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ラスベガスに建設されたMSGスフィアは、オープン以来約128億円の営業損失を記録。独自の体験型施設として広告費の獲得を目指し、大手ブランドとの広告契約を進める。

ユニークな特性を活かした新しいブランドマーケティングの媒体として提案されている。施設内外にはサッカー場3面分以上の広告スペースがあり、日当たりの広告料は約5850万円。

独創的なスフィアを評価する声もあるが、成功する確信が持てない割には価格が高く、ほとんどのマーケターは及び腰にならざるを得ない。


スフィア(Sphere)の幹部たちは、広告事業の成功に並々ならぬ期待を寄せている。

ラスベガスに建設された総工費23億ドル(約2990億円)の球体型アリーナ「MSGスフィア(MSG Sphere)」は、直近の決算報告書によると、9月のオープン以来すでに9840万ドル(約約128億円)の営業損失を出している。

同施設の幹部たちはこの多額の出費をまかなう手立てとして広告費の獲得を検討しており、マーケターやエージェンシーにアピールするため、協議も重ねているようだ。そしてなかには単なる話し合いに終わらず、ハイネケン(Heineken)、マーヴェル(Marvel)、マイクロソフト(Microsoft)のXbox、コカコーラ(Coca-Cola)、メタ(Meta)、YouTube、NBA、20世紀フォックス(20th Century Fox)ら、実質的な広告購入に至るケースも出ている。

米DIGIDAYに独占的に提供されたスフィアの2021年版プレゼンテーション資料を見れば、当初の思惑がよく分かる。従来の屋外広告と一線を画しつつ、スフィアをオールラウンダー的な選択肢としてマーケターに提案したいようだ。

1日当たり45万ドルの広告料



このプレゼン資料によると、スフィアで開催されるイベントには、オリジナルの催事、レジデンシーコンサート、スポーツイベント(総合格闘技、eスポーツ、ボクシング、プロレス他)の3タイプがあり、ブランドはその開催中に建物内外に広告を掲出できる。また、その面積はサッカー場3面分よりも大きく、その内部には超低周波触覚システム搭載の体感型座席と世界最大のビームフォーミングオーディオシステムを設備している。この資料を通じて、スフィアは「世界にひとつだけ」の体験施設をマーケターに強くアピールしたいのだろう。

9月にはスフィアのこけら落とし公演としてU2がコンサートを開催した。また、スフィアの広告主第一号となったNBAは、球体の建物全体をバスケットボールに見立てたユニークなプロモーションを実施した。

稼働から2ヶ月が経つスフィアは、目下大幅な赤字に直面している。スフィアの独特な広告面は、技術的には広告を出すブランドに依存している。そのため、資金力に乏しいブランドにとっては出稿が難しく、このモデルの課題となっている。

広告価格の詳細はこのプレゼン資料には記載されていない。しかし、MSGスフィアの広告料は1日当たり45万ドル(約5850万円)とも言われ、投資効果(ROI)について疑問の声が上がるのは必至だ。マーケターのあいだでは、すでに疑問視する向きも見られる。

活用方法が思いつかないが価格が高い



オプティマインソフトウェア(OptiMine Software)のマット・ヴォーダ最高経営責任者(CEO)は、「正直なところ、多くのブランドはスフィアをどう評価し、どう使えばよいのか分からないでいる」と述べている。「あまりにも新しく、あまりにも異なるため、実績のある活用方法が見当たらない。こう使えば必ず奏功するという確信が持てない割には価格が高く、ほとんどのマーケターは及び腰にならざるを得ない」。

LEDパネルで覆われた58万平方フィートの外面は完全にプログラミング可能で、スフィアのイベント開催能力に新たな可能性を与えている。

スフィアの売り込み戦略は人々の関心を呼ぶための仕組みや仕掛けに焦点を当てているとマーケターたちは話す。また、オープンから間もないため、業界のフィードバックが不足しており、スフィアで行う広告キャンペーンの総合的な効果や影響を十全に測定できないとの指摘もある。その新しさゆえに十分なデータや経験値もなく、広告主がスフィアのパフォーマンスを確信をもって評価するのを難しくしている。

スフィアの幹部たちはこの施設を従来のOOH広告とはまったく異なるブランドマーケティングの媒体として宣伝し、特に新製品の発表や大型イベントのPRに効果的だとアピールしている。平たく言えば、評価指標はまだ完成していないということだ。

高級土踏まずサポーターを製造販売するグッドフィートワールドワイド(Good Feet Worldwide)でチーフブランドオフィサーを務めるダグ・ザーキン氏は、スフィアを大胆で独創的なプラットフォームだと評価し、広告を出す価値があると述べている。

「スフィアの価値はその規模だけでなく、ブランドのビジョンに沿う、ユニークかつ感情に訴えるエクスペリエンスの創造力にある」とザーキン氏は話す。「各種のデジタルプラットフォームがオンラインマーケティングに大変革をもたらしたように、スフィアもまた、よく考えて活用するなら、物理的な空間でブランドのストーリーテリングを再定義しうるツールとなるだろう」。

[原文:Pitch deck: The MSG Sphere has tried to sell itself as one-of-a-kind inventory to advertisers]

Julian Cannon(翻訳:英じゅんこ、編集:分島翔平)