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世界では経済格差が深刻化し、同じ国のなかでも貧富の差がますます拡大しています。一方、日本の場合は少し異なり「みんなが貧しくなっている」と、『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』著者で第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏は警告します。「総貧困化」に向かう日本の実態を、永濱氏が解説します。

締め付けられる先進国の中低所得者層

スクリューフレーション(Screwflation)とは、「締め付け」(Screwing)と「物価上昇」(Inflation)を合わせた、10年ほど前にアメリカで作られた造語です。直訳すると「締め付ける物価上昇」ですが、特に「中低所得者層を締め付けるインフレ」のことを指します。

図表1に見られるとおり、中低所得者層は支出のなかで生活必需品の割合が高い傾向にあります。

[図表1]世帯年収別、消費支出の構成比出所:『日本病なぜ給料と物価は安いままなのか』(講談社現代新書)より抜粋

そして、新興国の台頭により、生活必需品以外の値段は上がりにくくなった一方で、生活必需品の値段はここ10年ほど世界的に値上がりしています。

新興国の台頭の背景には、東西冷戦の終結があります。1991年にソヴィエト連邦が崩壊し、旧社会主義の国々が続々と市場経済に参入したのを契機に、先進国の企業は新興国の安い労働力を求め、こぞってグローバル展開していきました。

結果、安い製品が世界中に輸出されることになり、家電やデジタル製品などの値段が下がります。中国が「世界の工場」と言われていた時期です。

一方、新興国にとっては、ずっと貧しかったところに工場が建ち、多くの雇用が生まれ、収入が上がることで暮らし向きが良くなりますから、食料やエネルギーなど生活必需品の需要が高まり、国際的に値段が上がっていきました。

さらに、これら新興諸国が発展し、都市化されるにつれて農地が減っていくことに加えて、脱炭素化やロシアによるウクライナ侵攻の影響などにより、今後とも生活必需品の需要が供給を上回る状態が続くだろうと予想されています。

ただ新興国であれば、生活必需品の値段が上がっても経済成長していくのでなんとかなるし、先進国でも高所得者層は支出に占める生活必需品の割合が少ないため影響は小さくて済みます。

生活必需品の価格上昇で最もダメージを受けたのは、先進国の中低所得者層でした。生産拠点が新興国に移ったことで仕事は減っていくのに、生活必需品の物価は上がっていく。自分たちはスクリューフレーションで締め付けられる一方、自国の経済成長の恩恵は富裕層に集中し、彼らはますます富を増やしていく――

こうした労働者たちの反発が、イギリスのEU離脱やアメリカのトランプ政権誕生につながっていったのです。

日本における「スクリューフレーション」の実態

ここまで、スクリューフレーションは「中低所得者層への締め付け」と説明してきました。事実、欧米ではスクリューフレーションによって、中低所得者層がますます貧しくなる一方、富裕層は豊かになり、格差が広がっている国もあります。

対して日本の場合は、「みんなが貧しくなっている」ことが家計調査を見るとわかります。

二人以上の世帯を年収階層別に区分けし、区分けの最下位である「年収200万円未満」と、最上位である「年収1,500万円以上」が、それぞれ全体の何%を占めるかを表したのがこのグラフです。

[図表2]日本の世帯年収の割合出所:『日本病なぜ給料と物価は安いままなのか』(講談社現代新書)より抜粋

たしかに、「年収200万円未満」の世帯の割合は増加傾向にあります。しかし同時に、日本では「年収1500万円以上」の世帯の割合が減っているのです。

海外では貧しい人はより貧しく、裕福な人はより裕福になることで格差が広がっていたわけですが、日本の場合はみんなが貧しくなっている。つまり日本は「格差社会」ではなく、「総貧困化」に向かっているわけです。

なぜこんなことになっているかと言えば、日本が経済成長していないからです。

海外で所得格差が広がっているのは、新しい産業や経済成長の恩恵がうまく分配されず、富裕層に富が集まりやすくなってしまうためです。だからこそ、生活必需品の値段が上がるスクリューフレーションは「中低所得者層への締め付け」と言われます。

しかし日本では、大きな富を生み出す新しい産業が生まれるわけでもなく、長期停滞で賃金も上がらず、「みんなが締め付けられている」状態です。

永濱 利廣

第一生命経済研究所

首席エコノミスト