ゴディバが8月上旬にオープンした「GODIVA Bakery ゴディパン本店」の店頭には、チョコレートやカカオ由来の原料を使ったさまざまなパンが並ぶ(撮影:今井 康一)

高級チョコの代名詞的な存在であるゴディバがパン屋「GODIVA Bakery ゴディパン本店」を東京・有楽町駅前の東京交通会館で開業したのは8月4日のことだ。

パンもチョコも売れない8月にもかかわらず、初日は前夜から客が並び始め、11時の開店時には200人を超えた。店頭にはチョコレートまたはカカオ由来の原料を使ったパンが24種類、焼き菓子が4種類並んでいたが、トレイ2つに山盛り載せる客も出るほど売れ、途中から整理券が配られ1人4個まで(8月21日から5個まで)に制限した。

現在は朝9時から整理券を配っているが、それでも閉店の20時まで持たず16時、17時には完売する。いったいなぜ、真夏にチョコを使ったパン屋が、整理券を必要とするほど大盛況なのだろうか。

日本のパンをゴディバが再解釈したら?

ゴディバ ジャパンのマーケティングを担当する奥村和子氏は、パン屋を開いた動機として、同社の商品を日常で楽しんでもらう方法として注目したこと、日本で独自の発展をした菓子パン文化の魅力から選んだと説明する。

「皆さんに親しまれている菓子パンを、ベルギーのショコラティエブランドであるゴディバが再解釈したら、どんな新しいモノが誕生するのか。驚きやワクワク感、パンとチョコレートの新しい可能性を提供できればと考えました」と奥村氏は言う。

開業日から数日ほど、テレビの情報番組などの報道が相次いだこともあり、よく紹介される「コロネ」(ショコラ、税込453円)、「ショコラティエのカレーパン」(同453円)は特に人気が高い。この2つと「カカオフルーツのクリームパン」(同378円)は、ゴディパンのコンセプトを特に体現した商品だという。


ゴディパンの3大人気商品、左からコロネ(ショコラ)、ショコラティエのカレーパン、カカオフルーツのクリームパン(撮影:今井 康一)

コロネはクリームにチョコバーを入れており、多彩な食感を楽しめる。コロネは日本生まれのパンで、誕生は明治期と言われている。カレーパンは、スパイスとチョコのハーモニーを楽しめる配合を見極めることが特に難しかった。完成したパンは、豆乳生地のパンにカカオ生地の帽子を被せ、中にチョコを入れて焼き、カカオ分55%のチョコレートを加えたカレーフィリングを注入する。


中にチョコバーが入っためずらしいコロネ

「カカオフルーツのクリームパン」は、ライチのような香りがするカカオの果実を絞ったジュースをカスタードクリームに練り込み、爽やかな味わいに仕上げている。

カレーパンは1927年に東京・深川のパン屋で誕生し、クリームパンは、新宿中村屋が1904年に開発した。日本生まれの菓子パン・総菜パンに、ベルギーチョコレートのブランドが新しい発想を加えたパンなのである。開発に当たったのは、ゴディバ ジャパンの商品開発を担うエクゼクティブシェフで、南フランス生まれのヤニック・シュヴォロー氏と、ゴディパン本店シェフの千葉県生まれの高山弘明氏だ。


カレーパンは外側のビジュアルからは中身の想像がつかない(撮影:今井 康一)

2年前から構想を練り始め、昨年6月から開発を始めたパン屋の開業場所に東京交通会館を選んだのは、有楽町が人通りの多い商業地であると同時に生活圏でもあるから。また、ビル自体が1965年竣工の歴史を持ち、伝統と新しさの融合を目指す同店の考え方ともマッチした。焼き立てを提供したかった同社にとって、約30坪の床面積も魅力だった。そのうち約20坪を厨房に当てている。


ゴディパンの店内(撮影:今井 康一)

男性リピーターも多い

今後の目標は5年で20店舗に広げることだが、展開の仕方やタイミングについては、開業ブームが落ち着いてから定める予定だ。「すでに何回か来てくださっているお客さまもいらっしゃり、私が店頭に立った折、個数制限についてお詫び申し上げると、『いいの、明日また来るから』とおっしゃったお客さまもいらっしゃいました」と手応えを話す奥村氏。

