◆これまでのあらすじ

大手飲料メーカーの会長・洋司にサッカーチームの監督・羽賀を紹介されたモモ。会食を終えたあと、『Mancy's Tokyo』で羽賀とふたりきりになってしまう。口説かれる雰囲気になったところで、見覚えのある男性が来店し…。

▶前回:「残業なんて嘘!」 既婚でも遊びまくる外資コンサル男子。同僚女子が知る、彼らの裏の顔




― あれって…健太郎!?

思いがけない健太郎の登場に、私は反射的に目を伏せた。健太郎は私に気がついただろうか。

私の態度の変化を察した羽賀が、不思議そうに尋ねる。

「モモちゃん、どうしたの?」

「え…と。実は、今お店に来た人が知り合いで…」

思い切ってもう一度お店の入り口に顔を向けると、健太郎がこちらを見ている。そして、目が合った。

「あれ、やっぱりモモちゃんだよね?」

私は羽賀に取られた手をやんわりとほどきながら、思わず健太郎にアイコンタクトをする。

― 意図してこういう状況なわけじゃない。健太郎ならわかってくれるはず…!

健太郎はじっと私を見つめた後、何かを察したように小さくうなずき、こちらへ近づいてきた。

「モモちゃん、こんなところで会うなんて偶然だね。

こんばんは!友人の早川健太郎です」

健太郎は、羽賀の目を見てさわやかに挨拶をした。

「はじめまして、羽賀です」

健太郎に挨拶をされた羽賀は、仕事モードに切り替わり「監督の顔」でにこやかに挨拶を返す。

「え…羽賀さん、ですか!?サッカーの?」

羽賀の笑顔がテレビで見る監督の顔と結びついたのか、健太郎は興奮気味にしゃべり始めた。

「僕、サッカー大好きなんです!お会いできて光栄です。モモちゃん、知り合いだったの?」

「今日、ご紹介いただいたの。今後一緒にお仕事できれば、ってお話していたところ」

「すごい!羨ましいよ。僕もお話聞かせてください。実はジュニアユースで数年間プレーしていて…。今はコンサルタントをしています。何かお力になれれば」

「そうなんですね、それは心強い」

あれよあれよと仕事の話が始まる。

ブランディングを大切にしている羽賀は、サポーターの目に「監督」としての自分がどう映るかを、本当に重視しているようだ。

サッカー好きの健太郎を前に、彼はすっかり監督の顔に戻り、酔いもさめたようだった。

「モモちゃん、心配しないで。仕事を奪う気はないから。実は、俺…」

次に健太郎が口にしたのは、驚きの報告だった。


「転職が決まったんだ。来月から、モモちゃんと同じ会社」

「ええ!?そうなの?」

― まさか、本当に転職してくるなんて…。

健太郎は恋人ではないし、同じ会社の社員になったところで不都合はないのだが、なんとなく決まりが悪い。

― だけど…。

いつの間にか健太郎は、羽賀の心を掴んだようだ。羽賀の声は弾み、次から次へと健太郎に話したいことが口をついて出てくる様子だった。

盛り上がる羽賀と健太郎を見て、私は胸が高鳴るのを感じた。




あのあと健太郎がうまく話を誘導してくれたおかげで、来月早々に羽賀のアポが取れ、私は帰宅した。

― 危ないところだった…。

羽賀に手を取られた時、しまった、と思った。

あそこで羽賀に迎合し、女として接した場合、きっともう仕事相手として対等には見てもらえなかった。

かと言って、はぐらかして羽賀の機嫌を損ねたとしたら、すべてが白紙に返っただろう。

― 健太郎に、感謝。それにしても、来月から同僚になるとはね。

そういえば、さっき感じた胸の高鳴りはなんだったんだろう。

仕事がうまくいく兆しが見えたからなのか、健太郎の仕事ぶりを間近で見られるようになるという期待からなのか。

それとも、単純に健太郎との距離が近くなることが、嬉しいのだろうか──?




同期・同志な外コン男・外資コンサル男:雄一(30)


