中国の技術は思ったより進んでいないようだ

つい最近、中国半導体の製造能力を確認する重要な報道があった。通信機器大手の“華為技術(ファーウェイ)”が最新ノート型パソコン“Qingyun L540”に、中国製ではなく台湾積体電路製造(TSMC)製の“キリン9006C”チップを搭載したとのニュースだ。回路線幅は5ナノメートル(ナノメートルは10億分の1メートル)。製造時期は2020年7月〜9月期という。

このニュースを見る限り、中国半導体メーカーはまだ最先端の半導体を製造する技術を開発していないとみられる。中国のメーカーが当該技術を開発していれば、当然、TSMC製ではなく自国製を使うはずだからだ。

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■日本の半導体企業にとってはチャンスになる

昨年8月下旬、中国の大手半導体メーカーである中芯国際集成電路製造(SMIC)は、回路線幅7ナノメートルのロジック半導体の製造技術を確立したことが明らかになった。それまで、14ナノメートル止まりと思われていた同社の技術が、ほぼ先端半導体の製造能力まで高めたと警戒感は高まった。

今回の報道により、そうした見方はいくぶんか後退したといえるかもしれない。ただ、先行きは楽観できない。IT先端分野で中国の成長志向は強い。ファーウェイやSMICなどは、半導体製造技術の強化を急いでいる。政府も産業補助金などによって支援を強化する。今後、米国は、中国半導体製造能力の向上を抑えるため制裁を一段と強化し、先端分野での米中対立は先鋭化するだろう。

その影響を避け安定した製造体制を確立するため、わが国半導体産業の重要性は世界的に高まる可能性がある。国内の半導体関連企業が、これから新技術の研究開発などを強化することはさらに重要になってくるはずだ。

■数々の制裁を科されながら製造力を高めてきた

世界経済のデジタル化とともに、あらゆる分野で戦略物資として半導体の重要性は高まった。2018年春以降、米国政府は半導体など先端分野で中国の製造技術の発展を防ぐため、制裁関税や禁輸措置などを強化した。特に、5G通信基地局などの分野で世界トップシェアを誇ったファーウェイへの制裁は強まった。

2022年10月、バイデン政権は回路線幅14ナノメートル以下のロジックなど先端半導体、その製造に用いられる装置も禁輸対象に指定した。半導体製造装置に関しては、日米蘭の連携も強まった。一時、中国半導体製造技術の開発は困難になったかに思われた。

2023年8月、その見方を覆す出来事が起きた。ファーウェイが最新スマホの“Mate 60 Pro”を発表した。Mate 60 Proは回路線幅7ナノメートルの“キリン9000s”チップを搭載し、5G相当の通信にも対応した。キリン9000sの設計・開発は傘下のハイシリコン、製造はSMICが行った。

■「5ナノチップ」実現も時間の問題とみられていたが…

2023年10月に米戦略国際問題研究所(CSIS)が公表した報告書によると、ファーウェイやSMICなどは、ペーパーカンパニーをつくって米国などの半導体製造技術を入手した。回路の設計と開発に関しては、米国のソフトウェアのコピー(海賊版)も用いた。

SMICは、28ナノメートルの回路線幅を形成する装置を使って7ナノ製品を製造した。また、中国は需要に関係なく、日米欧メーカーの製造装置などを買い増したことも報告された。世界は、中国政府の先端分野における製造技術向上への執着心の強さを見せつけられた。

Mate 60 Proの発表をきっかけに、米国では、それまでの制裁の効果が想定通りではなかったとの見方が増えた。中国半導体製造技術の発展は想定を上回り、5ナノのチップ製造も時間の問題との懸念は高まった。

中国半導体製造技術の向上に伴って、米国の経済安全保障体制の不安定感は増すとの警戒感も上昇した。AI(人工知能)に対応した、GPU(画像処理半導体)の対中輸出をより強く規制すべきとの議論は熱を帯びた。

