女性と2人でいるときに、エレベーターが緊急停止!チャンスだと思った男は、ある大胆な行動に出て…
◆前編のあらすじ
北野拓己(30歳)は、引っ越してきたばかりのタワーマンションのエレベーターで、中学時代の初恋の相手、美桜(30歳)と再会する。美桜とは当時同じ学校だったわけではなく、拓己が電車で見かけて、一方的に思いを寄せていただけ。
それが、毎日のように顔を合わせるようになり思いが再燃するが…。
▶前回:タワマンのエレベーターで、初恋の女性と再会。あまりの感動に15年越しの思いが暴走し…
縁の先【後編】
「拓己。次の週末、うちの親との食事会だから、よろしくね」
交際して2年。いよいよ結婚に向けて、具体的に話が進み始めている。
「あ、ああ…。うん、わかった」
だが、拓巳は上の空で返事をする。
偶然再会した、初恋の相手である美桜のことが、頭から離れないでいたからだ。
― 大丈夫かな、彼女。DVなんて受けてないだろうな…。
スーパーマーケットで美桜から紹介された夫は、とんでもなく横柄な態度だった。それ以来、拓己は余計な妄想をしてしまう。
― そういえば、真由は彼女と同じ中学に通ってたんだっけ…。
真由はひとつ学年が下ではあるものの、美桜と同じ女子中に通っていたようだ。
真由と出会った当初、そのことを知って、拓己は懐かしさを覚えた。
おかげで真由とは共通する話題が多く、意気投合し一気に距離が縮まったのだった。
「そういえばさ。真由の通ってた中学に…」
拓己はそこまで言って、口をつぐむ。
同じ中学に通っていた先輩がこのマンションのひとつ上の階に住んでいることを伝えようかとも思ったが、やめておいた。
「なに?私の通ってた中学がどうしたの?」
「ううん。いや、なんでもなかった」
明確に好意を抱いているというわけではないものの、真由に対して後ろめたいような感情がよぎり、伝えるのが躊躇われたのだ。
拓己は、「ふぅ」と小さくため息をつく。
翌日。普段より仕事が早く終わり、まだ日の沈まない時間に拓己は自宅マンションに戻ってきた。
1階でエレベーターが来るのを待っていると、「こんにちは」と背後から声をかけられる。すぐに美桜だとわかり、胸が高鳴る。
「北野さん、今日はお早いですね」
「あ、どうも。はい、少し仕事が早く終わったので…」
彼女はスーツ姿で、食材が入っていると思われるエコバッグを肩から下げている。
― ま、また会えた。しかも、声をかけてもらえるなんて…。
美桜のことをずっと気にかけていただけに、喜びが湧き上がる。
しかし、会話を続けることができず、到着したエレベーターに無言のまま乗り合わせた。
― 『結婚生活、うまくいってますか?』なんて聞けないもんなぁ…。
会話の糸口が見つからず、拓己はただ階数表示板を見上げる。
― ああ、もうあと数秒で着いちゃう…。
ところが、10階を過ぎたあたりだった。エレベーターがガタッと大きく揺れた。
美桜がバランスを崩し、「キャッ」と小さく叫んだ。
「え、なんだ。地震…?」
そして、そのままエレベーターが停止した。
◆
非常ボタンを押すと、管理センターにつながった。
インターホンを通して話を聞くと、原因はやはり地震の発生によるもので、震源が近く初期微動を感知できず、安全のためエレベーターが緊急停止したようだった。
復旧までしばらく待つように告げられた。
密室で、美桜と2人きり…。不意に、願ってもないシチュエーションが訪れた。
― 思いを打ち明けられるのは、今しかないかもしれない…。
拓己は、今こそが二度と訪れることのない絶好の機会であり、天が与えてくれた時間のような気がしてくる。
だから意を決し、口を開いた。
「美桜さん。実は僕、あなたのことを中学3年生のころから知っていたんです」
拓己は自分の通っていた中学が、美桜の通っていた女子中の隣の駅にあったこと。初めて見かけたのが通学途中の電車の中だったこと。中学3年生の1年間、憧れ続けていたことなどをかいつまんで伝えた。
過去の自分の思いを伝えたからといって、美桜との関係がどうなるものでもないことは、拓己もわかっている。
しかし、こんなにそばに居ながら何も伝えずにやり過ごすのは、かつての純粋な思いを抱き続けた自分を裏切っているような気がしてならなかった。
陰鬱な日々から抜け出すことができたのは、美桜の存在があったからだ。その感謝の思いを伝えることが、過去の自分から託された使命のようにも感じていた。
「気づいていないと思いますが、僕はあなたの存在に救われた。だから僕の憧れであるあなたには、ずっと幸せでいてほしいんです」
これこそが、拓己の本心だった。
美桜に対して抱いていた、自分でも捉えきれなかったあやふやな感情が、言葉にすることで明確になった。
だが、拓己が思いの丈を述べ、晴れやかな顔つきをしているのに対し、美桜は浮かない表情をしている。
