社員としてはうれしい「給料日」も、社長になると「給料日」がつらくなる……(写真:Fast&Slow/PIXTA)

会社の規模を問わず社長の頭を悩ますのが「お金のやり繰り」です。本稿では、自身も起業家として数々の辛酸を舐め、経営の伴走者として1000人以上の経営者の苦難を間近で見てきた徳谷智史の著書『経営中毒』より一部抜粋・再構成のうえ、社長にとって「給料日」がなぜそんなにつらいのか、具体的なエピソードを交えながらご紹介します。

社長になると、給料日の感覚が180度変わる

社長にとって悩みの種となるのが、なんといっても「金」です。儲かっていようが、赤字経営であろうが、一生ついてまわるもの。まさに「お金の呪縛」です。いきなり、こんな話をしたくはないのですが、多くの企業を見てきた事実を、ありのままお伝えします。

私自身も、とりわけ創業期は本当にお金のことばかり考えざるをえませんでした。事業が苦しい時期だと、社長は、四六時中、いや365日24時間お金のことが頭をよぎっていると言っても過言ではありません。なかでも創業時に直面しがちな「資金繰り」の苦しさはスタートアップ、中小企業共通の悩みと言えます。

まずはわかりやすい「給料」の悩み。社長になると給料日の感覚は会社員時代とは180度変わるのです。会社員の方にとって(特に若手の頃は)、25日や月末などの給料日が「待ち遠しい」日なのではないでしょうか。あるいは、むとんちゃくな人なら、「ああ、もう月末か。給料振り込まれたな」程度の感覚かと思います。

一般社員やマネジャー職はもちろん、雇われ社長のような立場の人でも、給料日に対してそこまで強い意識はないでしょう。ところが、社長になると、給料日は「しんどい日」に変わります。

社長にとって、給料=払うものであり、給料日とはお金が出ていく日だからでお金が潤沢なら悩むことはないかというと、そんなことはありません。

特に創業期は、限られた資金のなかで、常に事業のやりくりをしています。給料支払い日の25日が近づくと、「うわあ、もうすぐ25日か」「今日もう20日なんだけど、25日、あと5日しかない……」とゆううつになります。

なんとか今月の25日を乗り切ったとしても、当然、翌月の25日がやってくる。そこを乗り切っても、また翌月の25日がやってくる。「うわあ、また25日くるわ」と毎月嘆いているような状況です。

創業期に、給料日が近づくと「最後の審判」のような気持ちになったことのある社長は、きっと私だけではないと思います。

売り上げが入る前に支払いが生じる恐怖

もちろん、毎月の支払いは給料だけではありません。外注費用や事務所の家賃、水道光熱費、社会保険、税金など、さまざまな支払いが次から次へと押し寄せてきます。

当たり前ですが、名刺1枚、コピー1枚から、交通費、取引先との会食まであらゆる「モノとコト」にコストがかかります。

そうした支払いに対して、入金されたお金でどうにかこうにかギリギリで払っていく。私が見てきた限り、創業初期の企業のほとんどが、この「自転車操業」の状態に一度や二度は陥っています。

いまや業界を代表するような規模にまで成長した企業であっても、創業期の資金繰りの困難を (しかも、往々にして何度も)乗り越えた経験をしているのです。

特にスタートアップと呼ばれる急成長企業では、将来的な黒字化を見据えて、調達した金をあえて投資に回し、その結果、赤字経営をせざるをえないようなケースがあります。これはこれで悩ましいのです。

もう少し詳しく説明しましょう。手元の資金が1億円あるとして、キャッシュフロー上で毎月1000万円ずつ赤字だったとしたら、単純計算で10カ月間は会社を維持できます。

「将来の成長に向けて、手元にある資金を注ぎ込んでいこう」

多くの社長はそう考えます。ただし、10カ月後までに資金手当てをしないと当然、お金が回らなくなります。お金を調達して事業に向かっていたら、日に日にお金が減っていくわけですから、それが常態化すれば、会社が倒産してしまうのは誰にでもわかります。したがって、全力で事業に集中したくても、常に次の資金手当てのことも考えないといけません。

会社が存続するために、資金繰りのことが頭から離れないというのは簡単に言えば、こういうことです。会社規模によらず、着金日が1日ずれていたら、支払いが間に合わなかった、そんなケースも無数にあるのです。

しかし残念なことに、いわゆる自転車操業的な経営だけではなかなかうまく回らないのが現実です。「売り上げが入ってきた後に費用を支払う」という流れになれば良いですが、規模の小さい会社だと「売り上げが入ってくる前に、支払いが生じる」ケースが少なくありません。

会社員であれば、自分がかかわった仕事の売り上げがいつ入金されるかを正確に把握している人はほとんどいないでしょう。実際、売り上げは、当月の業務に対して請求書を発行したら、翌月末に振り込まれたら早いほうで、大手企業は支払われるまでの期間が長く、翌々月末まで待つこともあります(製造業では翌々々月末ということも)。

