(※写真はイメージです/PIXTA)

写真拡大

超少子高齢社会となって久しい日本で、深刻化する「親の介護」問題。『高齢社会白書』(令和5年版)や事例とともに解説していきます。

超高齢社会の日本…介護の「あまりに厳しい現実」

超少子高齢社会となった日本。令和5年版『高齢社会白書』(内閣府)によると、現在65歳以上の人口は3,624万人であり、総人口の29.0%を占めています。65歳以上人口がピークを迎えると考えられているのは、今から20年後。令和25年に3,953万人となり、その後は減少に転じると推計されています。

高齢化に伴い日本全体で深刻化しているのは親の介護問題。老人ホームへの入居に抵抗を持っていたり、「親の面倒は子どもが見るべき」と考えていたりする方も多いですが、介護のかたちがどうであれ、費用・時間ともに甚大なコストの発生は避けられません。

Bさん(60歳・女性)は先の見えない介護生活に、途方もない思いを感じたと語ります。

きっかけとなったのは、義姉・Cさんの死去。Cさんは大学卒業後に上京したものの、父が脳梗塞になったことをきっかけに、50歳のときに帰省し、介護をしながら働いていました。実家で両親とともに暮らしていたCさんでしたが、60歳のときに癌が発覚。若年だったことが災いし、わずか3年足らずでこの世を去ってしまいました。

遺された両親は2人で暮らしていけるのか? 離れて住んでいたこともあり、Bさん夫婦は親の実情をあまりわかっていませんでした。葬儀の際には、ところどころ会話が成り立たないこともあり、不安を覚えたとBさんは話します。

間もなくして、Bさんは夫に頼まれ、義両親の家を訪れました。インターホンを押しても返答がないため、義姉が生前使っていたカギで室内に入りました。

「最初に目に入ったのは、横たわるお義父さんの姿でした。すぐに『異様だ』と思いました」

「お義父さん、ベッドの下に『落ちていた』んです。この言葉が正しいと思います。介護用ベッドの下には若干空間があったんですね。人がギリギリ入るくらいの。その部分に下半身を入れ込んで、上半身だけベッドの下からだらーんと出ている状態でした。床の上で大の字になっていました」

「何事かと驚いたんですが、横でお義母さんが正座してお父さんの姿を眺めてるんです。というか、何か喋りかけていた。内容は聞こえませんでしたが、よく見るとお義母さんは、小さなお菓子片手に、お義父さんの口元に吸い飲みを近づけていました」

「『ベッド戻りましょう』と言っても、2人とも返事をしてくれない。義父は170センチくらいありますし、私が持ち上げることもできない」

「仕方ないから、まずはゴミだけ片付けることにしました。甘納豆の子袋がたくさん落ちていて、砂糖のカスみたいなものがそこら中に散らばっているから、コロコロでもかけようかなと。そのとき、お義母さんが吸い飲みを床に置いたんです」

「こぼしちゃったら嫌だな、と思って手に取ったら、なんとも言い難い匂いがしました。お酒だったんです。多分、日本酒。お義母さん、吸い飲みで、お義父さんにずっとお酒あげていた」

「急に異様さを感じて、改めて畳を見渡すと、黒い丸が点々と散らばってることに気づきました。タバコの不始末で、床が焦げていたんです。『あ、これもうダメだ』と悟りました」

「まずはウチで面倒を見よう」から始まった壮絶な日々

Bさんはすぐに現状を家族へ伝えました。その週末、夫とともに義両親宅へ再訪。現状を見た夫も愕然とした様子だったといいます。

「まずはウチで面倒を見よう、という話になりました。子どもたちも独り立ちしていて、部屋自体は余っていたんです。ベッドもあるし、まずは私たちの家で暮らしてもらおうと。……その選択は誤りだったと、私は思っています」

介護のシーンではお金以上に「時間」も深刻な問題です。厚生労働省『2022年 国民生活基礎調査の概況』によると、在宅介護にかける時間は「ほとんど終日」が19.0%、「半日程度」が11.1%、2〜3時間程度が10.9%です。また、要介護4では41.2%が「ほとんど終日」要介護5では63.1%が「ほとんど終日」と回答しています。

終日介護に追われるような生活だと、介護者は趣味・娯楽を諦めざるをえなくなり、さらには仕事を続けることすら難しくなってしまいます。Bさんもまさにその一人でした。

「お義父さん、わかってはいたんですが、お酒もタバコもすごいんです。ジッと座って、お酒とタバコを呑み続ける。ウチはもともと誰もタバコを吸わない家庭だったので、匂いに耐えられませんでした。……あとオムツ。下の世話が一番キツかったことは言うまでもないです」

