損害保険の闇とその真相に迫る

中古車販売大手ビッグモーターの保険金不正請求問題に大手損害保険会社によるカルテル問題が加わり、大揺れの損保業界。

『週刊東洋経済』1月27日号の第1特集は「損害保険の闇」。長年、不正に手を染め続けた業界内部の底知れぬ闇とその実態に迫った。

中古車販売大手ビッグモーター(BM)による保険金不正請求と、保険料カルテルという2大不正事案の発覚で大揺れの損害保険業界。長年にわたる商慣習の闇が詰まった「パンドラの箱」が開いてしまった今、社員たちは何を思い、どのような苦悩を抱えているのか。

東京海上日動火災保険、損害保険ジャパン、三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険の大手4社の社員7人に、匿名で実情を語ってもらい、座談会形式でまとめた。


不正請求はディーラーでも日常的にある


──BMが修理費の水増し請求や架空契約など法令違反の限りを尽くしていた事件について、どのような視点で見つめ、受け止めていましたか。

Aさん そもそもほとんどの社員はBMとは関わりがありません。世間一般の人たちと同じように「こんなひどい企業があるのか」という視点で見ていました。

ただ、中販店損サの実態を知っている社員からしてみると、さもありなんという感じです。修理費の不正請求なんて、BMに限らず、大手のディーラーでも日常的にありますから。それが今回、センセーショナルな形で世に知れ渡ってしまったなと。

[中販店]中古車販売店(事業者)の略称。保険代理店のほか、車検や板金などの整備工場も兼ねているケースが多い。

[損サ]損害の程度を調査し、保険金の支払いを担当する損害サービス部門のこと。

[ディーラー]完成車メーカー系列の販売ディーラー。保険代理店を兼ねており、大手では収入保険料が200億円を優に超える。


ビッグモーター以外のディーラーでも修理費の不正請求は日常茶飯事(撮影:風間仁一郎)

Bさん 損サは目下、過去の(保険金請求)事案で怪しいものを引っ張り出して点検し、自動車の所有者に返金するといった手続きを進めています。

その中で最も注意を払っているのは、例えば修理費が6万円と言われて自動車保険を使ったものの、実はその修理費は3万円だったというようなケースです。

その場合、保険を使わないほうが、翌年の保険料が上がらなくて済み、経済的です。しかし、BMに修理費6万円と言われ、しぶしぶ保険を使った結果、翌年の保険料が上がってしまったというのが、今回の事案でいちばん被害を受けている人たちといえます。

故障の不正請求を見抜くのは難しい

Cさん 修理をめぐって損保ジャパンが「完全査定レス」という仕組みを導入していたことには驚いた。アジャスターが細かくチェックしなくても保険金を支払いますなんて、そんなどんぶり勘定が本当にまかり通るのか。保険会社として、なんて危ないことをしているんだと思いました。

損保ジャパンには、故障に伴う自動車の修理費を最大100万円まで補償する商品があるそうですが、故障の不正請求を見抜くのは、事故の不正請求を見抜くことより何倍も難しい。その故障が経年劣化によるものなのか、故意によるものなのか、本当に見分けがつきにくい。モラルリスクが高すぎて、うちは故障については最大10万円までの補償が精いっぱいです。

Dさん 入庫件数を稼ぐために、BMへのDRSで故障補償をうまく利用していたという話を、社内で聞いたことがあります。入庫件数に応じて、各損保に自賠(自動車損害賠償責任保険)が割り振られるので、損保側も件数を稼ぐことに必死なわけです。

[完全査定レス]損保社員の立ち会いなどによる損害査定を省略して、保険金を支払う仕組み。

[アジャスター]損害査定業務を専門とする損保の社員。

[モラルリスク]契約者や保険金受取人が故意に事故を起こすなどして保険金を不正請求するリスク。

[DRS]損保が自動車事故を起こした契約者に、修理のための指定・提携工場を紹介すること。

BMの店舗から「今月あと3台入庫してくれないか」といった依頼が来ることもよくありました。そのとき事故車の玉がなければ、故障車で賄うといった具合です。

BMとしても、故障車はウェルカムだったはず。BMは各工場に、車両1台当たり14万円前後の修理費用を取るようにというノルマを設定していました。そのノルマが、靴下にゴルフボールを入れて故意に車体を傷つけ、修理費用や保険金を水増し請求する、ということにつながっていったわけですよね。

