人気の時計を巡ってのトラブル発生(写真はイメージです)

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「海外旅行しながらアルバイトができちゃいます!」

 2月18日付の朝日新聞のニュースサイトに、<海外へロレックス買い付けで報酬 バイヤーたちの「信じられぬ」結末>という記事が掲載された。記事では、海外に行ってロレックスをクレジットカードで買い付けるアルバイトに応募したものの、立て替えた購入代金が振り込まれずに高額の借金を背負ったという被害者の声が紹介されていた。筆者はこのニュースを聞いて「またこの手口か……」と呆れてしまった。というのも、数年前にもほぼ同じ内容のアルバイトが存在し、応募した人が詐欺被害に遭っていたためだ。詐欺師のやることはいつの時代も変わらないし、一般人も同じ手口に何度も引っかかるのである。

人気の時計を巡ってのトラブル発生(写真はイメージです)

 実は、筆者の知人A氏も6年ほど前に同様のアルバイトに応募して、2度ほど海外に赴き、ロレックスの買い付けを行っている。今ではすっかり熱が冷めてしまったのだが、筆者は当時、高級腕時計に興味があり、原稿料で何本か買っていた。そのため、こうした話は情報交換でいくつも聞いていたので、実態を記録しておきたいと思う。なお、数年前の出来事なので、細部が異なっている部分がある可能性もあることは、最初にお断りしておきたい。

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【超人気】デイトナ、GMTマスター、サブマリーナー…ファン垂涎のロレックスの時計たち

 トラブルの発端は、A氏が求人サイトでX社の告知を見つけたことだ。「海外に行って高級腕時計を買い付けてくるアルバイトです」「交通費は全額負担」「海外旅行しながらアルバイトができちゃいます!」「空き時間は自由時間です」など、凄まじくポジティブな文言が並ぶ。成功報酬は購入した腕時計の代金の5パーセントであった。

 そして、X社は中野ブロードウェイに店を構えていた。一般的に中野ブロードウェイといえば、「まんだらけ」などの漫画古書店が並んでいるイメージだが、知る人ぞ知る高級腕時計愛好家の聖地でもある。YouTuberのHIKAKINがよく買い物に訪れる「ジャックロード」をはじめ、多くの時計店が入店しているのだ。X社もここに店を構えることで、信用度を高めようという魂胆だったのかもしれない。

購入する腕時計をレクチャー

 さて、A氏がこのアルバイトに応募するとすぐに返事があり、数日後にX社の実店舗で面接があった。そこでロレックス腕時計の写真が載った冊子を渡され、購入の仕方などをレクチャーされたという。行き先はシンガポール。市街地に何店もある高級腕時計店を回って、必ず自身のクレジットカードで腕時計を買い付けてくる(つまり代金を立て替える)ようにと言われた。

 なぜ、こんなアルバイトが成り立つのか。ロレックスの一部のモデルは正規販売店では入手が難しい一方、並行輸入店には定価以上のプレミアム価格で販売されているモデルが存在するためだ。クロノグラフの機能が付いた「デイトナ」などはその筆頭格であり、ダイバーに向けて開発された「サブマリーナー」など、いわゆる“スポーツモデル”であれば軒並み定価以上の価格で売買されている。当時、シンガポールと日本では、シンガポールの方が腕時計の定価が安く、在庫も潤沢にあると考えられていた。その差額をもとに、並行輸入店は利益を出すというわけである。

 話を戻す。買い付ける腕時計ロレックスの「デイトナ」で、他に「サブマリーナー」「エクスプローラー」「GMTマスター2」など、ステンレス製のスポーツモデルがあれば必ず入手してくるようにとのことだった。なお、金無垢などのモデルは基本的にNGで、どうしても品物がない時に限り、買ってくるように言われたという。

 また、シンガポールの時計店では、在庫が潤沢にあるデイデイトなどのモデルと抱き合わせであれば、スポーツモデルを販売してくれる店があった(現在はルールが厳しくなり、こうした販売方法は行われなくなったようである)。そういった店に出合った場合は、「抱き合わせでいいので買うように」とも言われたらしい。なお、X社はデイデイトを“不人気モデル”などと呼んでいた。そんな呼び方をする時点で、腕時計に対する愛情もへったくれもないと思ってしまうのだが。

成田からシンガポールへ

 当日、成田空港に集合した買い付けのメンバーは4名ほど。メンバーの経歴は、フリーランスの男性や主婦など、様々であった。A氏はロレックスのモデル名がわかるほど、腕時計の知識があった。しかし、他のメンバーは「ロレックスって何?」レベルの知識しかなく、腕時計にまったくと言っていいほど関心のない人ばかりだったという。

 そんなメンバーの寄せ集めで大丈夫なのかと不安になってしまうが、かくして一行は成田空港から上海か香港の空港を経由し、シンガポールへ。LINEでX社の担当に現地に到着した旨を連絡し、さっそく買い付けが始まった。シンガポールには「アワーグラス」を筆頭に名だたる高級時計店があり、それらを集中的に巡るようにと指示が出たという。

 しかし、数店巡ってもお目当てのモデルは見つからない。それはそうだろう。既にロレックスの人気が上がってきており、デイトナ以外のスポーツモデルですら店頭に並びにくくなっていたのだから。シンガポールには世界中のバイヤーが買い付けに訪れていたため、店頭のショーケースにあるのは、デイデイトやデイトジャストなどのモデルばかりであった。

 ところが、数店巡った一行は、B時計店でついに「エクスプローラーがある」と言われた。しかし、案の定「デイデイトと抱き合わせなら売ってもいい」という条件付きだった。それでも迷わず、メンバーの一人がデイデイトとエクスプローラーの2点を購入した。日本円に換算すれば、400万円前後の買い物だったという。

