来年、芸能生活60周年を迎える歌手の小林さちこさんが7月31日の大竹まことゴールデンラジオに登場。デビュー時の苦労や代表曲「おもいで酒」のエピソードを明かした。

阿佐ヶ谷姉妹・江里子「10歳からお歌いになってらして60年…。」

大竹「それはあれだろ、貧乏だからだろ?」

小林(笑)

江里子「小林さんの目を見ておっしゃってください。私の方を見ながら言わないでください。」

大竹「いや、だって貧乏だったんだよね?」

小林「決していいとこの子供でもなんでもなかったです。私がデビューした年(1964年)に新潟地震という大きな地震があって、家が全部つぶれちゃったところからスタートしたので、「歌うことイコール歌手になって幸せ」っていうのはあっという間に終わって、「歌うことイコール生活費を捻出する」っていうのが小学校5年生の時から始まっちゃったんです。」

大竹「小学校5年から家族みんなを支えてた?」

小林「あんまり大きな声で言うことはないんですけどでも、結果的にはそうですね。そういう生き方だったんですけど、今思うと一つも無駄なものはなかったですね。ジャズなんかもちろん歌えなかったんですが、仕事をしないと生きていけないから、15~16ぐらいの時に「ジャズ歌えますか?」って聞かれて「歌えません」って言ったら仕事がない。だから「歌えます」ってまず言っちゃってから、どうしようって思って。そこで知ってる歌を聞いて、カタカナで英語書いて、それを一生懸命覚えて、期日までに歌って覚えて。」

大竹「どんな歌でしたか?」

小林「一番最初はサラ・ボーンの歌を聞いたんですよ。♪it don’t matter a thing if you ain’t got a swing …って、ついてきてる?「スイングしなけりゃ意味ないね」って歌。あと♪Sing, sing, sing…」

大竹「あ、知ってる!それ知ってる!」

小林「こういうのとかをカタカナで書いて覚えたりしたんです。」

大竹「そういう風に家族を支えてたのはどのくらい?ある時にどーんと儲かるようになったの?」

小林「15からずっとレコードを出しても全く売れない日々が続いて、ある日もらった曲が「思い出酒」。これが200万枚のヒットになったんです。B面なんですよ、あれ。」

大竹「あ、そうなの?A面はなんて曲?」

小林「“六時、七時、八時あなたは…”知らないでしょ?」

大竹「そりゃ売れねえ。」

小林「タイトルだけで決めないで。こっちは昼ドラの主題歌だったんですけど、「あれB面がないよさっちゃん」ってスタッフに言われて。そこは出版の会社だったので、いっぱいストックがあったんです。そこで「これ歌いやすいけど、歌ってみなよさっちゃん」って言われて歌ったのが「思い出酒」だったんです。」

大竹「それヒットしちゃった!?」

小林「200万枚。今まで売れてなかった小林幸子に神様が「今までの分ね」ってパーンって渡してくれたような枚数になったんです。」

大竹「神様はいたねぇ。」

小林「いたんですよ。」