSY編集長のジル・マノフに聞いた。

ジル・マノフ(Gill Manoff)/米GLOSSY編集長。セントルイスでキャリアをスタートし、Alive誌のファッション・エディターや、セントルイス・ファッション・ウィークのファッション・ディレクター兼共同創設者、フリーランスのファッション・スタイリストとして活躍。シアーズ(Sears)アパレル部門のsearsStyleの編集者とヘッド・コピーライター、Glam.comの編集者などを経て、2016年5月から現職。GLOSSYの編集コンテンツと成長戦略を監修している。

「顧客がいる場所」に出向くという発想

――eコマース、ソーシャルコマース、エシカル消費などの台頭により、ファッション&ビューティー業界を取り巻く環境は大きく変化している。企業やブランドはどう対処しているのか?

状況は急速に変化し、進化している。ブランドや小売企業幹部への取材を通して感じるのは、私たちは大きな変化の入り口に立っているということ。今は新しいテクノロジーが本格的に普及する一歩手前で、皆が次なる時代に備えて動いている。大企業にとっては変化に機敏に対応することは難しいが、その重要性はますます認識されている。ブランドは、AIやAR、VRなど、どんなものであれ、まず試してみようという方向にシフトしている。有効かどうかテストして、うまくいけばさらに進化させる。手を付け、理解し、次に進んでいる。ショッピングのオムニチャネル化、つまり、オンラインとオフラインの両方にバランスよく投資していくことはブランドにとって重要課題だ。ソーシャルコマースのような比較的新しい方法も躊躇なく取り入れられている。TikTokは非常に強力な販売ツールで、ブランドはそこで売上が伸びているのを見ているし、可能性を感じている。美容ブランドの中には、セフォラなどの大手小売店やeコマースサイトで大々的に発売する前に、TikTokで商品を発売しているところもある。これまで主流ではなかった方法で大きな売上と成功を収めているブランドがあるのは興味深い。ブランドや企業は「顧客のいる場所」に出向こうとしていて、その場所がまさにTikTokだといえる。以前はZ世代にリーチするためのプラットフォームだと考えられていたが、今やユーザー層は30代、40代と大きく広がっている。ただ、政府による規制が引き続き懸念されており、TikTokが使えなくなれば、発信者側もオーディエンスも、インスタグラムのリールやYouTubeのショート動画に移行していくと思われる。一部のブランドは、TikTokへの依存を避けるため、テック企業とパートナーシップを組んでいる。自社サイトからライブ配信できるバンブーザー(Bambuser)というソリューションが人気で、ほかにもワットノット(Whatnot)というツールも利用されている。ピアツーピアがメインのライブコマース・プラットフォームだが、これを使って成功しているブランドもある。エシカル消費についてだが、消費者が透明性を求めていることは確かだ。サプライチェーン全体が倫理的でクリーン、持続可能と言えるのかを知りたがり、問題があればソーシャルメディアで糾弾する。ただ、その価値観は必ずしも購買行動に反映されるわけではなく、ファストファッションは相変わらず売れている。また、サステイナビリティへの取り組みとして、多くのブランドがリユースに注力するようになっており、自社製品の回収・再生・再販の取り組みを消費者にアピールしている。

ファッションショーに投資しなくなったコレクションブランド

――ファッションシーンの変化についても聞きたい。世界4大コレクションのひとつでもあるニューヨーク・ファッション・ウィークについて、どう見ているか?

若手やインディーズ・デザイナーのショーが増え、以前よりもクリエイティビティが増している。今の状況は両極端なところがあり、一方にラルフローレン、オスカー・デ・ラ・レンタ、キャロリーナ ヘレラなど世界的なブランドが、もう一方に大学を出て間もない若手デザイナーたちがいる、という具合だ。かつてニューヨーク・ファッション・ウィークを象徴したようなコンテンポラリー・ブランドの多くがもう存在しないか、ファッションショーに投資しなくなっているのだ。ニューヨークではなく、パリやミラノでコレクションを発表するアメリカのブランドが増えていることも問題視されている。ファッション・ウィークの運営団体IMGは、「取り決められた期間はニューヨークでショーを行うことを条件に、デザイナーに資金を提供する」など施策を打ち出している。資金難に直面しているブランドも多いため、ファッションショーのスポンサーシップも増えている。スポンサーの中には、かなり意外性のある企業も見かけるようになった。たとえば2021春夏コレクション(2020年9月開催)で、コンテンポラリーデザイナーのレベッカ ミンコフやジェイソン ウーらのファッションショーに出資したのはロウズ(LOWE’S/DIY製品や建築資材、電化製品などを扱うホームセンター大手)だった。その頃ロウズは、デザイナーとのコラボレーションによる家庭用品をローンチしていたので、ファッションのオーディエンスにアプローチしたかったのだろう。昔ならスノッブなファッション・ブランドがそうした企業をスポンサーに迎えることは考えられなかったが、ファッション・ウィークを継続させるためには歓迎すべきことだと思う。昨今では、ショーをやらずにルックブックやインスタグラムで発表するだけのブランドも増えている。その根底にあるのは、先ほど話した「消費者がいる場所に出向く」という発想で、ソーシャルメディアでなら100人ではなく世界中のオーディエンスに見てもらえるのだから。