あれから1週間。あの夜に互いにお礼のLINEを交わして以来、健太郎とは連絡をとっていない。

― 退職準備で忙しいのかな。週明けには月が変わって健太郎が入社してくるから、社内チャットでも飛ばしてみようか…。

そんなことを考えながら、渋谷駅前の人混みを抜けて六本木通りを歩いていると、『食幹』に着いた。今日は久しぶりに同期のコンサル・雄一と、待ち合わせをしている。

渋谷区・神泉に住む雄一とは、男女関係に対するスタンスが似ており、同志とも言える関係だ。

ふたりとも恋人は作らず、幅広い交友関係の先々で、カオスな人間模様が繰り広げられるのを楽しんでいる。

「よ、モモ。元気そうじゃん」

「うん、変わらずだよ!雄一は、疲れてるね」

「まじか。顔に出てる?」

「そうでもないけど、雄一のいるプロジェクト、炎上してるって聞いたから」

疲れていても、そつなくパリッとした高級スーツを着こなしている雄一。

それでいて、連日仕事が立て込んでいるのだろう。雄一の輪郭には、いつもより影が落ちているように見える。

少し深まった目尻のシワと、きちんとした身なりとのギャップ。

雄一から自然と醸し出される色気に、私は感心した。

「あー、いつものことだから大丈夫。それより、モモと会うの夏休みぶりだな。どうよ、最近?」

「いろいろあったよ」

私たちは近況報告と称して定期的に落ち合っては、異性との交遊状況、出会ったおかしな人々、披露し披露された恋愛におけるさまざまな打ち手を、報告しあっている。

私は手始めに、この1、2ヶ月の間の出来事として、丈や丈の祖父・洋司、玲美たちや羽賀の話をした。

「なるほどね。下心出すにしても、みんな単純すぎだな。まぁスペックからして、ある程度モテてきちゃったんだろうな」

「ついていっちゃう子がいたんだろうねぇ…」

「最近、いいなと思った男はいないの」

「実は、ちょっと雄一の意見を聞きたくて。次の店で話す」

『食幹』の活気ある店内を後にし、私たちは駅向こうの円山町方面へと移動した。


金曜21時半の裏渋谷界隈は、ゆっくりと飲めそうな2軒目を求める若者でそこそこに人けがある。

移動中に、神泉駅近くの『おでん割烹 ひで』に電話を入れると、タイミングよく席が空いたという。

日ごとに涼しさを増す秋の夜風に当たっていた私たちは、ありがたくカウンターへと着席した。




「落ち着けるお店に入れてよかった。この辺りって、独特の活気があるよね」

「そうだな。男女の熱量を感じるよ」

この辺りが、もともと花街だったからだろうか。

深夜まで明るく賑わう道玄坂から、道を一本入るだけでしっとりとした空気に変わる。

老舗で50年近く円山町で愛されるこのお店もまた、長年男女の駆け引きを見届けてきたのかもしれない。

「雄一は最近、どうなの?」

健太郎の話をする前にワンクッション置きたかった私は、雄一の近況を尋ねてみる。

「俺は、今新規開拓はしてないよ。前から会ってる女の子ふたりだけ」

「あら、めずらしい。付き合うの?」

「ふたりとも、付き合ってるつもりかもしれないけど…今のところ、俺は付き合う気はないかな。どっちも可愛いし、どっちも俺なりに大切にしてる」

「雄一だなぁ」

「こう見えて、女の子を悲しませたことは一度もないよ。一緒にいる時は全力で楽しませる努力をしているし、他の女の影は絶対に見せない」

「確かに、雄一といると楽しいよ。お店選びはもちろん、エスコートっていうのかな。友達の私に対してすら、ほどよく面白くて優しくて、居心地最高だもん。女の子たち、幸せでしょうね」

「それはもう、隣にいる子の可愛い笑顔を見たいからね。女性を楽しませるのが、男の役目でしょ」

― 女の子たち、大丈夫かな…。でも彼女たちの視点では、雄一から100%大切にされて、幸せなのか。

ひとりの女性を満足させることですら難しそうなのに、複数の女性を同時に幸せにできる雄一。

倫理的にどうかはともかく、すごい男だな…と私はあらためて思った。



美味しいおでんをいくつかつまみ、和らぎ水を口にしながらふと周りを見渡すと、そわそわとした空気の動きを感じた。

― もしかして、閉店時間かな。

時計を見ると22時半。閉店まで、あと30分ある。

― あ、そうか。この後どうするか、決めにかかってるんだ。

サラリーマンであれば、重役やクライアントと夜のお店へ行こうとする。一緒に秘密の時間を過ごすことで、親密な関係を築いて仕事を得ようという作戦だ。

男女であれば、ホテルや自宅へ一緒に向かうのか、それぞれ帰宅するのか、駆け引きが始まる。できる限りスマートに夜の誘いをしたい男と、安売り感を出したくない女の、水面下での攻防だ。

店内の様子をさりげなく観察している私に気づいた雄一が、つぶやく。

「人間らしさを垣間見る感じ。やっぱりこの街、いいなぁ」

雄一も私も、人間が好きで、興味がある。

だから、相手の懐に入って仕事をするコンサルタントは天職だと思う。

そして、人間が好きな私たちが、いろいろな人に近づくゆえに、興味を持ち持たれるのは自然なことだろう。

「そろそろ出ようか」

雄一は、なかなか相談を切り出さない私を見て、場所を変えた方が良いと判断したようだ。

店を出た私たちは、裏渋谷通りを駅とは反対方向へ歩いた。




山手通りへ出ると、雄一が言った。

「モモ、うちで飲まない?酒もあるし、ゆっくり話そう」

この辺りは個人経営の素敵なお店が連なっているが、クローズ時間を迎えていたり席数が少なかったりと、見てきた限り入れるお店はなさそうだった。

― 相談したいこともあるし、雄一の家には何度も行ったことあるし…。

ひとりで行くのは初めてだが、私は彼のことを信頼している。

「そうだね、ではお言葉に甘えて、おじゃまします」

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雄一の部屋で、ふたりきり。どんな夜を過ごすことになるのか?