健康にまつわるウソは少なくありません(写真:ほんかお/PIXTA)

イライラしたり、落ち込んだりといったことは、多くの人が抱えている悩みではないでしょうか。そうしたメンタルの問題を改善する方法について、医学部出身で、現在は医療記者である朽木誠一郎氏が解説します。

※本稿は『健康診断で「運動してますか?」と言われたら最初に読む本 1日3秒から始める、挫折しない20日間プログラム』から一部抜粋・再構成したものです。

運動することで解消できる8つの不調

30〜40代が運動習慣をつけるべきである理由の1つがメンタルヘルス。運動は「不眠」や「不安」、そして「うつ状態」を改善する効果があると、医学的に示されているのです。こう聞いて「そこまで深刻じゃないんだよな」と感じた人もいることでしょう。でも、まさにそんな人にこそ、運動はうってつけなのです。

運動をすることにより解消できる不調には、例えばほかに、次の8つがあります。

疲れやすい/怒ったり悲しんだりと感情の起伏が激しい/集中力が続かない/ひとりぼっちのような感じがする/記憶力が悪くなる/イライラする/落ち込む/やる気が出ない

欧米では「予防」だけでなく、うつ病にかかっている人への「治療」として、運動を取り入れることが推奨されています。

現在、世界保健機関(WHO)やイギリスの国立医療技術評価機構(NICE)のガイドラインでは、うつ病の予防・治療の項に運動のことがしっかり書かれています。そしてこのように「運動にうつ病を改善する効果がある」というのは、いくつかの研究で明らかになっているのです。

●活動的な者は不活動である者と比較してうつ症状の発生リスクがおよそ15〜25%低い

(出所:U.S. Department of Health and Human Services, 2018 Physical Activity Guidelines Advisory Committee Scientific Report. アメリカ保健社会福祉省による分析。活動的な者と不活動である者のうつ症状の発生リスクを比較検討した)

●歩行や階段昇降などによる消費カロリーが多い人、スポーツの実施時間が長い人はうつ病の発症率が低い

(出所:Paffenbarger Jr., R. S. et al., Physical activity and personal characteristics associated with depression and suicide in American college men - Acta Psychiatr Scand Suppl. 1994;377:16-22. アメリカの研究者のラルフ・S・パッフェンバーガーJr. らにより1994年に発表された研究。ハーバード大学の卒業生のうち約1万人を対象に、23〜27年の追跡調査をして、歩行や階段昇降などによるエネルギー消費量、スポーツの実施時間とうつ病の発症の関連を明らかにした)

このような運動の効果は、運動により放出される「ホルモン」の働きによると考えられています。ホルモンとは、体の中で合成され、体と、時に心に作用する物質のこと。そして、注目するべきはその中でも“自信ホルモン”と呼ぶべき、あなたを元気にしてくれるホルモンです。

「やる気が出ない」とき、体の中で起こっていること

そもそも、例えば「やる気が出ない」「イライラする」とき、体の中ではどんなことが起きているのでしょうか。

原因の1つが、ホルモンバランスの乱れ。とくに重要なのが「成長ホルモン」という、1つ目の自信ホルモンです。

名前自体は聞いたことがある人も多いでしょう。「寝る子は育つ」といわれることがありますが、寝ている間に脳下垂体という脳の一部から分泌され、体の成長を促します。

その主な役割は、体を作ること。骨や筋肉の成長を促進、あるいはこれらを修復したり、ほかにも気になる向きも多いであろう肌の再生にも関わったりします。さらに、疲労を回復したり、免疫機能を高めたり、筋肉を増やしたり、逆に脂肪の蓄積を抑えたり、その燃焼を促進させたりすることもできます。

この「疲労を回復」というのがポイントで、成長ホルモンが不足すると、体に疲労が蓄積していきます。

関連して、前述した「疲れやすくなる」「怒ったり悲しくなったりと感情の起伏が激しくなる」「集中力が続かない」「ひとりぼっちのような感じがする」「記憶力が悪くなる」「イライラする」「落ち込む」「やる気が出ない」などの症状が報告されているのです。メンタルが不調のとき、体の中ではこんなことが起きているのですね。

運動はこの成長ホルモンと密接に関係しています。まず、筋トレ(無酸素運動)を行うと、乳酸という物質が体の中に放出されます。乳酸は「疲労物質」ともいわれますが、乳酸がきっかけとなり成長ホルモンを分泌させるのです。

もともと成長ホルモンは疲労回復を促すものでした。つまり、疲労していると分泌されます。逆にいえば、筋トレにより筋肉を疲労させると、成長ホルモンが出やすくなります。

糖尿病でも、このような仕組みがあります。血液中に糖が増えると、インスリンが分泌されて、血糖値を下げます。そして、インスリンというのは、すい臓から分泌されるホルモンです。人間の体はこのように、一時的に異常な状態になっても、それに対抗する仕組みにより、元に戻ることができるのです。それを媒介するのがホルモンの役割です。

疲れない生活をすると疲れに対抗する機能が落ちる

「疲れを取るために疲れる」というのは、本末転倒だと思われたかもしれません。しかし、人間も機械と同じで、使わない機能は衰えていきます。運動をしない、あまり疲れない生活をしていると、疲れに対抗する機能自体が落ちてしまうのです。