故障補償の対象となるのは、エンジンなどの不具合で走行不能になった車両です。なので、修理費用は高額になる可能性が高い。BMとしても、故障補償の車であればどんどん入庫してくれ、というスタンスだったように思います。

Eさん うちは営業部門が強い。あるときアジャスターがBMからの請求に疑義があると指摘したら、「何を言っているんだ。BMさんに謝れ!」と、BMを担当している営業がアジャスターの元に怒鳴り込んできたという話を聞きました。今となっては、営業のおまえがまず謝れよと思います(笑)。

保険料のカルテルは当たり前

──カルテル問題について。東急グループ向けの火災保険などでカルテル行為が発覚したとき、社内はどのような反応でしたか。

Fさん 「え、ダメだったの?」みたいな反応をしている人が、大勢いましたよ(笑)。業界慣行だったといわれているとおり、多くの営業の人たちは企業代理店とかを通じて、提示する保険料の水準を調整するのは問題ない、当然ぐらいの認識だったようです。

Gさん 営業部門から、「今日、監査が入った」とか「メールを過去何年分もさかのぼってチェックされた」とか「コンプラ(イアンス)部門の聞き取りが入った」とか「デジタルフォレンジックの調査が入った」といった話を聞き、かなり大変そうでした。

共保について話を聞くと、「日常的に他社と連絡を取り合っている。他社と一緒になって引き受けるので、手続き上どうしたって営業担当者同士でやり取りせざるをえない。正直、(カルテルは)当たり前のように行われてきたことだ」と、営業の人は皆言っていました。

[デジタルフォレンジック]パソコンやサーバー、携帯電話などの電子機器に残っているメールなどのデータを解析して事実関係を調査すること。

[共保]共同保険の略。単独では引き受けが難しい大企業向けの火災保険などを、リスク分散のため複数の損保で引き受ける仕組み。

Fさん 損保を「出入り業者」の1つぐらいにしか考えていない大企業は、少なくありません。損保各社の入札で、企財包の保険料をガチンコで競わせ1円でも安いところと契約しよう、というような意識も薄い。

それよりも本業(商品やサービスの販売)にどれだけ協力してくれたか、いわゆる営業協力の度合いによって、次回の保険契約の引き受けシェアを決めよう、というような姿勢で、顧客企業も傘下の代理店も接してくる。

昔はその企業の株を買い、安定株主として機能することが最もわかりやすい営業協力でした。ただ、現在は、どこの損保も政策保有株を削減する大きな流れの中にいます。

それゆえ、顧客企業の商品を買う、サービスを利用するといった営業協力で競うことに、損保営業の力点がさらに置かれるようになっていったのだと感じています。

[企財包]企業財産包括保険の略。事務所や工場など複数の施設における火災などの事故のほか、事故に伴う利益の減少などについても包括的に補償する。

[政策保有株]顧客企業との取引関係の維持・強化を目的として保有する株式。損保大手4社の政策保有株の時価合計額は6兆円超に上る。

歪んだ取引に心を病む営業担当者

Aさん 毎年11月にはボージョレ・ヌーボー、年末になればクリスマスケーキやおせち、節分が近づけば恵方巻、大型連休前には映画の前売り券などの注文書が社内で回ってきます。注文書を見るたびに、ため息が出ますね。もちろん強制ではないものの、営業の大変さを皆知っているので、協力する社員は多いですよ。

Eさん ある不動産デベロッパーは、営業協力の実績を表計算シートで管理しているという有名な話があります。自分たちの施設やサービスをどれだけ利用したかをきっちり「監視」して、次期契約の引き受けシェアに反映させるんですね。そうした歪んだ取引を求められることに苦悩して、営業担当者が心を病むことが過去にありました。


