誰も乗り気でないプロジェクトが放置されている(写真:foly/PIXTA)

現状を打破すべく、大きな目標を掲げたり、新規事業でイノベーションを狙おうという企業は多い。「この事業がうまく成長すれば……」というビジョンは素晴らしいが、ともすれば絵空事に終わってしまう。失敗する企業はたいてい、未来の仮定が間違っていたにもかかわらず、軌道修正ができなかったから失敗するのである。

不確実性が高い現代社会においては、ときに想定外の結果になることも、思うように進まないこともよくある話。むしろ、活動前から首尾一貫した結果を求めたり、失敗を特定の部署や個人のせいにして終わらせたりすることが問題である。

コロンビア・ビジネススクールで教鞭をとり、世界的な経営学者として名を馳せるリタ・マグレイスは「どんな戦略においても、知的な失敗は歓迎すべきだ」という。彼女の最新刊『ディスカバリー・ドリブン戦略』では、今この時代に有効な「優れた戦略の立て方」がつまびらかになっている。このディスカバリー・ドリブンの計画法を使って企業経営のサポートを行っている小川康氏が、具体的な手法を解説する。

事業は仮説が外れると失敗する


ディスカバリー・ドリブン・プランニング(仮説指向計画法・Discovery-Driven Planning、以後DDPと記載)は、コロンビア・ビジネススクールのリタ・マグレイス教授とペンシルべニア大学ウォートンスクールのイアン・マクミラン教授によって開発された、戦略目標達成を支援する経営管理手法である。

両教授は、アメリカ企業において約70億円以上の損失をもたらした多数の事例にもとづいて、「事業は仮説が外れると失敗する」という共通項を導き出した。仮説とは、戦略目標達成に必要な条件のことであり、わかりやすく言えば「たら・れば」のことである。

戦略目標達成のためには、まず仮説を明確にすること、そして仮説が実現するようにマネジメントすることが、DDPの要点である。

DDPでは、事業に関する「仮説」と「知識」の割合に注目することが強調されている。新事業や新製品開発・M&A等における戦略目標は、新たな取り組みであるがゆえに、「仮説」の割合が高く「知識」の割合が低い。DDPによると、「仮説」の割合が高いまま事業を進めると失敗(大きな損失が生じる)しやすいので、「仮説」を「知識」に変えていく行動、例えば想定顧客に関する調査であったり、試作品による仮説検証であったり、段階的出資等が必要となる。

このような「仮説」を「知識」に変えていく行動の目的は、「仮説」の外れがもたらす損失を最小化して、利益を最大化することである。マグレイスのいう「仮説」は、「金がかかってリスクも大きい絵空事」とは異なり、現実的にリスクに向き合って早く行動し、早く誤りを修正するためのものなのだ。

早く誤りを修正するメリットは、大きな損失を避けることだけではない。新たな事業機会に気づき、より高い戦略目標を追求する意思決定のタイミングを逃さないことも、大きなメリットである。

企業の成長は、基本的に新たな顧客と新たな製品・サービスによってもたらされる。つまり、成長を追求することは、仮説の割合がおのずと高まる状況になる。仮説の割合が高いまま事業を進めて大きな損失が生じることを避け、より高い戦略目標を追求するために、まず仮説を明確にし、そして仮説が実現するようにマネジメントすることが大事なのだ。

まず「仮説の明確化」から

近年、サステナビリティが注目されていることもあり、今から5年後のビジョン、あるいは2030年を見すえる計画といった中長期の財務目標を掲げる会社が増えている。だが、その財務目標を達成するために、どのような行動が実行されているかが、肝心である。社員には、「なんだか、高い目標だなあ」と他人事のように受け取られていないだろうか。

どのような目標であっても、具体的な行動が伴わないと意味がない。しかし、日々あれこれと多忙にかまけて、何をいつやったらいいかが、よくわからないうちに、気がついたときには手遅れになっている。

先ほど述べた「仮説」と「知識」の割合は、時間軸によって大きく変化する。目の前の業務はわかっていることが多いので「知識」の割合が高く、中長期の業務はわかっていることが少ないので「仮説」の割合が高くなる。「知識」の割合が高い業務のほうが、具体的な行動につながりやすいから、中長期の業務は先送りされやすいのである。

2030年に達成しなければならない中長期の財務目標に対して、今すぐに取り組むべきことは、仮説を明確にすることである。放っておけば手遅れになることを、私たちはもうわかっている。

このような中長期の取り組みに対して、アマゾンの創業者のジェフ・ベゾスはこう語っている。

「私は、2〜3年の時間軸ではなく、5〜7年の時間軸で考えるように、すべての人に指示している」

「これは、人間にとって自然なことではない。これはあなたが徹底しなければならない規律である」

中長期の目標達成には、財務目標を設定するだけでなく、まず仮説を明確にすることが大事である。しかも、目の前のことを優先せずに、中長期の目標達成に取り組むためには、「規律の徹底」が欠かせないことをジェフ・ベゾスは述べている。