最初の数日は新規の来店者が多かったが、その後はゴディバブランドのリピーターと半々ぐらい。また、従来の顧客は女性が8割ほどを占めるが、ゴディパンの来店者は男性も多い。日本でのヒットぶりは、他国のゴディバからも関心を持たれているという。


有楽町にある交通会館の1階に店舗を構えるゴディパン本店(撮影:今井 康一)

近年は、バニラの鞘を使ったクリームパンなど、リッチな印象の菓子パンや総菜パンを売るパン屋が増え人気を集めている。目新しいパンに目がないパン好きの琴線にゴディパンが触れたことは、ヒットの要因の1つと思われる。10年来のパンブームは収まりつつあるが、パンが人気の食品であることは変わらない。

もう1つの要因は、近年のゴディバ ジャパンの挑戦への評価だろう。昭和期はゴディバと言えばバレンタインの本命チョコで、特別なギフトだった。それが、「平成世代は最初に知ったゴディバの商品が、チョコレートドリンクの『ショコリキサー』やアイスなど、入り口が多様です」とPRチームの西山寛子氏は話す。確かに、カジュアルな商品も次々と開発している。少し同社の日本での歩みを振り返ってみよう。

1926年にブリュッセルで創業したゴディバは、1972年に日本へ上陸。この頃はヨーロッパの有名食品ブランドの進出ラッシュで、他に1972年のフォション、1979年のルノートル、1982年のダロワイヨ、1984年のトロワグロなどがあるが、いずれもフランス発祥で商品は洋菓子や総菜などで、チョコレート専門ブランドはなかった。一強の強さで20世紀後半に店舗を増やし、日本で最も有名なヨーロッパのチョコレートブランドとしての地位を確立した。

21世紀に入って「新展開」を加速した

新展開を始めたのは、21世紀に入ってから。まず、チョコレートが売れにくい夏場に、アメリカで開発したチョコレートドリンクのショコリキサーを2005年に導入。当初はアメリカ仕様で大きめだったものを、日本人に合わせて小さめサイズを導入しフレーバーも独自開発してきた。現在は、日本での売り上げが最も大きい。

2006年、パイントサイズのカップアイスが登場し、2010年にはコンビニでも展開し始めている。2017年にはコンビニとのコラボ商品も開発を始める。

「2012年から2017年は、日本で開発したサブレショコラが発売される、コンセプトストアの『ATELIER de GODIVA(アトリエ ドゥ ゴディバ)』が開業するといった新しい展開がありました。新商品もたくさん登場し、チョコレートはもちろん、焼き菓子、ドリンクの人気も高まりました」(奥村氏)

今年は手軽に買える駅前店として「GODIVA GO!(ゴディバ・ゴー)」も2月にJR大塚駅から、クレープなどを販売する「GODIVA dessert Harajuku(ゴディバ デザート 原宿店)」を7月に開業する、数量限定で銀座千疋屋・全農とコラボした銀座ショコラ大福を発売するなど、続々と新事業を展開している。

展開が加速化したのは、2010年にゴディバ ジャパンの社長にジェローム・シュシャン氏が着任し、独自開発を進めようと日本専属シェフとしてシュヴォロー氏を雇ったからだ。

生き残りをかけた新しい挑戦の必要性

実は日本には、チョコレートを多彩に展開しやすい土壌がある。「ヨーロッパでは、チョコレートと言えばボンボンショコラやタブレットが一般的ですが、日本はクッキーと合わせるなどチョコレート菓子の種類が豊富です。チョコレート自体の消費量は欧米よりかなり低いですが、チョコレート味の展開のチャンスは大きいと思っています」と奥村氏。

21世紀に入り、ウェッジウッドが経営破綻する、百貨店の経営が厳しくなるといった、国内外で高級市場の縮小がニュースになることが増えた。グローバリゼーションで消費が活発な中流層が減っているうえ、中国もバブルが崩壊したと言われる。先進国のライフスタイルが変わる中、生き残りをかけた新しい挑戦の必要性が高まった点では、食の高級ブランドも他人事とは言えない。

そんな中、ゴディバグループで最も大きなマーケットを持つ日本の快進撃を象徴するような、ゴディパンの大成功のスタートダッシュが起こった。それは、財布の紐は締めたいがお値打ちで上質な食品・料理を手に入れたい、グルメ志向の日本人にハマったから、と言えるかもしれない。

(阿古 真理 : 作家・生活史研究家)