泰齋大学(Taejae University)のソウルキャンパス正門(写真:泰齋大学提供)

2023年9月、韓国でこれまでにない新しいスタイルの「泰齋大学」が開校し、注目を集めている。

オン・オフラインのハイブリッドキャンパス、授業はすべて英語、教授陣はアメリカのスタンフォード大学や、イギリスのケンブリッジ大学などから招聘。全寮制で、入学後は韓国から始まり、日本、アメリカ、中国、ロシアの4カ国へ学期ごとに移動し、多様な文化に触れ、現地での活動に参加することで各国が持つ社会問題などを探求する。カリキュラムには、シリコンバレーでの現場研修や、文明の軌跡を訪ねるヨーロッパツアーなどが含まれる――。

少人数型教育でオンライン授業や、世界の都市を移動しながら学ぶスタイルは、今ではハーバード大学よりも難関といわれるアメリカの「ミネルバ大学」と似ていることから、韓国では、「韓国版ミネルバ」とも報じられた。

創設したのは、韓国の大手家具メーカー「ハンセム」の創業者チョ・チャンゴル現泰齋大学理事長(84)。泰齋大学が目指すものは何か。韓国教育界の重鎮としても知られる、廉載鎬初代総長(68)に聞いた。

これから必要なのは創造的な力

――学齢人口が減少する中、4年制大学を創設されました。設立に至った背景は。

20世紀は、大量の、形式的な知識を効率的に教え、それを社会で活用していました。しかし、21世紀のデジタル社会では形式的な知はすでにコンピュータに入っています。これからは知識を活用して自分なりに問題を解決する創造的な力を身につけなければなりません。

ヨーロッパで活版印刷技術が発展し、聖書が普及し、宗教改革が起き、ルネサンス文化が花開きました。現在は、デジタルと人工知能(AI)という新しいメディアが登場し、社会システムや大学も大きく変わろうとしています。活版印刷技術で文明が新しく生まれたように、デジタル時代となり、これまでにないスピードで自分自身が変わっていく必要があります。

急速なグローバル化、デジタル化により、知識を丸暗記して中間、期末考査などでよい点をとればそれでいいという時代は終わりました。グローバルリーダー、創意的な人材を今から育てないと遅れてしまう。そんな思いから創設に至りました。

――詰め込み教育で大学に入るシステムは日韓共に似ています。欧米のように自発的な学びと距離ができてしまうのはなぜでしょうか。

儒教の影響があるかもしれません。先生が教えるというスタイルがずっと続いてきました。

与えられたことはきちんとできても、そこから外れてしまうと、創造できない。韓国では儒学が知識とされて、両班(ヤンバン、支配階級)もあまり変わりませんでした。近代化に貢献した知識人があまりいなかった。そんな背景もあるかと思います。

韓国は朝鮮戦争、経済危機などで社会システムが大きく変わり、大学進学率も上がりましたが、それもその時代のモチベーションによって変わってきています。泰齋大学は今、21世紀のエリート大学を目指し、21世紀の世界最高のエリート校になるために全力を注いでいます。

西洋だけでなく、東洋も知ることが必要

――韓国版ミネルバ」とも報じられましたが、異なる点はどこでしょうか?

ミネルバ大学よりももっとよい大学になる予定です(笑)。オンライン授業型で海外を移動して学ぶなど似ている部分もありますが、まず目標が異なります。20世紀までには西洋の文明が支配しましたが、今は東洋の力が強くなってきています。東西洋を理解し、世界秩序を新たに作り出せる未来志向の人材を育てなければならない。泰齋大学は超一流大学を目指して人材を集めて訓練します。


新学生を迎えるセレモニーでスピーチをする廉載鎬総長(写真:泰齋大学提供)

そのため、移動する国も20世紀の強大国家を知るという考えを基に日本、アメリカ、中国、ロシアの4カ国を選択しました。ルネサンス時代にダヴィンチが生まれたように、21世紀のダヴィンチを育てることが本校の目標なのです。

――そんな人材を生み出すカリキュラムも独特です。

今までの大学は一方的に゛教える゛スタイルでしたが、泰齋大学では学生の互いのディスカッションに焦点を当てており、先生はあくまでも「促進者、ファシリテータ」としての役割をしています。

授業前に討論の対象となるビデオを見たり、本を読み、授業では、学生をグループに分けて、学生どうしで討論させる形式です。オンライン授業のシステムはスタンフォード大学コンピュータ教授らが開発した「Engageli」というツールを使用しています。

これは、Zoomよりも高度で、たとえば、100分の授業が終わると、先生や学生が時間にしてどれだけ話をしたかがグラフで表示されます。討論で1人が独占している場合にはグループ替えも行います。

2年生からは各国の社会問題の解決に取り組む

――専攻はどのように分かれているのでしょうか?