――ニューヨーク・コレクションはリアル・クローズが主体だという印象があるが、実際はどうか?また、ビジネスの場としての現況は?

確かにほかの都市のファッション・ウィークと比較すると、ニューヨークで発表される服はベーシックで着やすいが、小売企業のバイヤーからはアバンギャルド過ぎると敬遠されることも多い。小売企業も苦境に立たされているため、冒険する余裕がないのだろう。デザイナーは小売企業から発注されたものしか製品化しないため、ランウェイを見たファッション関係者の間で評判が良かった服が生産されず、残念に思うこともある。ただ、課題が多いとはいえ、ファッション・ウィークはまだまだビジネスの場として健在で、関連ディナーやイベント、パーティーなど交流の機会も多く、そうした場ではインフルエンサーも常連になりつつある。活発に取引が行われる場であることは間違いないだろう。

「Just Walk Out」廃止の裏にあったフリクション問題

――では、ファッション・テックやビューティー・テックで、いま注目しているものは?

ファッション分野のバーチャル試着は興味深い。ブランドや小売業者にとって返品は大きな損失につながっているので大きな可能性を秘めている。成功事例として、小売大手ウォルマートのサービスがある。同社は2021年に買収したスタートアップ、ジーキット(Zeekit)の技術を使って、バーチャル試着機能を(アプリ上で)提供している。さまざまな体型や肌の色、髪型を選んだり、自分の写真をアップロードしたりして服のフィット感を試すことができる。バーチャル試着はまだ発展途上のテクノロジーであり、そのユーザーエクスペリエンスはラグジュアリーブランドが求める水準には達していないが、今後が期待される。

――最近では、Amazonのレジなし決済技術「Just Walk Out」を店舗から撤去することになったり、ファッションストア「Amazon Style」がわずか1年半で閉鎖した。実店舗の未来形と思われていただけに大きな話題になった。

「Just Walk Out」を廃止するというニュースについては、私もそれに関する記事を編集したが、複数のアナリストを取材した担当記者によると、問題はフリクションにあったようだ。ショッピング体験においては、フリクションをできるだけ最後に持ってくるのが理想だが、レジなし決済ではその逆だった。シームレスな体験を打ち出しているのに、入店前にさまざまな登録手続きが必要で、ショッピングをする前からクレジットカードを切っているような気にさせてしまう。データに基づくパーソナライズされたサービスなど、最初の手間と心理的ハードルを上回る以上の利点を提供できれば成功するかもしれない。

――AIの進化が目覚ましい。米国のファッション&ビューティー業界ではいま、どのように活用されているか?

あるフレグランス・ブランドがキャンペーン動画を生成AIで制作して、時間と経費を大幅に削減したという。ほかの多くの製品カテゴリーではうまくいかないかもしれないが、フレグランスの広告というのは昔から、夢のような、ファンタジーの世界を打ち出すものだったため、生成AIをより導入しやすいのだと思う。また、Googleが開発した新しい検索ツール「ドリーマー(Dreamer)」も興味深い。生成AIと画像検索を組み合わせたものだが、たとえば、「肩が出ていて、ふくらはぎまでの長さの白いドレスがほしい」と指示すると、まず2枚のAI画像が生成され、それをもとに類似した実際の商品が検索結果として表示されるというもの。検索の分野も急速に進化しており、それとともに広告のあり方も変わってくるはずだ。

――社会課題やそれに伴う消費者行動の変化に対し、企業やブランドがダイナミックに応じていくという米国のファッション&ビューティービジネスのいまを知ることができた。最後に日本の読者にメッセージを。

2020年の初めに東京に行ったのだが、パンデミックの直前にそうした機会を持てたのは本当に幸運だった。東京で見たブランドやショッピング体験から大いに刺激を受けたので、またぜひ訪れたい。特にストリートウェア好きの人々の間では、アメリカでは手に入らない東京のファッションがいつも話題になっている。いつもインスピレーションを与えてくれてありがとう。