「実は、私も北野さんに伝えなければいけないことがあります」
美桜が神妙な面持ちで切り出す。
「え、ええ…。なんでしょう…」
「私も、北野さんのことは中学のころから知っていました」
美桜の思いがけない告白を、拓己は呆然としながら聞いた。
「うちの学校の女子生徒が、私に教えてくれたんです。私のことをジッと見ている他校の男子生徒がいる…って」
「それが、僕だったと…?」
美桜が頷いた。
「だから私、あえて避けるような行動をとっていました」
拓己のことを駅などで見かけると、あえて次の電車に乗ったり、違う車両に移ったりして、やり過ごしていたと言う。
― だから、だんだん会う機会が減っていったのか…。
単に縁がなかったわけではなく、避けられていたからこその状況だったのだと拓己は知った。
「当時の私は、いろんな男性に声をかけられることもあって、変に自信を持っていました。高飛車なところがあって、あなたからも逃げるような態度をとってしまって…」
「いやあ…。仕方ないですよ」
「でも、まさかその男性と…。同じマンションに住んでいるなんて、不思議な縁ですね」
美桜は再会した当初は拓己に気づかなかったものの、顔を合わせるうちに記憶が蘇ってきたそうだ。
「北野さんが心配しているのって、私の夫のことですよね?」
今さら自分の気持ちを隠しても仕方がないと、「はい」と拓己は認めた。
「実は、私を変えてくれたのは、彼なんです」
美桜も、拓己の思いに応えるように、素直に語り始めた。
「彼は、今は独立して自分の会社を経営していますが、もともと職場の先輩でした。彼があの調子で、私の傲慢な部分を否定してくれました。今の私があるのは、彼がいたからと思っています。彼のおかげで、態度を改めることができたんです。彼はいつもあんな調子ですが、実際はシャイで優しい人なんです」
「そうだったんですか…」
「中学の頃の私は、決していい人間ではありませんでした。でも、そんな私のことを良く言ってもらえて、嬉しかったです」
少し間をおいて、拓己は尋ねた。
「じゃあ…。美桜さんは、今は幸せなんですね」
美桜がニコッと微笑んで答えた。
「ええ、とっても」
「ならよかった」
拓己が感慨深げに頷くと同時に、エレベーターが動き始めた。
◆
週末、拓己は真由の両親との食事会を終え、2人でマンションに戻って来た。
そこで拓己は、美桜との一部始終を真由に話して聞かせた。
気持ちに区切りもついていたので、穏やかに経緯を伝えることができた。
「そんなことがあったんだぁ。まさか拓己と同じマンションに住んでるなんて、縁があるね」
「縁なんてないない。当時は避けられてたし、今はお互いパートナーもいるんだから」
すると、真由が何か含んだような笑みを浮かべる。
「美桜さんは、同じ学校の女子生徒に、拓己のことを教えられたって言ってたんでしょう?」
「ああ。確か、違う学年の女子生徒だったって言ってたけど…」
「それね…私なの」
「…ええ?」
「私ね。実は、中学のころから拓己のこと知ってたんだ。もちろん、美桜さんのことも」
「ええっ!?どういうこと?」
寝耳に水の告白だった。
「拓己は気づいてなかったと思うけど。私、中学の頃、あなたを電車のなかで見かけて、いいなって思ってたんだよ」
「そうなの…?」
「でも、拓己の目には美桜さんしか映っていなかったでしょう?それが悔しくって、つい…」
「それで、彼女に俺のことを伝えて、警戒させるようにしたのか…」
「ごめんなさい…。拓己の話を聞いていたら、私も当時の気持ちを伝えたくなっちゃって」
「いや、いいんだよ。昔のことだし」
真由にとっても、当時の行動はすべて純粋な恋心に基づくものあり、拓己に責めることはできない。
「だからね。拓己と美桜さんは、縁がなかったわけじゃなかったと思う。昔も、今も…」
縁というものは、外的要因によって簡単に歪められたり、途切れたりするものなのだと拓己は実感する。
「縁なんて、曖昧なものだろう。確かなのは、今、俺の隣にいるのが真由だってことさ」
拓己は腕を伸ばし、真由を抱き寄せる。
美桜との再会は、縁のもたらした大きな偶然だった。
今回もまた途切れてしまったが、縁は曖昧なものゆえ、これから先どう形を変え、どう人生に影響を及ぼしていくかはわからない。
数年後に、思いもよらない状況を生み出す可能性もある。
― もしかしたら、今腕のなかにいるのが美桜さんに変わっていることも…。
そんな未来のある可能性も否定できないと、拓己は密かに思うのだった。
▶前回:タワマンのエレベーターで、初恋の女性と再会。あまりの感動に15年越しの思いが暴走し…
▶1話目はこちら:彼女のパソコンで見つけた大量の写真に、男が震え上がった理由
▶NEXT:9月14日 木曜更新予定
大学時代の友人に秋葉原に連れていかれ、そこで見せられたものに…