保険適用の範囲が拡大した男性不妊の治療。飲み薬や手術など選択肢が広がっています(写真:mits/PIXTA)

2022年4月から不妊治療に健康保険が使えるようになった。これまでも検査や、原因となる病気に対する治療には健康保険が認められていたが、人工授精や体外受精、顕微授精のほか、男性不妊の無精子症を対象とした手術や、一部の治療薬にも保険が適用され、選択肢が広がっている。
男性不妊の病院選びや最新治療について、男性不妊を専門とする山口大学医学部附属病院泌尿器科教授の白石晃司医師に聞いた。

不妊症は「妊娠を望む健康な男女が、避妊をしないで夫婦生活を送っているにもかかわらず、1年間妊娠しないこと」と定義されている。

不妊に悩む夫婦の場合、まず女性が婦人科を受診して検査を受けることが多いが、“不妊の原因の半分は、男性にある”。本来は夫婦で受診し、それぞれ検査を受けるのが理想的だ。

不妊外来でまずは精液検査を

不妊症を診る診療科は、女性は婦人科、男性は泌尿器科だが、不妊治療の専門クリニックもある。まずはどこを受診すればいいのか。白石医師はこうアドバイスする。

「男性不妊を専門的に診るのは泌尿器科ですが、男性不妊を専門にしている泌尿器科医は少ないです。婦人科の不妊外来でも精液検査(詳細は後述)は受けられることが多いので、まずは精液検査だけ受けて、異常があれば、不妊を専門とする泌尿器科医がいる病院、もしくは泌尿器科医がいる不妊治療専門クリニックを受診するという方法でいいと思います」

不妊症を専門としているかどうかの1つの目安として、日本生殖医学会が認定する「生殖医療専門医」という資格がある。しかし、生殖医療専門医の資格を持つ医師は圧倒的に婦人科医が多く、泌尿器科医は全国に約70人(2023年6月現在)しかいない。

保険適用の範囲が広がったことで、今後増えることが期待されるが、患者数に対して少ないのが現状だ。生殖医療専門医は、日本生殖医学会のホームページの「生殖医療専門医制度 認定者一覧」で探すことができる。

男性不妊の治療において、基本となるのが精液検査だ。採取した精液から精液量、精子の数(濃度)、運動率、形態などを調べる。

男性不妊の原因は大きく分けると、精子の数や運動率に問題がある「造精機能障害」、精子の通り道である精路に問題がある「精路通過障害」、勃起や射精に異常がある「性機能障害」がある。精液検査の数値が異常であれば、精子、もしくは精路に問題があることがわかる。


精液はマスターベーションで採取するが、病院の採精室で採取する方法と自宅で採取した精液を病院に持参する方法がある。

「精液検査を正確に行うために最も大事なことは、検査を最低でも2回、できれば3回、1週間くらいの間隔をあけて複数回行うことです。精子の状態は日によって異なり、同じ人でも複数回実施すると、精子の濃度が10倍くらい違うことも珍しくありません」(白石医師)

精液検査の下限基準値

WHO(世界保健機関)で定められている基準値を下回っている場合、原因を探る検査が必要になる。


「たとえ精液検査の結果が正常であっても、精子のクオリティーが低下しているといった理由で、妊娠に至らないケースも多々あります。このためパートナーの女性が不妊治療していても妊娠に時間がかかっている場合は、精液検査の結果が正常であっても泌尿器科の受診をお勧めします」(白石医師)

精液検査だけでなく、血液検査も重要だ。

血液検査では、ホルモン値の異常がわかる。精子の形成は性ホルモンの影響を大きく受けるため、ホルモン値が異常だと精子は形成されにくくなる。

精子が形成される仕組みは、まず脳の視床下部という場所からGnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)が分泌され、視床下部の下にある下垂体に、ホルモンを出すための指令が送られる。すると下垂体からLH(黄体形成ホルモン)とFSH(卵胞刺激ホルモン)が分泌され、男性ホルモンのテストステロンの分泌が促され、精子ができる。

