日本のNHKがFIFA女子W杯を放送することが決まった。間違いなく朗報だろう。だが残念ながら、日本が世界の主要国のなかで、最後まで放送が決まらなかったという事実は変わらない。

「日本人は女子W杯が見られない」「元チャンピオンの日本がW杯からブラックアウト」......ロイターもAPもBBCもCNNも、世界中のメディアがこの事実を大きく取り上げ、ニュースは世界中に知れ渡ってしまった。女子のW杯で頂点に立ったことのあるチームは、世界でたったの4カ国しかない。日本はその数少ない優勝経験国のひとつだ。にもかかわらず、日本が女子サッカーの放送に金を払おうとしない。これは世界では大きなスキャンダルだった。

 ESPNは「日本が契約しないのは残念だが、それ以上に情けない」と報道した。はっきり言って日本のメンツは丸つぶれだ。

 そこで誰もがこんな疑問を持った。

「いったい日本が放送しないのは、金がないからなのか、それとも女子サッカーに興味がないからなのか」

 資金繰りは厳しいのかもしれない。それでも多くの南米やアフリカの国に比べれば日本は金持ちだ。その証拠にこの夏には、バイエルン、マンチェスター・シティ、PSG、セルティック、インテルなど、並みいる欧州の強豪が日本で興行をする。彼らを招聘する金はあるのに、女子の世界大会にかける金はないと言うのだろうか──。日本ではやはり女性の地位が低いのだと、思われる可能性もあった。


パナマに大勝してW杯本番へ向かったなでしこジャパンphoto by Hayakusa Noriko

 確かにFIFAの今回のやり方は性急すぎた。

 2019年の女子W杯の高視聴率や近年のヨーロッパ女子チャンピオンズリーグ(CL)でのチケットの売れ行きを見て、FIFAはかねてから考えていたことへの実現へと乗り出した。つまり、女子W杯を男子W杯と同等のイベントにすることだ。そのため参加国数を24から32に増やし、賞金も増やした。しかし、それには先立つものが必要だ。そこでFIFAはこれまで男子と抱き合わせだった放映権を、女子単独のものとして売り出した。しかし、これが思うようにはいかなかった。

【欧州でもかなりの値引き】

 たとえばヨーロッパの"ビッグ5"とよばれるフランス、ドイツ、イタリア、スペイン、イギリスにおいても、放映権の交渉は難航した。男子のW杯の放映権の相場は通常1カ国あたり1億ドル(約140 億円)から2億ドルだ。今回FIFAがいくらを期待したのかははっきりとはわからないが、その半分くらいと言われている。しかし、イタリアが「払う」と言ってきたのはほんの30万ユーロ(約4600万円)。ちなみに2022年男子W杯の放映権には1億6000万ユーロ(約240億円)を支払っている。またイギリスのBBCとITVの申し出は合計900万ユーロ(約1億4000万円。2022年男子W杯の約8%)だったと報じられている。

 当てが外れたFIFAのジャンニ・インファンティーノ会長は激怒した。この金額は「世界のすべての女性」に対する侮辱であり、FIFAにはより多くの金額を要求する「道徳的、法的義務」があると発言、金額を上げないならば放送させないと脅した。

 一方、ビッグ5側の言い分としては、2019年大会の視聴率がよかったのは、フランス開催で時差がなく、そしてそれなりの強豪がそろっていたからだという。だが今回は時差もあり、参加枠が増えたことでサッカー無名国も少なくない。誰が真夜中にフィリピンやハイチの試合を見るだろうか、というのだ。また女子CL人気は、女子サッカーの人気だけでなく、クラブチームの人気も加味されている、と。

 最終的に、女子サッカーの番組を定期的に放映するという条件も加えて、ヨーロッパでの決着はついた。FIFAは決して明かさないが、当初よりかなりの値引きをしたと思われる。

 放映権の値段は各国によって違う。南米やアフリカの国へ提示したものと、ヨーロッパに示したものは違うし、ビッグ5とその他ヨーロッパ各国に提示したものも違う。日本には、ビッグ5とまではいかないものの、それに近い額を期待したはずだ。ヨーロッパに比べれば開催地であるオーストラリア・ニュージーランドと日本は時差も少ない。数少ない優勝経験国でもある。当然と言えば当然だ。だが──。

FIFA「日本は女子サッカーに敬意を」】

 筆者はかつてFIFAで仕事をしたことがあるが、その時からの知り合いが今、「FIFA TV」の役職に就いている。彼に聞くと、日本からは3つのテレビ局がコンタクトをとってきたと言う。だが、提示してきた金額はあまりにも安く、ある局は「無料なら放映してもいい」と言ってきたそうだ。ビッグ5は、期待外れとはいえ、まだそれなりの金額を提示してきたが、日本の提示額はお話にもならないぐらい低かったと言う。

 インファンティーノ会長は直に日本サッカー協会に連絡を取ったと聞いた。女子のW杯を男子のW杯と同じくらいのビッグイベントにしようと思っているその矢先に、優勝経験国の日本が大会を放送しないというのは、FIFAの沽券にもかかわる。前出の「FIFA TV」の友人によると、少なくとも日本側と8回以上の話し合いをもったという。

「日本は女子サッカーと同義語だったはずだ」

 FIFAのチーフビジネスオフィサーであるロミ・ガイはこう言う。

「日本のテレビ局ひとつひとつに電話して、女子チームと同じ勇気を示してほしいと言いたい。彼女たちにふさわしい敬意を払ってほしい、と」

 今回、金持ちであるはずのヨーロッパ主要国と日本以外は、どこも問題が起こっていない。たとえばブラジルでは地上波の他に、ストリーミング配信がひとつ、ケーブル2局、ラジオで中継を行なう。アルゼンチンでも地上波、ストリーミング、ケーブルテレビが生放送する。金額は違うとはいえ、それなりの額を払っているはずだ。ブラジルでは女子サッカー熱は高まっており、つい先日もブラジルの全国ネット局「グローボ」で1時間半の女子サッカーの特番が放送された。

 かつてなでしこジャパンが世界を制した時、世界は「日本に学べ」と思った。ブラジルでもなでしこジャパンは憧れだった。しかし、残念ながら世界で女子サッカーがどんどん発展しているなかで、日本の女子サッカーを取り巻く状況は逆行していると言わざるを得ない。

 W杯を放送しなければ、その衰退はより加速しただろう。それを回避することができたのはよかった。しかし、やはりこの状況は恥ずべきことだ。もし今回、女子W杯が放送されなかったなら、日本は本当にサッカーを愛している国とは言えないということになっただろう。