デジタル市場の再考を促す、DIGIDAY[日本版]のインタビューシリーズ「REFRAME―デジタルの再考―」。今回は、パナソニックコネクト・取締役執行役員ヴァイスプレジデントCMOの山口有希子氏に、今日におけるデジタル広告の課題を聞いた。山口氏は、「ユーザー体験というものをいま一度考え直していかねばいけない時期に来ている」と指摘。さらに「他人任せのメディアプランニングでは、自分たちのブランドを守りきれなくなっている」とし、デジタル広告市場における広告主の意識改革の必要性を強く訴える。もはやコンプライアンスの問題だと現状に警鐘を鳴らす山口氏は、いままで以上に企業の姿勢が問われていると投げかけた。現場レベルではもちろん、広告業界だけでは対処できなくなりつつあるデジタル広告の課題。いま、行動を求められているのは現場の担当者ではなく、経営層だという。

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――現在の日本市場におけるデジタル広告の課題について、どう考えているか?

まず、業界が完全に不健全な状態に陥っている。たとえばアドフラウドのような詐欺行為の発生率は、日本が世界平均よりも高い。大切な広告費が意図しないところで使われたり、手間をかけて作り上げたクリエイティブが本当に届けたい人に見られてなかったりという問題が、「当たり前」になってしまっている。ここに大きな問題意識を感じる。加えて、ユーザーがデジタル広告を嫌いになってしまったことも問題だ。広告は、自社の事業に興味を持ってもらいたい、好きになってもらいたいと考え出稿しているはずだが、結果はそうではない。ユーザー体験というものをいま一度考え直していかねばいけない時期に来ている。

――なぜそうした環境になってしまったのか?

人をターゲティングできるテクノロジーに端を発し、効率化や最適化を追求した先に出来上がったのが、現在のデジタル広告だ。広告オークションという仕組みが登場し、リーマンショック期に入札関連のテクノロジーを持ったエンジニアたちが広告業界に入り、その傾向は加速した。やがて新しいテクノロジーを不正に利用して儲けようと考える者も現れ、テクノロジーの進化とともにそれが成長してしまった。日本ではbelow-the-lineとして、ブランディング以外のパフォーマンスを担うのがデジタル広告だとされてきた背景もあるだろう。テクノロジーの進歩はプラスの面があると同時にマイナスの面もある。できるだけ負の面をコントロールしていくのが重要だが、いかんせんエコシステムは複雑になり、知識やリソース、あるいは意識といった点で追いついていない。現状の可視化すらなかなかできていないのだ。

――そうしたなかで、パナソニックコネクトはどのような対応をとっているのか?

アドフラウドやブランドセーフティの対策はもちろん、CMOである私を中心にガバナンスを効かせられる体制をとっている。もともとはパナソニックコネクトでも、各事業部で広告の専門家ではないメンバーがエージェンシーに「おまかせ」するというオペレーションをとっていたが、現在は各事業部のデジタル出稿担当者と運用型広告のスペシャリストでデジタルアドコアメンバーを結成し、横ぐしのチームとした。あくまでデジタル広告はマーケティングの一部分であり、事業部ごとのマーケティングメンバーにデジタル広告だけを扱う専門のメンバーはいない。だからこそチームとして団結して課題に取り組んでいる。各事業部の担当者にはスペシャリストの知見を共有することで、適正なパートナーとのやり取りを行えている。また、大きなキャンペーンを実施するときは、想定する顧客とマッチするユーザーを抱えたメディアを厳選し、PMPを作って広告を回している。ウォールドガーデンにも投資をしているが、その場合はとくに管理画面を直接注視して進めている。

――そうした対策ができるのは余裕のある大企業のみだ、という指摘もあるがどう思うか?

