記事のポイント

多くの組織が心理的安全性を「思いやり」や「いい人であること」と誤解しており、これがビジネスに悪影響を及ぼしている。

従業員が報復を恐れずに問題を指摘できる環境を作ること。これにより最高の業績とパフォーマンスが生まれる。

心理的安全性の概念を長年研究してきたエイミー・エドモンソン教授は、心理的安全性が「弱み」ではなく「武器」になると強調し、正しい理解と適用が必要であると説く。


雇用主は従業員の心理的安全性(psychological safety)を十分に理解できていない。そしてそれはビジネス上、極めて良くないことであると、専門家は警鐘を鳴らしている。

この言葉は、間違いと思しきことがらが発生した場合に、従業員が報復を恐れることなく自由にそれを指摘できる環境こそが、最高の業績と従業員パフォーマンスを生み出すとする職場哲学を意味するものだが、多くの組織においては根本的なところで誤解されている。そしてそれが従業員と企業に深刻な波及効果を及ぼす、と専門家たちはいう。

行動コンサルタント企業であるビヘイブ(Behave)は2023年8月に英国で、人事関連の意思決定を担当する上級幹部200名を対象に調査を行ったが、先ごろ発表されたその結果報告書によれば、心理的安全性が実際に何を意味するのかを明確に理解していると回答した人事担当エグゼクティブはわずか16%であった。また、組織戦略に携わる企業リーダーたちと幅広く協働しているという数名の専門家にこの記事のために取材をしたところ、これは英国に限らず、米国を含め大陸横断的にみられる普遍的な問題であると認めている。

「思いやり」が重要なのではない



ビジネスリーダーたちは心理的安全性を「思いやり」や「いい人であること」と勘違いし、「全身全霊で仕事に取り組む」文化を育てていると、ビヘイブのイノベーションおよび戦略担当ディレクターを務めるアレクサンドラ・ドブラ=キール博士は強調する。その中心的な意味は「職場における不快感を不快なものと思わないこと」であり、その点に目が向けられていないという。「反対、つまり互いに相手にきつく当たれというわけではないが、思いやりはここでは関係がない。率直に、正直にふるまえることが大切なのだ」と同氏はいう。

「だからもし何か意見のある人がいて、それを口にすることでパフォーマンスを倍にする効果がほんとうにあるのならば、その人はそうすべきだ。つまり、心理的安全性という概念の核心を成しているのは、このような徹底的した率直さなのだ」。

心理的安全性という言葉は、新型コロナウイルス感染症のパンデミック以降、各企業が従業員の福利厚生の重要性にいちだんと力を入れ始めたことで、広く注目を集めるようになった。そして、たとえばマスク着用の是非といった世論を二分する議論など、仕事以外の問題にも拡大した。

この問題の対応に成功した企業も一部あるものの(Googleとマイクロソフト[Microsoft]は心理的安全性を自社組織内に取り入れることに成功したと主張する企業の例だ)、ほとんどの組織では誤った適用が原因で、心理的安全性が期待された結果に結びついていないと、ドブラ=キール氏は付け加えた。

もしこの概念の誤用が放置されれば、さらに「イエスマンやイエスウーマン」ばかりの文化が作られ、もうひとつの職場の病である「有害なポジティブさ(toxic positive)」に危険なまでに近づいてしまうだろう。しばしば善意のもとに行われる何としてでもポジティブであろうとする意識は、職場の士気だけではなく業績にも深刻なダメージを与えかねない。従業員のだれかが、チームや特定の製品のパフォーマンスを向上するために起こり得る問題点を明らかにしておきたいと考えても、その意思を「ネガティブな態度だ」とか「チームプレーでない」などと混同してしまうのだ。だがこれではネガティブな感情とポジティブな感情とのバランスが損なわれてしまう。

心理的安全性は「弱み」ではなく「武器」になる



ハーバード・ビジネススクール(Harvard Business School)のエイミー・エドモンソン教授は20年以上にわたって心理的安全性の概念を研究してきたが、数多くの組織で心理的安全性が大きく誤解されていることには同氏も同意している。「ここでベースになるのは、心理的安全性とは『あなたが心地よいと感じることの本質は、気まずい状況になっても大丈夫だと信じられることである』との理解だ。病室のベッドのそばでだれかの失敗を指摘するとか、重要な新製品のローンチに関する議論の中で上司の意見に反対するなんて、決して居心地のよいことではない。これらはすべて本質的に難しいものだ。だが絶え間ないイノベーションと学習と改善が求められるダイナミックな世界にあっては、成功のために必要なことだと思う」と同氏は述べている。

心理的安全性の恩恵を得るためには、リーダーは問題解決の答えが見つからないときに快くそれを認め、全員からの意見に耳を傾ける必要がある。人によっては、弱さをみせるのはハードルが高いと思うかもしれない。特にチームメンバー全員から賛同が得られるという信頼がない場合はなおさらだ。「心理的安全性は武器にもなる」とリーダーシップ開発会社マインドセットシフト(Mindsetshift)の創設者でエグゼクティブコーチのソープ・アグベルシ氏はいう。

「その武器の矛先がリーダー向かうこともある。常に1人や2人は『それは個人的すぎる』とか『弱すぎる』と考えて異議を唱える人がいるからだ」。これは、スタートアップだった会社が数千人のスタッフを抱える大企業へと成長するときに、特に大きな問題になる。急成長を遂げながら同じ文化を維持し続けることは難しく、心理的安全性を根付かせるための努力は簡単に失われてしまう」と同氏は強調した。

この現代的な働き方は、特にベテラン社員からは見下されがちで、彼らはこれを試そうとするマネージャーに抵抗するかもしれない。だが最高のパフォーマンスを達成するためには、リーダーはビジネスのゴールを見据えて断固たる態度を貫く必要がある、とアグベルシ氏は付け加えた。「リーダーとは、自分がすべての答えを持っているわけではないことを認識できる人だ。自分が人間であり、学び、成長し、仲間とともに目標に向けて旅をするための唯一の方法は意識して耳を傾けることであって、ただ受け身に聞き流すことではないと知っている人こそが、リーダーなのだ」と同氏はいう。

そして「世の中にはリーダーの仮面をかぶっただけのマネージャーがたくさんいると私は思う。彼らはタスクのこなし方のノウハウや技術的な能力を持っていたおかげで報われてきた人たちだ」と述べた。

12月14日公開のVol.2に続く

[原文:Why employer misunderstanding of psychological safety is hurting teams’ performance]

Jessica Davies(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)