ブランド刷新後のエレッセの商品は、従来のテニスウェアにはなかった色使いが特徴だ。写真は東京・恵比寿ガーデンプレイスに期間限定で出したポップアップストア(記者撮影)

熱心なテニスファンが集まる、ウインザーラケットショップ渋谷店。専用ウェアを一堂に集めた1階フロアでひときわ目を引くのは、一番奥の特設コーナーに展示されたイタリア発祥の老舗ブランド、「エレッセ」だ。

国内では「ザ・ノース・フェイス」で有名なゴールドウインが権利を有して事業を展開するが、売り上げの減少が続き、2022年は実質的に販売を休止。事業を立て直すべく、この春にブランドの全面刷新に踏み切った。

すべてをリセットしての再出発

店内に並ぶ国内外の主要ブランドのウェアを見ると、明るいカラーを基調とした柄モノが多くを占める。そうした中で、新エレッセの商品は異彩を放つ。カラーが斬新で、一言で表現するなら、テニスウェアらしくないテニスウェアなのだ。


ウインザーラケットショップ渋谷店でひときわ目を引く、エレッセの特設コーナー(写真:ゴールドウイン)

原色を用いた以前のカラフルな商品からは一変し、最新のウェアでは自然界からインスピレーションを受けた、ややくすみがかったカラーを全面的に採用。無地のミニマルデザインを基本とし、ブランドの象徴だった「ハーフボールロゴ」の使用もやめた。

ゴールドウインのエレッセ事業グループの重松政秀マネージャーはこう話す。「長年のお客さんからは『前のままでよかったのに』とお叱りも受けるが、今回のリブランディングはすべてをリセットしての再出発。今までの常識にとらわれない、まったく新しい価値を持ったテニスウェアを提案したかった」。

「エレッセ」のブランド名に、「ああ、懐かしい」と若い頃を思い出した中高年の読者は多いはずだ。日本が空前の好景気に沸いた1980年代から1990年代前半、大学生や若い世代の社会人の間でスキー、テニスが大流行し、まぶしく輝いていたブランドがエレッセだった。


エレッセの1990年当時のテニスウェア。若者たちの間で大人気となり、ブランドがもっとも輝いていた時代だった(写真:ゴールドウイン)

当時のエレッセはスキー、テニスウェアの両方で若者たちから絶大な人気を集め、飛ぶように商品が売れた。その人気はコート内やゲレンデにとどまらず、街中でもパーカーやトレーナー、ニットなどエレッセのカジュアル衣料を好んで着る若者が多くいた。ゴールドウインにとって、文字通りのドル箱ブランドだった。

しかし、それからおよそ30年。この間にエレッセは市場の急激な縮小を受け、2011年にスキーウェアから撤退。残ったテニスとカジュアル衣料も売り上げは年々減少した。とくに近年は販売不振が極まり、事業の継続が難しい状況にまで追い込まれていた。

今回の全面刷新は、まさに国内におけるブランドの存続をかけた施策なのだ。

百貨店とともに衰退し、顧客も高齢化

一時代を築いたブランドがなぜ、そこまで衰退してしまったのか。

まず、国内のテニス人口自体がピーク時より大幅に減少したうえ、ユニクロなど安価で機能性の高い運動着が登場し、テニスを楽しむ人たちが以前ほどテニス専用のウェアにこだわらなくなった。しかもエレッセは歴史的にカジュアル衣料の比重が高く、純粋な競技用のウェア以上に、そうしたファッション関連の落ち込みが激しかったという。

かつてのエレッセは百貨店のスポーツ売り場を最大の販路とし、バブル時に大きく売り上げを伸ばした。その後も百貨店中心の商売を続けた結果、顧客層がどんどん高齢化し、若い世代が知らないブランドになってしまったのだ。多くの老舗アパレルブランドが、百貨店の地盤沈下とともに衰退の道をたどったのとまったく同じ構図と言える。

もちろん、ゴールドウインもそうした状況に危機感を抱き、何度もテコ入れ策を試みた。


若者の開拓を目指し、数年前にはカジュアル衣料でストリートファッション路線に走ったが、失敗に終わった(写真:ゴールドウイン)

近年で言えば、若者を取り込もうと、ヨーロッパでのエレッセを参考にカジュアル衣料でストリートファッション路線を打ち出し、2020年にはその専門新業態の直営店を渋谷のレイヤード ミヤシタパークに出店。が、コロナの影響もあって客足はまばらで、出店からわずか1年で撤退を余儀なくされた。