「血液検査によってLH、FSH、テストステロンの値が低かった場合、LH、FSHの分泌を促す『クロミフェン』(クロミッド)という飲み薬が効果的で、精子濃度の上昇が期待できます。週に3錠服用すると、2週間程度でホルモン値が正常になり、2〜3カ月経つと精液の状態も改善します」(白石医師)

クロミフェンは排卵誘発剤として、以前から女性不妊の治療にも使用されていたが、2022年から男性不妊に対しても健康保険が適用されている。ちなみに、ED(勃起障害)の治療薬である「PDE5阻害薬(バイアグラ、シアリス)」も、男性不妊の治療に限り同年から保険が適用された。

男性不妊で泌尿器科を受診した場合、必ず実施されるのが精巣などの診察だ。

男性不妊の原因となる病気として最も多いのが、精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)で、精巣の視診や触診によって見つけることができる。特別な病気ではなく、成人男性の1〜2割にあり、精索静脈瘤がある人の約2割が不妊となる。不妊でなければ放置しても問題はない。

精索静脈瘤は、精巣の静脈に何らかの原因で血液が逆流し、静脈が腫れてコブのようになった状態を指す。精索静脈瘤があると精巣の血流が悪くなり、精巣の温度が上がって精子が形成されにくくなると考えられている。

精索静脈瘤の治療は手術が基本で、健康保険が適用される。手術は、静脈瘤ができている血管をしばり、血流を止める。残りの静脈が正常なので、その部分をしばったからといって血流が途絶えることはない。

「手術用の顕微鏡を使用する方法は、術後の再発率が低いことがわかっています」(白石医師)

術後は精巣内の温度が下がることなどから、精子が形成されやすくなる。術後2〜3カ月経つと、約7割の人は精子濃度や運動率が改善するという。

「精索静脈瘤を治療すると、女性の年齢によっては自然妊娠が望めるほか、人工授精や体外受精、顕微授精の成功率も上がることがわかっています」(白石医師)

無精子症の“最後の砦”が保険適用

男性不妊の約15%を占めるのが、精液の中に精子が1つもない無精子症だ。精子がなければ、自分の子どもを持つことは望めない。

精子の通路が塞がれている精路通過障害で無精子症になっている場合を「閉塞性無精子症」と呼ぶ。「精路再建術」で精路が開通すれば自然妊娠を望める。しかし多くの場合は精路に問題はない「非閉塞性無精子症」で、根本的な治療はできない。そこで最後の望みとなるのが、「顕微鏡下精巣精子採取術(micro-TESE)」だ。

無精子症と診断されても、検査した精液中に精子が見つからなかっただけで、精巣内で精子は作られていることがある。

この手術では、顕微鏡下で精子が作られている精細管を見つけて、精子を採取する。精子が採取できる確率は約40%。2022年から保険が適用されている。自費の場合、病院によって約30万円程度かかっていたので、手術を受ける費用面でのハードルは下がっている。

「手術自体は難しいものではありませんが、精子がいる精細管を見分けたり、採取する精細管を最小限にとどめたりするのには、技術や経験が必要です。精巣は男性ホルモンを分泌する臓器なので、精細管を採取しすぎると男性ホルモンの値が低下し、将来、生活習慣病を発症するリスクが高まるのです」


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白石医師はそう話し、経験豊富な泌尿器科医のもとで手術を受けることを勧める。

精液検査の結果が悪かった場合、明らかな原因が見つからなかったとしても、最近は生活習慣病との関連も明らかになってきて、その改善により精子の数が増加することなどが報告されている。関連記事(【男性不妊】精子の質「30代がピーク」という衝撃)も参考にしてほしい。

(取材・文/中寺暁子)


山口大学医学部附属病院泌尿器科教授
白石晃司医師

1995年、山口大学医学部卒。アイオワ大学薬理学、山口大学医学部泌尿器科講師などを経て、2022年から現職。専門は男性不妊症、小児泌尿器科、性機能障害、泌尿器科腫瘍、ロボット手術、マイクロサージェリーなど。日本泌尿器科学会専門医・指導医。日本生殖医学会生殖医療専門医、など。

(東洋経済オンライン医療取材チーム : 記者・ライター)