なぜ経営陣が「よくわかった」と言わないのか

製造業大手のA社の経営陣は、新型コロナの影響で海外事業の事業環境が大きく変化したため、事業の選択と集中が必要と考えていた。経営陣から事業戦略の修正を指示された事業部では、新たな戦略を検討したものの、財務数値中心の予測となり、経営陣にリスクをうまく伝えることができずに困っていた。

事業部の説明に納得しない経営陣は、「事業部が示していないシナリオと、重要仮説を知りたい」という新たなリクエストを経営企画部に出した。

経営陣のリクエストに応えるために、A社の経営企画部は2カ月ほどの期間で新たな事業戦略の重要仮説の分析を行い、複数のシナリオと、それぞれのシナリオの重要仮説を報告した。報告を受けた経営陣からは、「よくわかりました」とフィードバックがあった。

その後、A社の経営陣は、この事業への追加投資を決定した。実は、追加投資を実行する戦略は事業部から説明されていたのだが、その時点では、具体的な行動に至らなかった。売り上げや利益等の財務目標を示されても、どうしたらその目標を実現できるのか、経営陣が腹落ちできなかったからである。

リスクテイクを伴う事業戦略は、関係者が相当強く腹落ちしないと、実行されない。この事例では、関係者の腹落ち感を高めるために、重要仮説の明確化が役立った。仮説は、戦略目標を達成するために何をすべきか、という具体的かつ低リスクの行動指針を示す。

実現すべき重要仮説が合意されたことが、事業環境の変化に対する具体的な行動を引き起こしたのである。A社は2023年3月期に最高益を達成したが、本事業はさらなる成長を予測している。

愚直に質問を重ねるしくみ

社会インフラ企業B社では、自由化によって主力事業がいずれ儲からなくなることが経営課題となっていた。そこで、主力事業以外の事業を立ち上げることを経営ビジョンとして打ち出した。

この経営ビジョンは緊張感に満ちたもので、B社の社員は自分たちの生き残りがかかっていることを理解した。しだいに新事業の提案が経営陣に示されるようになり、そこまではよかったのだが、大きな問題に直面した。

その問題は、経営陣が既存事業の経験しかなく、新事業を理解できないことだった。「おもしろそうな提案だけど、よくわからないね」という状況に陥ったのである。既存事業なら、これぐらい成功しそうだな、と経営陣が想定できるのだが、それができない。困ったB社の経営陣は、今まで以上に提案部署の意見をよく聞いてみることにした。

すると、このような会話がくり返された。

「大丈夫です」「いや、何がどう大丈夫なのかを聞いているのだが」

「がんばります」「それはそうでしょう」

「私たちのことを信じてください」「もちろん信じていますよ」

B社の経営陣は、コーポレートガバナンスの観点から、これはまずいぞ、と考えた。

そこで、B社の経営陣は、提案部署に対して、経営陣の代わりに重要仮説を質問する部隊を本社につくったのである。

「なぜこんなに儲かるんですか」

「こうならない場合はどうするのですか」

「数字もありがたいのですが、何をするのか、目に浮かぶように教えてください」

伝え方にもひと工夫を

提案部署は、自分たちの提案がベストであるという自負があり、しかも、本社は何もわかっていないと考える人も多く、反発が強かった。そこで、経営陣の命を受けた調査部隊は、現場の部署と話をするときに次のような説明をすることにした。

「何でお前ごときの質問に答えなきゃならないんだとおっしゃいますが、私も経営陣に説明しなければならないのです」

「お前は俺の敵か味方か、はっきりしろとおっしゃいますが、敵でも味方でもなく、重要仮説を質問することはオフィシャルな仕事なのです」

このしくみを業務規程化したうえで徹底したことによって提案部署の反発を緩和することができ、より新事業の現場にかかわる人の声が経営陣に聞こえるようになった。すると、当初は反発していた提案部署にとって、いいことが起きるようになった。

経営陣が新事業の重要仮説をよく理解するようになった結果、「だったら、こうしたらいいじゃないか」という具体的なフィードバックが得られるようになったのである。経営陣の指示によって、部門間の連携がスムーズになった案件も出るようになった。

経営陣と現場が納得できるカタチ

経営陣は、経験だけでなく、経営資源も持っている。一方で、提案部署は、日ごろからコスト削減を厳命されているので、早く・安く・安全に・確実な案を提案しがちだ。要するに、「今までの事業とあまり代わり映えのしない案」ばかり上がってくる。しかし、それでは意味がないのである。経営陣から「これは大きな可能性がありそうだから、もっと投資したらよいのに」といわれるような案件を見つけていかねばならないのだ。

このような、重要仮説を質問するしくみを業務規程化して徹底することによって、経営陣と提案部署の合意形成を促進し、B社は現在も新事業を積極的に推進している。

事業環境の変化に対応して追加投資を決断したA社、新事業への理解不足に対応して重要仮説を質問するしくみを構築したB社、この両社に共通しているのは、戦略目標達成に必要な重要仮説を明確にすることを、経営陣が関与して徹底していることだ。大きな損失を避け、中長期の戦略目標を達成するためには、仮説を実現するようにマネジメントすることが必要だからだ。

(小川 康 : インテグラート株式会社代表取締役社長 )