コロナが収束すれば世界は元に戻ると思っていたが、感染症だらけの世の中になってしまった(写真:haku/PIXTA)

世界ではジフテリア、麻疹の流行が起きている。なぜワクチンで予防できる感染症が今流行しているのか? 原因は大きく2つある。まず、コロナ禍で医療提供体制が崩壊し、必要なワクチンを受ける機会を逃したこと。そしてワクチン不信による接種拒否が増えている。コロナが収束すれば世界は元に戻ると思っていたが、感染症だらけの世の中になってしまった。歴史の中で、病原体の方が上手で、人類は常に翻弄されてきた。どう対策すれば良いのだろうか?

再び「ワクチンで防げる病気」で死ぬ時代に

2023年10月、アフリカ大陸のアルジェリア、ギニア、ニジェール、ナイジェリアでは、ジフテリアの流行が報告されている。致死率は4.1%と高く、ナイジェリアだけで90%以上を占めている。これらのジフテリア患者の65%以上はワクチン接種歴がなく、60%以上が15歳未満である。アルジェリアでは、ワクチン接種歴のない外国人の感染も報告されている。

ジフテリアは、細菌によって引き起こされ、主に呼吸器系を侵し、進行すると毒素による心臓の障害が起きる。感染経路は飛沫であり、感染力が強く、感染者はおよそ2〜3人に感染させる。これはインフルエンザより感染力が強く、流行が拡大している時期のコロナ並みだ。

ジフテリアに対するワクチンは3種(ジフテリア・破傷風・百日咳)混合ワクチンに含まれており、日本では多くの人が乳幼児期に接種を受けている。乳幼児に対する3種混合ワクチンは、やがて不活化ポリオを加えた4種混合になり、2024年度からはインフルエンザ菌b型(ヒブ)を加えた5種混合ワクチンにアップデートされる。子どもの頃にこれらのワクチンを規定回数(通常は4回)受けていれば、基礎的な免疫はある。ただし、時間と共に防御効果は低下するので、海外赴任などで高リスク地帯に行く前にはワクチンの追加接種を打っておきたい。

国内で入手可能な成人にも接種可能な3種混合ワクチンはテトラビックだ。ただし、世界的に広く使われているのはブーストリックスというワクチンであり、日本国内では未承認だ。留学などの際はブーストリックスでの接種を指定される場合がある。クリニックによっては個人輸入して提供している。

麻疹も全世界で流行している。2023年11月世界保健機関(WHO)の発表によると、昨年ヨーロッパで発生した麻疹患者数は45倍近くに増加したという。2022年は941人であったのに対し、2023年には約4万2200人が感染した。

麻疹は、これまでも定期的に小規模な流行を世界中で繰り返してきた。麻疹は1人の感染者から12〜18人に感染する(インフルエンザは2人程度。コロナの場合は3人程度)。空気感染することが、麻疹の感染力が強い理由の一つだ。初期症状はふつうの風邪と変わらない。2〜3日経ってからグンと症状が強くなるが、そのときにはすでに周囲に広がっている。そこまで感染力が強いと、集団の95%以上が免疫を有しないと流行が起きてしまうのだが、ワクチン接種を個人の選好のみに任せると、ワクチン接種率がそこに届くことはない。それが多くの国で麻疹の流行を繰り返している理由だ。

今回のヨーロッパでの流行は、コロナによって麻疹ワクチンの接種率がほんの少し低下したのが原因だ。麻疹含有ワクチンの1回目の接種率は、2019年の96%から2022年には93%に低下し、2回目の接種率は2019年の92%から2022年には91%に低下したと報告されている。それだけで、この大流行が起きているのだ。

今後増加する輸入感染症としての麻疹

アメリカ国内では、海外渡航者が麻疹を持ち帰るケースが複数報告されている。オハイオ州モントゴメリー州では2005年以来の麻疹患者が報告された。日本国内では麻疹患者は少数ながら発生し続けていた。コロナ禍の3年間は感染者が減ったが、2023年は28人と再び増加傾向にある。今後は外国人による持ち込み、および日本人渡航者による持ち帰りが増加し、それに伴う局所的な流行が増えると予想される。

麻疹にはインフルエンザに対するタミフルのような、ウイルスそのものに作用する特効薬はない。治療は解熱剤や、肺炎を合併した際に抗生剤を使うなど、対症療法しかない。脳炎や肺炎を起こすと重症化し、死に至る。麻疹の死亡率は0.1%程度とされてきた。ただし感染が爆発的に広がると、急速に患者が増加し、医療提供が追いつかなくなり、死亡率が上がる。事実、2019年のフィリピンでの麻疹流行時の死亡率は3.2%と報告されている。麻疹にかかるのは子どもが多い。子どもの30人に1人が亡くなる状況を想像してもらいたい。社会は大パニックに陥るだろう。

海外渡航に際しては、過去に2回以上麻疹含有ワクチン(MRワクチンやMMRワクチン)を受けたことを母子手帳で確認するか、採血して抗体価を調べると良い。もし抗体価が低ければ、追加接種することをお勧めする。もちろん、海外渡航しない人も油断は禁物だ。感染症に国境はないので、全員が麻疹含有ワクチンを2回済ませておくべきだ。

海外赴任が決まって渡航先の感染症リスクに応じてワクチン接種を受ける人もいるだろう。厚生労働省検疫所FORTHのページでは、渡航先ごとに推奨される接種ワクチンを記載しており、それに基づいて費用を補助するワクチン種を定めている企業が多い。

ただ残念ながら、このサイトの情報はリアルタイムに更新されてはいない。西アフリカに関するページの最終アップデートは2014年9月のため、ジフテリアの流行など最新情報は反映されていない。ジフテリアの流行を考慮すると3種混合ワクチンが推奨されるが、FORTHのページで推奨されているのは破傷風ワクチンだ。よって、私が受診者に3種混合ワクチンを勧めても、会社のルールにより破傷風ワクチンを選択する人がほとんどだ。


(画像:CDCのサイトより)

対して、CDCのTravelers’ healthのページは情報が随時更新されている。西アフリカ地域におけるジフテリア流行についても情報があり、3種混合ワクチンの追加接種を済ませておくべき、と記載されている。私を含め、専門家の多くはFORTHでなくCDCのサイトを参考にして推奨ワクチンを決めている。

個別の感染症リスクに応じた予防接種を受けよう

ワクチンで防げる感染症に罹ってつらい思いをするのはコスパが悪い。海外赴任先では日本より医療提供体制が脆弱で、綿密な医療が受けられない場合も多い。ワクチンの種類によるが、規定回数を済ませてしまえば数年にわたって防御効果が得られる。

コロナ禍は、感染症にかかった時のリスクが個人ごとに異なることを認識させてくれた。海外渡航者のワクチン接種も、画一的に内容を固定するのでなく、渡航先での感染症流行状況に応じて、個別に必要なワクチンを選択すべきだ。幸い、最近はワクチン種を指定せず、医師と相談のうえで必要なワクチン接種を受けさせる企業が増えている。そのような動きが、多くの企業に広がっていくことを願っている。

(久住 英二 : 内科医・血液専門医)