モノが溢れているこの時代に、あえて“モノ”をプレゼントしなくてもいいんじゃない?と言う人もいるかもしれないけど…。

自分のために、あれこれ考えてくれた時間も含めて、やっぱり嬉しい。

プレゼントには、人と人の距離を縮める不思議な効果がある。

あなたは、大切な人に何をプレゼントしますか?

▶前回:32歳でCAからライターに転身した女。CA時代の暴露話がヒットした代わりに、失ったものとは




佐久間聖子(29歳)「内気な恋の行方」


― 今日も来ましたよ。

凛々しい佇まいで遠くを見据える、坂本龍馬の銅像。

その前で、私はかじかんだ手をこすりあわせる。

有楽町にある高知県のアンテナショップ「まるごと高知」は、大げさかもしれないが私の心のオアシスだ。

― ここのところ、毎週のように来ちゃうんだ。

大学で上京するまで、私は高知で育った。一人娘として大切に育ててくれた大好きな両親。そして実家の向かいに住む祖父母を、ここに来ると思い出せる。愛おしい気持ちで、店内を見て回る。

かつお、土佐文旦、芋けんぴ。父親が愛飲している地酒「酔鯨」。

― ああ。高知に帰りたいなあ。

郷愁?そんなレベルの感情ではない。

勤めている大手保険会社を今すぐ辞めて実家に帰ってしまいたいくらい、高知に焦がれている。

最近の生活は、きつい。

社会人になって8年目。12/18には30歳の誕生日を迎える。仕事はそこそこに順調で経済的には満たされていると思う。しかし、兎にも角にも孤独なのだ。

数少ない大学時代の友達とは、年が経つごとに疎遠になってしまった。

親友と呼べる友達も、特にいない。恋人も、4年近くいない。

― ひとりがこんなに寂しいなんて。

もういい大人なのに。でも、寂しいものは寂しいのだからどうしようもない。

「酔鯨」をレジに持っていこうと手に取った、その瞬間だった。

「佐久間さん?」と声をかけられる。

驚いて、危うく瓶を落としそうになった。


― あ。この人は、同期の…確か、一条…智則。

同期は80人近くいるが、仲良しと言える存在は一人もいない。顔と名前が一致していない人すらいる。ただ、一条くんはよく目立っていたからから、下の名前まで覚えていた。

明るくて、コミュニケーションが得意。長身。イケてる。

それが一条くんの印象だった。仕事での評判もいいと、人づてに聞いたことがあった気がする。

「一条くんだ。久しぶり」

緊張で、絵に描いたような作り笑いになっているのが自分でもわかる。

「久しぶりすぎるな。こんなところで会うなんて。…日本酒、好きなんだ?」

「そ、そう。これ、父が好きで、懐かしくて。私ね、高知出身なの」

自分の下手なコミュニケーションに冷や汗をかきながら、そそくさと立ち去ろうとしたとき、一条くんは目をキラキラさせて言った。

「え、まじ?俺も高知出身だよ」

「…え。知らなかった。どこ?」

「四万十」

出身高校について聞き合いながら、2人で店内をうろうろする。

私はかつおの酒盗を手に取り、一条くんはレトルトのカレーを何種類か見繕って、かごに入れた。




会計を済ませ、「じゃあ」と手を振りかけたとき、一条くんが「ねえ」と言う。

「飲むの好きなんだったら、せっかくだし2階で軽く食べていかない?」

アンテナショップの2階に、レストランが併設されているのだ。入ったことはないが気になってはいた。

― でも…一条くんと2人で、飲みか。

嫌ではない。でも、うれしくもない。あんまり仲良くない人と飲むと、お酒もご飯も、味がよくわからないから。

でも、断るにはもっとエネルギーがいる。私は曖昧に「いいねえ」と言った。



1時間後。

私は、驚いていた。

日本酒も、かつおのお刺身も、しっかり美味しいとわかる。ほぼ初対面なのに緊張していない。むしろリラックスしている。

― なんでだろう。

出身が同じだから?それだけで緊張が解けるなんておかしいことだが、話がやけに弾むのだ。

「佐久間さんと飲むの楽しいな。もっと早くから喋ればよかったね。なんか、損した気分」

屈託なく笑っておちょこを口に運ぶ一条くん。左手に指輪がないことを確認してしまう自分に、我ながらちょっとびっくりする。

「一条くん、話しやすい。もっとギラギラした人だと思ってた」

一条くんはハの字眉になり、「新入社員のときの印象だろ。もう8年も経って、丸くなりましたよ」と笑った。

「佐久間さんは、最近帰省した?」

「してない。年始に、1年ぶりにまた帰ろうと思ってるけど…帰ったら、東京に戻りたくなくなるだろうな。最近楽しくなくて、会社を辞めて高知に戻ろうかなって考えることが多いんだ」