「お義母さんは……お義父さんと逆で、うろつくんです。家の中を。基本、穏やかなんですが、認知症の初期症状だろうなと感じるというか、ひたすら整理整頓らしきことをしている。といっても、右にあるものを左に移して、ちょっと時間が経ったら、左にあるものを右に移してといった様子で、部屋は綺麗にはなりません。それに物忘れが激しいときと、そうでないときの差が激しくて、本人もストレスだったんだと思います。急に怒りだすことも一度や二度じゃありませんでした」

前述の調査によると、主な介護者は、「同居」が一番多く45.9%。内訳は「配偶者」22.9%、「子」16.2%、「子の配偶者」5.4%、「父母」0.1%となっています。次いで「事業者」15.7%、「別居の家族等」11.8%です。

「土日は主人が介護を手伝ってくれますが、平日はそうはいかない。ちょっと転んで骨折したら、救急車を呼ぶのは私。発熱しても、病院に連れていくのは私。お腹すいたと言わて、ご飯を作るのも私です。夫への理不尽な苛立ちも止まらなくて、イライラしている自分にも嫌気がさす。自分の時間はまったくない。地獄でした」

そんな折、「我慢の限界がきた」とBさんは話します。

今思えば些細なことだったんです…

「本当に、今思えば些細なことだったんです。夏のお昼、いつものとおりお義父さんは椅子に座ってお酒を吞んでいて、お義母さんは近くでぼーっとしていた。私は洗濯物を畳んでいました。そのとき、お義父さんがむせたんです。ゲホッゲホって言って、あれは缶チューハイだったかな、口からこぼしちゃった。床に液体が広がっちゃったので、雑巾を持って私が拭きにいきました」

「『お義父さん足元失礼しますね』と言って、すこし脚をずらしました。私が屈んで拭こうとしたそのとき、頭上からオエッって聞こえて。次の瞬間、むせたのか、吐いたのか、お義父さんの口から出たものが私の頭に降ってきました」

「一瞬何が起きたのかわからなくて、手で頭を触ったら、濡れている。『あー』と思いました。『あーもう、ダメだ』って」

その夜にBさん、「限界かもしれない」と夫に今までのことを洗いざらい話ました。恐らくBさんの限界も伝わっていたのでしょうか、一通り話を聞いたのち、夫は「わかった」と一言。「2人とも、老人ホームに入ってもらおう」と提案したのです。

Bさん家庭、生活に困っているわけではありませんが、だからと言って裕福なわけでもありません。むしろ一時期自営業だったこともあり、老後の年金生活に強い不安を抱いています。それでもなお、親に老人ホームに入居してもらおうと決めたのです。

「辛い気持ちもありましたが(夫のほうがしんどかったと思います)、老人ホームに入居していただくことにしました。入居一時金や月々の支払いは私たちの貯金から切り崩します。義両親の年金も月十数万円あるので、多少のゆとりはありますが、私たちの老後資金が減っていくことは確かです」

「親戚からのバッシングはすごかったです。そもそも地方から呼び寄せたこと自体、主人の親戚は快く思っていなかったみたいですから。義両親の面倒を見てくれるわけでもないのに、主人は『親不孝者』とまで言われたらしくて、正直、どこまで失礼な人たちなんだろうと思いました」

「自分たちのお金が減ってしまうのはもちろん困ります。けれど今の生活がままならなくなってしまったら、元も子もないじゃないですか。自分の時間を一切持てない生活を送るぐらいなら、多少なりとも老後資金を手放そうと選択したんです」

厚生労働省『厚生年金保険・国民年金事業の概況』(令和3年度)によると、平均年金月額は厚生年金が14万5,665円、国民年金が5万6,479円となっています。

では、介護施設代はいくらなのでしょうか。

実際、「老人ホームの請求額」はいくら?唖然の金額

“利用者の所得が低ければ補助給付があり、数万から十数万円程度に抑えられますが、一般的な企業で定年まで勤め上げたホワイトカラーの人であれば、特別養護老人ホーム(特養)の個室ユニットに入所し、プライバシーも保ちたいとなると、月額20万円程度の費用がかかる計算になります。両親ふたりとも施設に入所するのであれば、2倍の40万円ほどが必要です。

つまり、配偶者や親を施設に預けるのであれば、本人の年金だけで介護費用をまかなうのはかぎりなく難しいのです。”杢野暉尚『人生を破滅に導く「介護破産」』

今年4月1日より高年齢者雇用安定法が改正され、70歳までの定年引上げや継続雇用制度の導入なども始まっています。就業期間の延長にともない、年金受給開始時期の上限は75歳にまで引き上げられており、高齢になっても働くための社会づくりが一気に進んでいる状況です。

Bさん家庭は夫婦ともに定年を超えていますが、自身の老後生活のために、今後も働き続けると語ります。

「国全体で『高齢者も働こう』みたいな空気になっていますよね。私ももちろん働きますよ。老後資金……ってすでに老後ですが、老い先20年だとして、不安しかありませんから。私がもっと老いたとき、子どもに負担をかけないためにも、働き続けます」