素人集団ゆえのアクシデント

 腕時計を購入すると、様々なアングルから写真を撮り、担当者にLINEで報告することになっていた。ところが、さっそくアクシデントが起きた。腕時計本体に貼られていた保護シールを店にはがされてしまった、というのである。担当者は「すぐに店に戻って貼り直してもらうように」と命じた。

 当時、腕時計は表面の保護シールをはがされたり、ブレスレットのコマを調整されてしまうと、並行店で販売する際に新品もしくは未使用品扱いにならないことがあった。今ではロレックスの販売ルールが厳しくなり、必ず保護シールを店ではがすのが決まりとなっているというが、当時はルールが徹底されておらず、貼り直しに応じてくれたようだ。めでたし、めでたし、である。

 そして、一行はシンガポールの主要な時計店をことごとく回ったが、収穫はほとんどなし。翌日も回ったものの、やはり収穫はないに等しかった。A氏はデイトナの金無垢モデルを購入。フリーランスの男性はデイトナの最高峰・プラチナのモデルを購入したが、お目当てのステンレス製のモデルは手に入らなかった。

 購入した腕時計はどのように日本に持ち帰るのだろうか。LINEで担当者が出した指示は、「個人個人で腕に着けて帰るように」「その際、傷をつけないように慎重に扱うこと」というものだった。要は、スーツケースなどに入れると関税で引っかかる可能性がある。あくまでも観光客の体を装って帰ってくるように、ということなのだろう。一行は何のためらいもなく、「そんなものなのか」という感覚で任務を遂行したらしい。

初回はアルバイト代が支払われた

 帰国後、一行はすぐに中野にある店舗に直行した。買い付けてきた腕時計を店員に渡すと、アルバイト代はその場で現金で支払われたようだ。ただし、「カードで立て替えた腕時計の代金は、後日、口座に振り込みされる」と案内された。

 普通の感覚であれば、この時点で怪しいと思うはずである。何しろ、カードで購入した腕時計の代金は数百万円であり、人によっては1000万円を超えている。カードの引き落としの期日までに振り込みがなされなければその時点で“詰み”であり、膨大な借金を抱える羽目になるのだ。にもかかわらず、誰一人としてこのシステムを不審に思わなかったようである。

 数日後、A氏の口座にしっかりと立て替えた代金が振り込まれた。もうお分かりだと思うが、初回はしっかりと金を振り込んでアルバイトを安心させておき、2回目、3回目へと誘導する典型的な詐欺の手口なのである。安心したA氏はもちろん2回目にも応募し、数週間後、やはりシンガポールに買い付けに行っている。2回目は1回目以上に不発に終わったというが、腕時計の代金は振り込まれた。

 ここから先はA氏が不幸中の幸いだと思うのだが、彼は2回目でこのバイトをやめていたのであった。しばらくして、A氏のもとにアルバイトのメンバーから連絡が入った。立て替えた腕時計の代金が振り込まれていないのだという。A氏はすぐに、これは詐欺だったんだ、とわかった。もし、3回目、4回目と続けていたら……と想像し、冷や汗をかいたのは間違いないだろう。その後、他のメンバーがどうなったのかは定かではない。

詐欺は同じ手口で繰り返される

 このアルバイトは当時、SNSやネット掲示板で騒動になったので、当時、腕時計に関心があった人は覚えているかもしれない。筆者はA氏から知らせを受け、中野ブロードウェイの地下にあったその時計店の住所を訪問している。店舗にはまったく人影がなかった。ショーケースにはロレックスやパテックフィリップと思わしき腕時計が並んでいた。しかし、文字盤をよく見ると、数千円で売られているような“雑貨時計”であった。

 アルバイトを募っていた当時から、店頭にこんな腕時計が並んでいたのかどうかはわからない。しかし、前述のように、応募したメンバーには腕時計に詳しい人はほぼいなかったようだ。素人が見たら、ロレックスだろうとおもちゃであろうと見分けなどつかない。何かしら腕時計を並べ、洒落たデザインのポスターでも掲示しておけば、それっぽい店を装うことができてしまったのであろう。その数か月後、筆者が再び現地を訪れると、店は消えてなくなっていた。

 最近、バブルの頃に流行った原野商法が再び行われていると聞く。詐欺は、基本的に同じパターンの繰り返しなのである。今回、朝日新聞が報じた腕時計の買い付けを巡るトラブルも、筆者が聞いた事例とほとんど同じ手口であろう。求人サイトもこうした手口は把握して掲載しないようにしてほしいものであるが、判断が難しいのだろうか。自分の身は自分で守るしかない。少なくとも「クレジットカードで高級品を買ってきてほしい」というバイトには、手を出さないのが賢明であろう。

 それにしても、昨今はロレックスの販売店に強盗が入ったというニュースや、「ロレックス高騰」「正規店で買えれば儲かる」など転売のネタばかりが語られるようになった。ロレックスはせっかく素晴らしい腕時計なのに、詐欺師や強盗の餌食になり、悲しい話題ばかりが報じられるのが残念である。

山内貴範(やまうち・たかのり)
1985年、秋田県出身。「サライ」「ムー」など幅広い媒体で、建築、歴史、地方創生、科学技術などの取材・編集を行う。大学在学中に手掛けた秋田県羽後町のJAうご「美少女イラストあきたこまち」などの町おこし企画が大ヒットし、NHK「クローズアップ現代」ほか様々な番組で紹介された。商品開発やイベントの企画も多数手がけている。

デイリー新潮編集部