専攻は2年生で選択し、大きく人文・社会科学、自然科学、データ科学およびAI、ビジネスイノベーション学部があります。1年生は教養課程ではなく、自分がどんな力を持っているかを知り、それを育むために『イノベーション・ファンデーション学部(革新基礎学部)』で知識の基礎を学びます。批判的、創造的な思考を培い、コミュニケーション力やコラボレーション力を伸ばし、グローバルリーダーに必要とされる多様性などについて学びます。

2年生から他国に移動した後は各国の社会問題を解決する「Civicプロジェクト」、例えば日本であれば高齢者問題にどう取り組んでいるかなどを考察し、活動にも参加しながら実践で学びます。

全寮制ではソーシャルバリュートレーニング、いわゆる社会から必要とされている存在価値は何かを身につけます。生活は共にしますが、授業はオンラインが主ですから、部屋でもカフェでも自由に受講できます。海外では、学生寮もしくは短期で借りられるマンションなどを利用する予定です。  

――定員は韓国人学生100人、外国人学生100人ですが、1期生はそれぞれ定員を割っています。現況とその合格基準は?

2023年4月に政府から認可が下り、学生は6月から募集しました。韓国人学生は373人の応募から27人、外国人学生は100人の応募から5人が入学しました。本校の入試は原石を選ぶためのものですから、入学申請の部署は「人材発掘部」で行い、文字通り人材を発掘します。人材がいなければ定員を満たすことにこだわりません。

合格の基準は、どんな考えやモチベーションを持っているかが重要になります。高校時代の成績と、どんな活動をしてきたかがわかる内申書で選考した後、面接に進みます。面接はグループと個人の2つに分かれ、グループでは、英語で書かれた文章を20分くらい読み込んだ後、5人ほどで討論します。

1人あたりの持ち時間は10分。これを超えると減点となります。討論する場面を録画し、教授陣が後で評価します。この後、個人面接に移り、学生が持っている考えやモチベーションを話してもらい、合否が決まります。

学生が経済的な制約を受けないように設計

――学生への多彩な奨学金プログラムは韓国の父兄の間でも話題になりました。

学生が経済的な制約を受けることがないように設計しています。学費は、韓国人学生の場合は、年間900万ウォン(約99万円)、外国人学生の場合は、1万5000ドル(約210万円)ほどです。

ただ、外国人学生の場合は、2025年まで入学している外国人学生に対しては泰齋大学の存在を広く知ってもらう目的で授業料、各都市での滞在費、スタディツアーなどすべてを奨学金の対象としています。さらに、大学卒業後に大学院に進学したり、起業する学生にはプランに応じて奨学金から支援していく予定です。


廉泰齋大総長は高麗大学総長を経て現職。韓国では行政、デジタル界でも重鎮としても知られる(写真:筆者提供)

泰齋大学の1期生の中には、延世大学、高麗大学を辞めて入り直した学生もいたという。両大学とも韓国の名門だ。熾烈な競争を゛勝ち抜いた゛彼らがなぜ泰齋を選択したのか聞くと、「スタンフォードやケンブリッジなど世界有数の教授から学べる」「海外に行って学ぶ、グローバルエンゲージプログラムに惹かれた」「才能豊かで多様な文化的背景を持つ学友と学びたかった」といずれもグローバルに開かれた点を挙げていた。

韓国の父兄の間では同校の準備段階から熱い関心が寄せられており、従来にない画期的な大学だとして、「韓国の大学序列の概念を壊してほしい」「グローバルに成功してほしい」という声があがる一方で、「韓国に根づく大学序列意識をそう簡単に払拭できるだろうか」という様子見のような雰囲気もある。

学名の「泰齋」は、陰陽の調和を表す「泰」と、家を表す「齋」を合わせ、東西を調和し新たな文明を生み出すという意味が込められているという。

経済学者ピーター・ドラッカーは1997年に、「30年後は大学のキャンパスは歴史的遺物になるだろう」と予言した。急速なデジタル化は大学の在り方をどう変えていくのだろうか。

(菅野 朋子 : ノンフィクションライター)