つまり、自分にコントロールできる範囲でほどよく疲れておくことで、常に元気な状態をキープできるというのが、人間の体の面白いところです。運動時に血液中の成長ホルモンは濃度が200倍ほどまで増加するとみられ、これは睡眠中と同じ程度です。

成長ホルモンが分泌されるもう1つのきっかけは「睡眠」です。成長ホルモンは、寝ている間に最も多く分泌されます。睡眠不足だと疲れが取れなかったり、肌が荒れたりするのは、成長ホルモン不足が原因です。経験的に知っていることでも、メカニズムを知るのは面白いですよね。

ちなみに「22時〜2時は成長ホルモンが分泌されるゴールデンタイム」と聞いたことはないでしょうか。スキンケアやダイエットの文脈でしばしばいわれることですが、これはウソです。

成長ホルモンが深い睡眠のタイミングで集中的に分泌されるのは事実です。でも、よく考えてみると、私もあなたも、みんな同じように22時〜2時に成長ホルモンが出るというのは、おかしな話です。

例えば食欲もホルモンの影響を受けますが、「10時〜14時は食欲ホルモンが分泌されるゴールデンタイム」といわれたら、「人による」と思いますよね。成長ホルモンも同じで、時間で決まるわけではありません。

深い睡眠がしっかり取れていればOK

では、成長ホルモンはどうすれば分泌されるかというと、要するに、何時であれ深い睡眠がしっかり取れていればOKなのです。

健康にまつわるウソは、こうやって、ちょこちょこと私たちのやる気を削いできます。シフト勤務をしている方などは「22時に絶対に寝られない」ということもあるでしょう。そうでなくても、仕事が詰まれば22時にようやく帰宅する人もたくさんいるはず。もし深夜に寝て、午前のやや遅い時間に起きたとしても、深い睡眠が確保できていれば、成長ホルモンは分泌されるのです。

では、どうして22時〜2時という時間が出てきたのかというと、まず成長ホルモンは睡眠の前半(就寝から3〜4時間)で分泌されます。そして、かつての日本人の就寝時間はだいたい22時〜0時くらいが平均でした。そのため、成長ホルモンが分泌されるタイミングは2時ごろになり「22時〜2時」になったものと考えられています。

でも、繰り返しますが、今となっては、これはウソ。残業で遅くなった帰り道に22時を迎えてがっかりし、心が折れてしまう人を生み出す――このようなウソはもはや悪質です。

ただし、深い睡眠を得るために、十分な時間が必要というのは事実です。短時間しか眠れない場合や、こま切れの睡眠になってしまう場合は、成長ホルモンが少なくなります。また、睡眠の質が低く、連続して眠り続けられない場合も同様です。

ここでも、正しい知識の重要性が浮き彫りになりました。大事なのは寝る時間帯ではないのだ、ということはぜひ、覚えておいてください。

メンタルを安定させるセロトニン

より直接的にメンタルを安定させてくれる自信ホルモンが、セロトニンです。セロトニンには脳の活動を活発にする働きや、精神を安定させて幸福感を与える働きがあります。そのため、別名“幸せホルモン”と呼ばれることも。

分泌のきっかけは、日光を浴びること。しかし、セロトニンの大敵は、日常的に受けるストレスです。ストレスによりセロトニンの分泌量が低下し、働きが弱まってしまいます。セロトニンの分泌が低下すると、物事に対するやる気や意欲が低下したり、うつや不眠症を引き起こすリスクが高まったりするほか、不安が強くなったり、イライラしたりすることが知られています。

セロトニンの分泌は10代がピークで、加齢により減少。残念ながら、年を重ねるというのは、それだけストレスの影響を受けやすくなるということなのです。

ちなみに、女性ホルモンはセロトニンを活性化するため、逆に、いわゆる更年期障害で女性ホルモンが減少すると、セロトニンの機能まで低下してしまい、さらにイライラする負のスパイラルに陥ってしまいます。ここで、セロトニンの分泌を促進するのが運動というわけです。

セロトニンを分泌させる場合に特徴的なのが、「一定のリズムで筋肉の伸収縮を繰り返す」と分泌量が増加すること。筋トレだけでなく、有酸素運動でも、一定のペースでウォーキング、ジョギング、バイクを漕ぐ、ダンスするなどもOK。極端な話、一定のリズムでガムをかむだけでいいと勧める医師もいるほどです。

運動を始めてから20〜30分でピークに

セロトニンの分泌は、運動を始めてから20〜30分でピークに達し、それ以降は低下することがわかっています。


そのため、疲れ果てるほどの運動や、苦手だと感じる運動は逆効果。ホルモンがメンタルに関係する以上、メンタルもホルモンに関係します。ポジティブな気持ちで運動に取り組むというのは、バカにできない効果があるのです。

運動をするタイミングは日中、場所は屋外がおすすめです。というのは、分泌のきっかけが日光を浴びることだからです。

ちなみに、このとき、リズム運動は大勢で行った方が、セロトニンの分泌が多くなったという報告もあります。

加えて、セロトニンはよい睡眠を促すメラトニンというホルモンを作る材料。日中に運動をして、セロトニンを多く分泌させることは、質の高い睡眠にもつながります。

(朽木 誠一郎 : 医療記者)