大企業向けの「団体契約」はかなり優遇されている

Dさん 営業協力という面でいえば、損保において最も強烈なのが、トヨタ(自動車)をはじめとする系列ディーラーへの営業協力ではないでしょうか。

まず損保の営業担当者が業務で使う車は、基本的に車検を利用せず、車検の期限前にディーラーで買い替えます。これは基本中の基本です。それから営業の新人はディーラーで売れ残った在庫車を、ほぼ強制的に個人用として買わされていました。配属になって自分の机に行ったら、車のキーが置いてあったとか、カタログに付箋が貼ってあったというのは、自動車ディーラーへの営業を担当している人にとってはよくある話です。

Fさん ちなみにうちの役員は、新人のときにエメラルドグリーンのクーペを強制的に買わされて、「なんだこのカナブンみたいな車は」と絶望したそうです(笑)。


「営業協力」で、ディーラーの売れ残り車を買うことに……(写真:PIXTA)

愛人と使うホテルの代金を払っておく

Eさん さらに言うと、ディーラーの親密取引先からスーツや食品を買う、新車のフェアが催されるときは駐車場の誘導係をする、なんていうのは日常茶飯事。完成車メーカーが協賛するスポーツイベントがあれば動員をかけ、土日構わず観戦に行って顔を出したとアピールする。新店舗の土地を探す、果てはディーラーの社長が愛人と使うホテルの部屋を探して代金を払っておくなんていうとんでもない話も、同僚から聞かされました。

Fさん スーツでいうと、ディーラーには親密先のアパレル会社から、1着当たり5割程度のキックバックがあると聞きました。200万円の新車を売っても利益は十数万円しかないと聞きますから、ディーラーとしてもそれぐらいがめつく商売をしないと、経営が成り立ちにくいのが実情のようです。

Aさん 大手のディーラーには、損保の社員が出向します。出向者の人件費負担は、損保とディーラーでほぼ半々。年収800万円とすると、ディーラーは400万円の人件費で損保社員をこき使うことができる。こんなに都合のよいことはないので、出向者をどんどんよこしてくれ、とディーラーはルンルンで言ってきますよ。

そういう面では、BMも大手ディーラーも日頃の行いに大差はないですね。

Dさん うちの場合、関東のある大手ディーラーに、出向者は出していないものの、役員が担当として張り付いています。しかもうちの支店はそのディーラーの本社ビルの中にある。今はどうか知りませんが、昔はうちの支店長がそのディーラーの経営者宅に寄り、庭の掃除をしてから一緒に出勤するなんてこともあったと聞きます。支店長にもなって、そんなことをさせられたら地獄ですよね。

損保からコンサルに転職する人が多い

──ここ数年は大手損保でも社員の転職が増えていると聞きます。とくに若手の人たちは、業界の理想と現実とのギャップに嫌気が差して辞めていくのでしょうか。

Gさん 同期は入社時にたしか400人ぐらいいましたが、すでに100人以上が辞めています。コンサル(ティング)会社に転職する人が多いですね。

私は「配属ガチャ」に恵まれて、本社の管理部門に配属されたのでラッキーだったかもしれない。世間一般に比べれば、給料も福利厚生も恵まれている。それが救いではあるけれど、収益源の自動車保険は今後先細りが確実なので、将来の経営に対する不安は少なからずあります。

Bさん 部門にもよりますが、営業はやはり激務だと思う。地方の名家出身など育ちのよい人が多いので、営業でお客さんから罵声を浴びせられたり、ひどい扱いを受けたりして心を病んでしまう人が少なからずいる。同僚が病んでいく様子を間近で見せられるのが、自分としてはいちばんきつい。

Fさん 商社マンのように世界を股にかけて活躍するイメージを持って入社したのに、自動車ディーラーの社長にこき使われて、泥水をすするようなことをさせられたら、誰でもなえますよ。

そうした腐った慣行をどこかで断ち切らないと、この業界は「オワコン」まっしぐらだと感じています。

(構成:中村正毅)


(中村 正毅 : 東洋経済 記者)