かくして、ブランド存続の危機に立たされたエレッセ。その再生を託された重松氏は、入社から十数年間にわたってノースフェイスなどの販売畑を歩んできた人物だ。2021年に商品企画担当として本社のエレッセ事業チームに加わり、翌年にブランドの責任者になった。

「今のまま続けるのは難しい。事業(販売)をいったんストップし、もう一度ゼロからこのブランドをどうすべきか考えてほしい」――。経営陣からの命を受け、重松氏ら事業のメンバーたちは新たなブランドの方向性を議論しながらプランを練り上げ、何とか上層部からゴーサインを取り付けた。

ブランドを一から作り直すため、カジュアル衣料は撤退し、原点のテニスウェアに専念することにした。目指したのは、従来のテニスウェアのイメージを塗り替える、美しさを追求したウェアだ。

着用した人をキレイに見せる色使い

リブランディングに向けて新たな方向性を練るために徹底的な市場調査をしたところ、テニス愛好家の多くが、既存のテニスウェアに強い不満を抱いていることがわかったという。一番の不満は、その見た目、デザインに関するものだった。

「どのブランドも似たようなウェアばかりで、選択肢がなさすぎる」「デザインのセンスが古すぎて、着たいと思わない」。とくにファッション感度の高い女性たちから、こうした回答が相次いだ。テニスウェアのデザインが嫌で、コート内ではヨガなど他用途のスポーツウェアを着用している女性が多いこともわかった。

そこで、従来のテニスウェアに不満を持つ人たちが着たいと思うデザインを考えた。


筑波大学との共同研究をもとに独自のカラーを開発。着た人を美しく見せる効果があるという(写真:ゴールドウイン)

コンセプトは「スポーツウェアの美しさにこだわる」。色と人間が感じる印象について筑波大学の教授と共同研究し、その研究結果を商品のデザインに反映した。新エレッセが採用した、ややくすみがかった特徴的なカラーは、「着用した人がもっとも美しく見えるよう考え抜かれた色」(重松氏)なのだという。

デザイン以外でも、UVカットや通気性などの機能は当然として、プレー中の動きを解析してラケットが振りやすく、快適に動けるパターン設計を採用。体を美しく見せるカッティングにも配慮した。また、素材自体も肌触りや質感のよいものを厳選し、一部の商品はイタリアの特殊な機械で編んだ高級生地を使用するこだわりぶりだ。

その分、価格設定も高くした。プレー用の半袖シャツを例にとると、主要ブランドの中心価格帯が7000〜9000円台なのに対し、エレッセは1万円以上のものが大半。もともと安価な商品を売るブランドではなかったが、より高価格帯にシフトし、高くてもおしゃれで上質なものを求める層へ明確にターゲットを絞った格好だ。

消費者の反応は「正直、賛否両論」

気になる消費者の反応を尋ねると、重松氏は苦笑いしながら、「正直、賛否両論です」。あまりの変わりように長年のエレッセユーザーからは戸惑いの声が上がる。一方、「30〜50代の女性を中心に着るものに強いこだわりを持った人たちからの反応がいい」(重松氏)。

購入者の7割が女性で、まずカラーに惹かれて商品に関心を持ち、購入に至るケースが多いという。

ゴールドウインで社内の全ブランドを統括する事業本部の野村一哉・副本部長は、今はまだ売り上げを気にするような段階ではないと話す。「新しい市場を創出するという決意を持ってリブランディングした。生まれ変わったエレッセを1人でも多くのテニスファンに知ってもらう。まずはそれが一番の優先課題だ」。


販路が限られるため、消費者が実際に商品を目にできる場として、商業施設などで期間限定の展示を行っている(記者撮影)

長年の不振が続く過程でブランドの直営店はなくなり、卸先も大幅に絞ったため、現在の主販路は公式オンラインと冒頭のウインザーラケットショップなどに限られる。

そこで大都市の商業施設で期間限定の展示を行い、商品のPRに努めている。こうした地道なマーケティング活動に加え、来シーズンからは徐々に専門店など小売店でのコーナー展開を増やしていく予定だ。

重松氏は言う。「下手をするとブランドがなくなる、そういう危機感はつねにある。でも、そればかり気にしていたら思い切ったことは何もできない。恐れずに、新しいことにどんどんチャレンジしていきたい」。

事業の存続をかけて思い切ったブランド刷新に踏み切り、独自の路線を打ち出したエレッセ。ブランドが提案する新たなウェアは、はたしておしゃれなテニス愛好家のハートをつかめるか。

(渡辺 清治 : 東洋経済 記者)