■TSMCに頼らざるを得ない状況はしばらく続くか

しかし、今回の報道によって、中国メーカーは回路線幅5ナノメートルの製造能力の実装に手間取っていることが示唆された。それによって、「中国半導体製造能力の発展は急速」という見方はいくぶんか後退しただろう。

CSISの報告によると、2021年7月の時点でSMICはEUV(極端紫外線)を使わずに7ナノメートルのチップを製造していた。昨年8月のMate 60 Proの発表時点での良品割合は50%程度だったようだ。2021年7月時点における中国半導体製造の発展レベルは、試験的な生産と位置付けるべきかもしれない。

そこから2年以上の時間が経過したが、報道に基づく限り、現時点で5ナノメートルの回路線幅をSMICが自力で製造し、最終製品に搭載することは容易ではないとみられる。ファーウェイは、2020年7月〜9月期にTSMCから調達した回路線幅5ナノメートルのキリンチップの在庫を使わざるを得なかったとみられる。

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■技術停滞を投資家も警戒している

なお、TSMCは、回路線幅7ナノから5ナノへ製造技術の進歩を実現するため約2年の時間がかかった。7ナノの試験生産を開始したのは2017年、量産は2018年頃。2020年初めに5ナノ量産体制を確立し、微細化も加速した。

現時点で、SMICなど中国半導体製造能力は、そうした加速度的な発展を実現するには至っていないようだ。米国は、これまで以上に先端レベルのチップ(メモリー、ロジック、GPU、パワー半導体)、半導体の製造装置や関連部材、知的財産の中国への流出を防ぐ対策を強化するだろう。

1月8日、香港の株式市場の序盤でSMIC株は下落した。中国半導体産業の製造技術の発展に追加的な時間とコストがかかるとの懸念は高まった。

中国政府はそうした状況を克服するために、ファーウェイやSMICなどに対する支援を強化するはずだ。世界トップレベルにあるAIや量子計算技術などの研究開発の支援も強化される可能性は高い。中国は、あらゆる手を用いて先端半導体の製造技術の遅れを挽回し、内製化を急ぐだろう。

■日本企業が受け皿になるチャンスが到来している

今後、半導体など先端分野での米中対立はさらに熱を帯びそうだ。2024年11月に大統領選挙を控える中、米国は対中禁輸措置などを強化し、中国半導体製造能力の向上を抑えようとするだろう。中国はそれを跳ね返そうと産業政策などをさらに強化するはずだ。

そうした変化は、わが国の半導体産業が復活を目指す追い風になる可能性もある。中国への製造技術への流出を阻止するため、米国はTSMCなど台湾企業にも連携強化を求めるだろう。地政学リスクへの対応で、半導体製造拠点の地理的分散も加速するだろう。台湾から主要先進国などへの半導体供給は鈍化する可能性がある。

受け皿として、汎用(はんよう)型の半導体製造、半導体製造装置、関連部材メーカーが集積するわが国の重要性は高まる。2023年11月、熊本県にTSMCが第3工場を建設し、回路線幅3ナノメートルのチップ製造を検討していると報じられた。総事業費は3兆円に達する。背景には、事業環境の変化に対応する狙いがありそうだ。

■日本は早急に最新のチップ製造を実現せよ

そこにわが国の半導体産業が復活を実現するチャンスはある。それは、わが国経済の実力である潜在成長率の回復にも大きく影響する。関連企業に必要なのは、常に新しい(高付加価値の)半導体製造技術の実現に取り組む姿勢だ。

足許の世界経済では、車載用半導体の供給過剰懸念が高まった。一方、AIの利用増加に欠かせないGPUの供給は、今のところ需要に追い付いていない。メモリー分野では“広帯域幅メモリー(HBM)”と呼ばれるデータ転送速度が高い、新型のDRAMチップの需要が増加し徐々に市況底打ちの兆しが出た。

今後、もし米国の景気減速が鮮明となれば、一時的に半導体市況が軟化する恐れはある。そうした逆風に対応しつつ、わが国の半導体産業界は最新のチップ製造技術の実現を目指す必要がある。そうした機運の上昇は、わが国の経済の成長力を回復することに寄与するはずだ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)