日本語が通じない」となりがちな、興味深い例をご紹介します(写真:Ushico/PIXTA)

スマホ社会の現代日本。

若者たちは黙々と動画やゲームの画面と向かい合い、用事は絵文字を含む超短文メールを素早く打つばかり。

時間を割いて他人と会って話すのは「タイパが悪い」とすら言う彼らと、「生きた」日本語の距離がいま、信じられないくらい離れたものになっています。

言い換えるならそれは、年配者との間の大きなコミュニケーションの溝。

「日本人なのに何故か日本語が通じない」という笑えない状況は、もはや見過ごせませんが、「その日本人同士と思うところが盲点」と、話すのは、言語学者の山口謠司氏。

『じつは伝わっていない日本語大図鑑』と題された一冊には、日本人ならハッとする指摘が満載。

その中から、会話が通じない「落とし穴」になりがちな日本語の興味深い例をご紹介してみましょう。

「もうひとつの意味」が通じない

世代が大きく離れた者同士が、実際に交わしたこんな会話があります。


上司(年配者)と部下(若者)の会話

上司「出張お疲れ様。一日延びたから足が出たんじゃないか」

部下「はい。急遽取った宿の布団が小さく、足先が出てよく眠れませんでした」

大至急の原稿仕事をこなしたライター(年上)が、廉価の支払書を若い編集者に渡されたときの会話

ライター「あのう、もう少し色をつけていただけるとうれしいのですが」

編集者「白い紙ではだめですか」

何ともおかしなチグハグさが生じているのが、わかりますか?

「足が出る」は、「予算をオーバーする」という意味。

「色をつける」は、「金額を上乗せするなどして相手に感謝や誠意を示す」という意味。

それぞれ、文字どおりの意味とは別の、もうひとつの意味をもっているわけなのですが、じつは今の若い人たちには、そっちのほうはビックリするほど通じません。

今挙げた2例以外にも日本語には、こうした「リバーシブルな」言葉が多数あるにもかかわらず……。


「もうひとつの意味」が若者にはなかなか伝わらない(イラスト:「じつは伝わっていない日本語大図鑑」より)

かつての日本社会なら、日本人同士で当たり前のように通じた日本語が、むなしく空回りすることが多いのだと、年配者のほうは、ふだんからよく肝に銘じておく必要があります。

遠回りな言い方など、今の若者には無用?

そもそも日本語は、何かの言葉の裏にもうひとつの意味を含ませる、というやっかいなことを何故しているのでしょう。

それは、物事をズバリ言い表さずに、できるだけ婉曲に言おうとする特徴を日本語がもっているから、と言えます。

会話の相手の心情をできるだけ穏やかに留めようとするわけなのですね。ちょっと言いづらかったり、言葉を少し和らげたりしたいときなどに、とりわけその傾向が見られるようです。

たとえば次のように――

「どうにも首が回らない」←(お金がなくて困っている、という窮状をあからさまに言えずに)
「たまたま耳に挟んだもので」←(聞こうとしていたわけではなく、ふと聞いてしまった言い訳として)

しかし、スマホの短いメール文字だけで用件を済ます昨今、ただでさえ文字数が増える言い方を若者たちがするはずがなく、第一、こうした「遠回りな」言葉にはあまり接したことがないという若者もけっこういるのには驚かされます。

おそらく日常生活のなかで、年長の人々と、ゆったり話をする機会が格段に減っているからなのかもしれませんが、このままでは、世代間のコミュニケーションの溝は、どこまでも拡がっていってしまうでしょう。

語彙数を身の回りからどんどん削ぎ落していくのは、生きるための説明力や相手に対する理解力などが劣っていくのに等しいこと。

それゆえ、無用だから、面倒だからと、若い人たちが言葉にソッポを向くのは損なのです。

彼らがそのことに気づいて、言葉の裏まで理解する幅広い日本語力をつけてくれたなら――。

そうすればきっと、世代間の溝もより狭まるはずです。


遠回りな言葉は若者には伝わりづらい(イラスト:「じつは伝わっていない日本語大図鑑」より)

【もうひとつの意味:力試しクイズ】

問:それぞれの言葉の、文字どおりではない別の意味は何でしょう?

「踏み台にする」
「水を差す」
「雷が落ちる」
「船を漕ぐ」
「秋風が吹く」
「ぬるま湯につかる」
「尻尾を振る」
「種をまく」
「寝た子を起こす」
「バスに乗り遅れる」

           (※答えは、記事の最後に)

理解されないときは「言い換え」の工夫を

返答に変な間があったり、反応が不自然だったり。話していて「あれっ、もしかしたら通じてないかも」と相手に感じたら、よりわかりやすい他の言い回し、言い換えを工夫して、伝え直してみることが大事です。

たとえば「足踏みをしています」と言って、キョトンとされた場合には、「はかどっていないんです」「今やっていることが停滞しているんです」などと。実際その場で足踏みをしてみせて、「ほら、少しも前へ進んでいないでしょ」と言ったなら、さらに理解してくれるでしょう。

また、理解できなかった側も、うやむやにその場をやり過ごそうとしないこと。

たとえば、料理の話題でもないのに、「味噌をつける」とは変と思うはず。あるいは、工場でもないホテルで「缶詰めになる」とは、どう考えても結びつかない……。

そのように、意味がわからなかったら、可能な限り素直に尋ね返してみましょう。

何よりも正しく伝わることが肝要ですから、尋ねられた側も、より丁寧に説明してくれるはずで、そうなれば、またひとつ、新しい言葉が増やせます

もうひとつの意味:力試しクイズの答え

「踏み台にする」

目指していることを達成するために、ちょうどよい足がかりとして、他人を利用する

「水を差す」

うまくいっている物事の邪魔をする。良好な間柄の人たちに対し、脇から余計な干渉をしたりして、関係を不調にする

「雷が落ちる」

先生や親など主に年長者から、大声でひどく叱られる。どなられて口やかましく文句を言われる

「船を漕ぐ」

居眠りをするという意味。頭を前に垂れたり上げたりを繰り返して眠るさまが、船を漕ぐようだから

「秋風が吹く」

仲がよかった男女の関係が冷める。「秋」を「飽き」にかけて、相手に飽きた、愛情が以前ほどではなくなったという意

「ぬるま湯につかる」

何かをする意欲もなく、現在の境遇に甘んじて、のんびりとただ時間を費やしながら暮らす

「尻尾を振る」

相手に気に入られようとする。取り入ろうしてこびること。犬が餌をくれる人に向かって尻尾を振るさまと同じ

「種をまく」

あるできごとが生じる原因をつくる

「寝た子を起こす」

静寂になったというのに、つまらないことをつい起こしてしまって、もとの騒然状態にする。せっかく忘れかけていたのに思い出させて、また問題を生じさせる

「バスに乗り遅れる

時代の流れに置いていかれる。世の中の動きについていけない。取り残される

(山口 謠司 : 大東文化大学文学部教授)