いわくにバス

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バス停に掲示された時刻変更のお知らせに、運転士の退職による変更である旨とその退職理由まで記載されていると、X(旧ツイッター)で画像が投稿され話題となっている。

プライバシーの侵害だと指摘する声もあるが、このお知らせを掲示したいわくにバス(山口県岩国市)の社長はJ-CASTニュースの取材に対し「許可がいるようなものとは思わない」「(利用客などに)聞かれるので、答えてます」と回答した。

退職理由に同情する声のほか、プライバシー侵害への指摘も

掲示には変更の内容とともに、次のようなコメントが記載されている。

「運転士の退職を受けて急遽ですが、土日祝運行のみ便(平日は運行)を減便、一部時刻変更します。なお、12月に再度減便を行う予定です」「ご不便をおかけすることをお詫び申し上げます」

「退職理由」として、勤務時間や家庭に関する内容も書かれていた。

投稿者は2023年11月7日、J-CASTニュースの取材に、画像の掲示は「錦帯橋」バス停で見つけたものだと回答。旅行先でたまたま見つけたもので、「錦帯橋を観光し、駅に帰ろうとバス停の掲示を確認していた際に目に入った、というような流れです」とした。

Xでは「切実な理由」「それぐらい人が足りなくて切羽詰まってるってことだろう」など退職理由に同情する声のほか、退職理由が公表されていることに対しプライバシーを侵害しているのではないかと指摘する声も寄せられた。

運転士の退職理由の掲示は以前から行っている

いわくにバスの社長はJ-CASTニュースの取材に対し、退職理由を掲示した理由について「お客様からも岩国市役所からも『退職の理由は具体的に何ですか』と聞かれるので、質問に対して答えているだけです」と回答した。運転士の退職理由の掲示は以前から行っていることだとし、それについて市役所等からの指摘はないという。

退職した運転士に許可を得ているかという質問に対しては「許可がいるようなものとは思わない」とした。

プライバシーの侵害ではないかとの指摘については、「どちらかというと聞く側の問題だと思うんです。プライバシー(の侵害)だと思うなら(退職理由を)聞かないんじゃないですか。お客様も聞いてきています。聞かれるので、答えています。聞かれたことに答えないとクレームになるので。悪意は一切なくて、別にあんなのを貼ったところで、辞めた人が戻ってくるわけでもないので」と回答。「岩国市も別に『許可取った上でご連絡ください』などとは言わず、(退職理由を)聞いてきています。利用者の方も(退職理由を)聞いてきますが、そういった人たちは法律をご理解されているのではないでしょうか」ともコメントした。

掲示には12月にも減便すると記載されているが、その事情については次のように説明した。

「土日祝は比較的、通勤通学で利用する方がいらっしゃらないので、『この便をやめます』と決めて実行できます。しかし、平日になると、どの便もそれぞれ、こういった人が乗るとか、こういう人のために走らせているという役割を持った便ばかりなので、『やめます』ということはできません。時間を変えたり、区間を変えたりして、なるべく残すようなことをしなければいけませんが、やはり手間がかかるので、ちょっと時間をいただいているというところです」

プライバシーの侵害に当たるか、弁護士の見解は

いわくにバス社長の発言通り、退職理由の掲示はプライバシーの侵害に当たらないのか。J-CASTニュースは弁護士法人リーガルプラス市川法律事務所(千葉県市川市)の小林貴行弁護士に話を聞いた。

小林弁護士は今回のケースがプライバシーの侵害に当たるかどうかの判断について、次のように説明した。

「本件に関連していえば、最高裁判例で『個人の私生活上の自由(憲法13条)の1つとして、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由がある』とされていることが出発点となります。そのため、こうした自由を侵害する行為となれば、プライバシー侵害等として不法行為(民法709条)に当たることとなり、法的な責任が生じ得るものということができます。もっとも、『みだりに』開示又は公表されない自由があるにとどまりますから、いついかなる場合でも個人に関する情報を開示・公表できないというわけではありません。プライバシー侵害等として不法行為に当たるかを判断する場合には、開示や公表の必要性と、開示・公表される個人に関する情報が有するプライバシーとしての重大性(開示によりどれほど私生活上の自由が害されるか)を比較して検討することが一般的です」

その上で小林弁護士は、減便や時間変更が運転士の退職によるものであることを記載することについては、不法行為に当たりにくいとした。

「本件では、バス会社が、公衆の目に触れるバス停標識に、バスの減便・時刻変更等を知らせるのに加えて、『運転士の退職』という減便の理由や、『運転士の退職理由』が記載されています。単に運転士の退職という事実を伝えるだけの記載であれば、そもそも運転士が何人退職したかも不明で個人特定性も高くないですし、個人に関する情報にそもそも当たらないとも言えそうです。また、仮に会社の規模等からある程度退職した運転士の特定が可能だとしても、減便の理由を説明するものとして必要かつ合理的な範囲ですし、また退職という事実それ自体は会社との雇用契約関係に関する事実で、私生活そのものとも言いにくいです。そうすると、『運転士の退職を受けて』という表記だけではプライバシー侵害の不法行為などには当たりにくいのかなという印象を受けます」

一方で、退職理由の記載については、不法行為となってしまう可能性があるとして、次のように見解を述べた。

「運転士の退職理由の記載まで読むと、まずこの記載が『ある特定の運転士』による自身の退職理由の記述の転記として読めるところが気になります。もし退職した運転士の特定が可能というような場合には、特定の『個人に関する情報』が公表されていると言えそうです。そして、退職理由として家族に関する事項などまで記載されているところからすると、かなり私生活に立ち入った情報の記載といえそうです。そうすると、公表が許されるのは、かなり高度な必要性がある場合に限られるように思われます。減便の理由の説明に、特定の運転手の退職理由まで記載する必要性がどれほどあるかと言えば疑問である(あまり一般には公開されない事柄ですから、その必要性が高い場合は乏しいのではないでしょうか)ことからすると、もし仮に、黙示的にもその運転士の同意が無いとすれば、プライバシー侵害の不法行為となってしまう可能性は十分にあり得るように思います。もちろん、具体的事情は報道からだけではわからない部分も多いのでこれだけで断定はできませんが、弁護士としてはあまりこういった公表をバス会社が行うことはおすすめしにくいです」

社長は退職理由の掲示は以前から行っているともしているが、小林弁護士は「法的には、そのバス会社で以前から行っているからといって、免責されることはないと思います」という。

「客に聞かれるからといってなんでも答えれば良いというものではない」

社長の「プライバシー(の侵害)だと思うなら(退職理由を)聞かない」「聞かれるので、答えてます」との発言に対しては、小林弁護士は次のように見解を述べた。

「誰もが法律やプライバシーについて完璧に理解しているわけではないため、運転手の退職理由を素朴な疑問として会社に尋ねる乗客がいること自体は理解できます。もっとも、会社は従業員の使用者として、プライバシーを含めた従業員の各種権利が侵害されないように配慮する責任がありますから、客に聞かれるからといってなんでも答えれば良いというものではないように思われます。『退職理由までは元従業員のプライバシーの観点からお答えできません』という対応でも、大きな問題が発生するということは考えにくいのではないかなと思います」

J-CASTニュースはプライバシー侵害の不法行為となる可能性があるとの弁護士の見解を社長に伝えたが、社長は「特に感想はありません。当社としてはお客様のお問い合わせに答えているだけです」と回答した。