「本当に支払われるのか、忘れられていないだろうか」と不安な気持ちを抱えながら来る「振り込み日」いや、正確には「着金日時」を待つことになります

みるみるうちに資金が「溶けて」いく

「いやいや、まとまった資金が手元にあって創業したのであれば、そこまで短期の資金繰りに奔走するはずがないのでは?」

賢明な読者の皆さんはそう思うかもしれません。たしかに、どんな社長も最初から望んで自転車操業的な経営をするはずがなく、ある程度のお金を工面したうえで事業を始めるのがセオリーです。

しかし、創業初期の企業だと、はじめから安定的に利益が出ることは稀であり、多くの場合、売り上げが予想を下回ってしまう「残念な現実」を目の当たりにします。

しかも、先に書いたように会社があるだけで費用は容赦なく外に出ていき、その費用はたいてい予想を上回ります。事業を成長させるには先行投資をせざるをえないので、人や設備、広告などにもお金を使い、気づいたら、みるみるうちに調達した資金が「溶けて」いくのです。

お金が必要なら借りればよいのでは、と思う方もいるかもしれません。もちろんそれも有効ですが、お金を借りるのだって容易ではないのです。そもそも消費者金融でもない限り、即日で貸してくれる金融機関などまずありません。

銀行や信用金庫などから借りるには、審査のための細々とした(というと怒られますが)書類を大量に用意する必要がありますし、資金繰りが苦しくて銀行へ相談に行ったら、その打ち合わせ自体が1カ月以上先になる、なんてこともザラにあります。しかも後述するように、借入金を返すというのも、また大変なことなのです。

対策を考えるタイミングによっては「時すでに遅し」

そうして資金繰りがうまくいかなくなると、遅かれ早かれ、支払日に手元の資金が足りなくなる事態が起こります。手元の資金を使い切るまでに残された時間を「ランウェイ」と言いますが、それがいよいよ「0」になってしまうのです。

数多くの企業例にもれず、私も、エッグフォワードの創業当初は、そんな「ランウェイ0」の状況に、恥ずかしながら何度も直面しました。

私自身、自分ではキャッシュフローの概念はよくわかっていたつもりでした。エクセルを使ったキャッシュフローシミュレーションも、コンサルティング会社時代に何度試算したかわかりません。

しかし現実は、机上論通りにはならなかった。事業計画通りに売り上げが進捗しない。受注は増えず、費用は膨らむ一方。

ビジョンを掲げ、事業を伸ばそうと起業した手前、急なコストカットを断行するわけにもいかず、その結果、予定していたよりも大幅に状況が悪化し、あっという間に資金は溶けていきました。

すぐに対策を講じようにも、社長自ら営業活動をしながら受注先に納品をしているような状況では、新たな対策に時間をかける余裕もなく入金が追い付きません。当たり前に聞こえるかもしれませんが、苦しくなってきてから対策を考えるようでは、「時すでに遅し」なのです。

支払いが遅れて信用が傷つくのだけは何としても避けたくても、予定していた入金が先方都合で遅れてしまい、期日通りに支払えなかったこともありました。

それでも、重要度の高い取引先への支払いの目処をどうにかつけられたと思ったのに、優先度の低い(というと、また怒られそうですが)支払いが先に口座から引き落とされてしまい、総額が足りず、大事な取引先に支払えなくなったことも。

資金繰りに忙殺されると、会社の成長が止まる

金融機関がこちらの引き落としの優先度を配慮してくれるはずもなく、そもそも支払い総額が足りていない状況の会社が要望を言える立場にありません。

嘆いたところで何も解決しないので、支払い時期を遅らせてもらうよう交渉したり、逆に入金を早めてもらえないか掛け合いつつ、並行して資金手当てをしたりと、冷や汗を何度も何度もかきました。

なにも自分の恥ずかしい過去を開陳したいわけではありません。

あえて断言しますが、資金繰りに忙殺されたい社長はただの一人もいないのです。自分が資金繰りに悩むと思って創業する人もいないでしょう。

そんな社長も(私もその筆頭でしたが)、手元の資金が足りなくなれば、日々資金繰りのことばかり考えるようになります。資金繰りが悪循環に入れば入るほど、頭の中のシェアをとられます。

最悪なのは、目先のお金をかき集めることばかりに忙殺されて、本来、社長がしなければいけないことに時間を割けなくなることです。


成長戦略を考えて必要な投資をするといった、大事な使命が頭からすっぽり抜け落ちてしまう。創業時に掲げた崇高なビジョンも「明日のご飯」に困ってくると、どこかに行ってしまうのです。

社長は立場上、なまじ責任感もあるので、関係先の支払いに対応するためだけに右往左往します。すると、どうなるか。

会社の成長が止まってしまいます。ビジョンもうやむやになり、人も離反します。

こうした事態を防ぐためには、当たり前すぎて身もふたもないように聞こえるかもしれませんが、事業を進捗させつつ、不要なコストを極限まで抑えるしかありません。

そして資金計画と調達のサイクルをとにかく前倒していく。社長が100人いれば100人全員が深くうなずくと思いますが、それに尽きます。

(徳谷 智史 : エッグフォワード 代表取締役)