広告を出そうと思ったとき、「誰に向けてどこに出すべきか」ということは会社の大きさ関係なく考えられているはず。予算が少ないのであれば、どういったメディアに出せばより効果を最大化できるのかをより考えなければいけないため、こうした対策は大企業だけに求められるものではないだろう。たとえば管理職が実務を兼務している場合なら、広告出稿の管理画面などもより近い距離で把握できるのではないだろうか。一方で、リソース不足やプロフェッショナルの不在という指摘はもっともだ。デジタル広告の課題をまず知らない、知見もリソースもかけられる予算もなく、知っていてもアクションできない。企業の規模を問わず、そうした状況になっていることはよく理解できる。だからこそ、JIQDACという認証組織が立ち上がった。少なくともJIQDAC認証のあるメディアやパートナーを活用してほしい。

――大企業にはジョブローテーションの文化があり、専門家が育っていないという側面も感じられる。

デジタルの領域は非常に深く、複雑だ。責任者が3年で変わってしまうという問題は多くの日本企業で起きていることだが、専門家を会社のなかに育てなくてはいけないと確信している。プロフェッショナルが社内にいれば、その知見が横に波及し、会社全体の底上げにもなる。この問題への取り組みも加速するはずだ。日本ではその部分をエージェンシーが担い、広告主への教育も含めて安心安全な広告出稿に努めるという仕組みが築かれてきた。しかし、エージェンシーにおまかせするだけではなく、自分たちのブランドは自分で守るという意識がないと、対応するのが難しくなってきた。そこまで、市場は粗雑化している。

――パブリッシャーやエージェンシーサイドより広告主のほうがこの課題に対する認識が薄いというデータがある。このリスクの希薄さについてどう思うか?

広告主が現状のリスクに気づいていないというのは、非常に残念だ。すべてのエージェンシーからクライアントである広告主に対し、こうした課題を提言することはなかなか難しいだろう。そうなれば、広告主が受動的であればあるほど、問題に気づかない。しかし、この難題に立ち向かうモチベーションを一番持たなければいけないのは広告主だ。広告主が裸の王様になってしまう状況は見過ごせない。だからこそ、日本アドバタイザーズ協会(JAA)のデジタルメディア委員会などを中心に、啓蒙活動を進めている。もちろん、エージェンシーにも、いまのデジタル広告がどういう状況でどういった別の手法があるのか、対話を通じて広告主に示してほしい。

――今後、市場はどのように変わり、誰がリードしていくべきだと思うか?

デジタル広告の出稿費はマスメディアを超え、パフォーマンスだけではなくブランディングも担うフェーズに移行している。もはやデジタルはフルファネルの顧客にアプローチが可能で、もっとも重要な顧客接点になっている。企業において、デジタル広告の課題を広告部門だけで対処するのは限界だと感じている。もはやコンプライアンスの問題に発展してしまっており、経営課題として捉える必要がある。いま、もっともこの課題を知らなければいけないのは経営者だ。デジタル広告は、麻薬などを扱う反社会的勢力の2番目の資金源になるというレポートも出てきている。予算を使い、新たなリソースを投入しなければいけないのであれば、現場だけで改革することはもはや不可能だ。これまで以上に企業の姿勢が、いまデジタル広告という領域で問われている。広告は企業のオフィシャルな声であり、企業スタンスを伝えることはブランディングだ。本質をしっかりと認識して、やるべきことを選択してほしい。

――最後に、まだ対策を講じていない広告主へメッセージがほしい

自社の広告ともっと真摯に向き合ってほしい。知らないあいだに詐欺被害に合い、不正なサイトに掲載されていることを意識してほしい。しっかりと対策すればデジタル広告は非常に有益なものだ。だからこそ、見分ける力と手段を身につけるべきだ。今後、ジェネレーティブAIなどの登場によって不正は進化し、ますます被害が増える可能性がある。そうした現実を把握するためのアンテナを立て、感度を高めなければいけない。アドフラウドや掲載面の現状をエージェンシーに聞くところから始めてもいい。広告主が知らなければ、何も始まらないのだから。

山口 有希子/シスコシステムズ、ヤフージャパンなど、数々の日本企業および外資系企業にてマーケティング部門の管理職を歴任。日本IBMのブランド部長およびデジタルコンテンツマーケティング&サービス部長を経て、2017年に現職であるパナソニック コネクト(当時:パナソニック コネクティッドソリューションズ社)に入社し、CMOを務める。2023年10月、業界健全化の取り組みなどが評価され、第11回Web人大賞を受賞した。

Written by 島田涼平Photo by 渡部幸和