― あ、口がすべった。会社の人に、こんなことを安易に話すのはよくない。

ごまかそうとするが、一条くんはじっとこちらを見て、「何かあった?」と聞いてくれた。



誕生日前夜の日曜日。

一条くんとの突然の「サシ飲み」から1週間が経った。

江戸川橋の自宅マンションでひとり、あの日に買った「酔鯨」を空ける。

― あの夜は、話しすぎてしまった。確実に。

友達も恋人もいなくて孤独なこと。家族が恋しいこと。一条くんは、ときに共感しながら話を引き出してくれた。




一条くんは、ものすごく聞き上手なのだ。私のような相手にも合わせられるなんて、天性のコミュニケーションスキルだと思う。

― だからきっと、モテる。

そう考えた途端、気持ちが陰る。

認めるのが怖いけれど、あの夜から一条くんのことばかり考えていた。10代の恋愛のように、早計に、いろんな想像をしたりして。

― これって恋ってことなのかな。

恋愛経験が少ない分、私は華やかな恋愛に憧れている。

たとえば、好きな人からバラをプレゼントされるような経験をしてみたい。絶対に言えないが、一条くんを相手に勝手にそんな妄想をしていた。

そのとき、LINEの着信音が鳴り、途端に口元がゆるむ。

上京して12年。両親は毎年欠かさずに、0時に電話をくれるのだ。

「もしもし?」

呼びかけると、大好きな2人の声が聞こえた。

そして翌日。

出社して会議を終えた夕方、オフィスビルの地下にあるカフェでコーヒーを買ったところで、背後から「おす」と声をかけられた。

「また会ったね」

一条くんだ。


「仕事終わったらLINEしようと思ってたんだ。佐久間さん、今日誕生日でしょう?」

目を丸くしていると、「LINEで知ったんだよ。『誕生日の友だち』の欄に載ってたから」と説明してくれた。

― そんなものがあるの?

「近々お祝いさせてよ。この前楽しかったし、また地元メシ食べにいこう」

誘いに、ほわほわと気持ちが高ぶっていく。

「誕生日プレゼントのリクエストも、あれば」

「え…そんなそんな」

「なんでもいいから、何か欲しいものない?」

リクエストなんてない。でも、ないと言ったら一条くんに考えさせることになる。それは迷惑だ。

焦った結果、衝動的に答える。

「バラ…」

「バラ?」

いやいや、ただの同期に、バラを贈る男などいないだろう。自分のリクエストがメルヘンすぎることに気づき、顔から熱が噴出する。

「えっと、バラを…入れるような…容器?」

一条くんは「花瓶ってことか」と、うなずいた。

見るからに挙動不審な私を、小馬鹿にして笑わないのだから、いい人だ。




約束のディナーの日。

私は、神楽坂の『Jfree』にいた。

日本酒を楽しめるフレンチレストランだ。

素敵なお店のセレクトにどうにも浮かれてしまい、普段は着ないワンピースを着てきた。慣れないことをしている自分を、心の中で可笑しく思う。

一皿ずつ美味しい美味しいと言い合い堪能した、ディナーの終盤。一条くんは「そうだ。プレゼントがある」と言った。

手渡されたのは、「GEORG JENSEN」と書かれたダークグレーの紙袋だ。さっそく包みを開けると、洗練されたシルバーの花瓶が現れた。

「すごい…めちゃくちゃ素敵。一目で気に入った」

「よかったあ」

一条くんは、本当に心から安心した表情をする。

「佐久間さんの家のテイストがわからなかったけど、この花瓶ならどんな部屋にも、どんな花にも合うと思ったんだ」

うれしくて、何度もお礼を言いながらお店を出る。お会計は、魔法みたいにすでに済まされていた。

真冬の23時過ぎの夜風は、酔いだか照れだかで、ちっとも寒くない。

― 明日、バラを買って帰ろう。おうちに飾ろう。

何回目かわからないお礼を言うと、一条はなぜか困った顔になった。

「実は、まだあって…」

「なにが?」

「余計かもしれないけど、せっかくだから…贈りたくて」

赤い5本のバラの花束が、差し出される。




「…東京が嫌だなんて言わないで、もっと一緒に過ごそうよ」

「え…あ…」

混乱して、また挙動不審になってしまう。息を深く吸って気持ちを落ち着かせると、ようやく心からの笑顔が湧き上がってきた。

「…うれしすぎる。本当に」

「よかった。引かれたかと思った…」

一条くんは、安堵した様子でため息をついた。

「花瓶、重いだろうから、タクシー使って」

スマートにタクシーを止め、先払いをしてくれる。上気した頬がなんだかかわいい。

ドアが閉まると、私は窓を開けた。

「今日は本当にありがとう。楽しかった」

「こちらこそ。よかったらクリスマスも会おうよ。あと、年末年始帰省するなら高知でも飲もう。また連絡する」

恋しさと、慣れなさと、高揚感。

走り出すタクシーの中、私はバラと花瓶を大事に抱きしめた。

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