カージナルスのラーズ・ヌートバー【写真:Getty Images】

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ヌートバーの連載第2回…負傷で穏やかでない心中を整えるのは

 野球日本代表「侍ジャパン」に日系選手として初めて招集され、3大会ぶりの世界一に貢献したカージナルスラーズ・ヌートバー外野手。所属するカージナルスでも、チーム不動の1番打者を目指して奮闘中だ。5月末の怪我で現在は戦列離脱中だが復帰が見えてきた。Full-Countでは、MLB公式サイトのカージナルス番ジョン・デントン記者の取材をもとに、等身大のヌートバーを粗挽きする月2回の連載「ペッパー通信」をお届けしている。第2回は音楽について。【取材:ジョン・デントン、構成:木崎英夫】

 ラーズ・ヌートバーは、順調に回復している。

 5月29日(日本時間30日)のロイヤルズ戦で、大飛球をフェンス近くまで追いかけた際に腰を痛め途中交代した。数日間の様子見から、球団は6月3日(同4日)に10日間の負傷者リスト(IL)入りを発表。日本のファンはさぞ気を揉んだことだろう。あれから治療と調整の日々を重ねるヌートバーは、マイナーでの実戦を経て6月下旬のメジャー復帰を目指している。

 今春開催された第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、日本代表チームの一員として王座奪還に貢献。弾みをつけて臨んだ2023年のシーズンには落とし穴が待っていたが、持ち前の明るい性格でこの不測の事態も前向きに乗り越えようとしている。ただ、カージナルスの熾烈な外野の定位置争いを思えば、心中は穏やかではないはず。そこをどう始末しているのだろうか――。

 ヌートバーには音楽という精神安定剤があった。

「僕の生活に絶対欠かせないものが音楽。ジャンルを問わず、そのときの気分に合うものを聞いている。例えば、昨日の寝起きにはレゲエで、今日はカントリーだった。試合前だとラップ系が多いかな。そして家に戻ってからはR&Bやポップミュージックという具合だね。だから僕は音楽には明るい」

 ジャンルを問わない音楽好きのヌートバーに「Walk Up Song(登場曲)」について聞いた。

「戦いの場に出ると、僕の頭の中には何かしらの音楽が鳴っている」

 昨年までの数年は、リル・モジーの「Blueberry Faygo」を使用していた。今季はラッパー、ルーペ・フィアスコの「Superstar」に設定。「シーズンの途中で変えるかもしれない」としながらも、とても気に入っているようでその理由を「ギャングスタ・ラップと違ってちょっと落ち着いたメロディーがすごくいいね」と話す。確かに力みを解きほぐしてくれそうな、強ばりのない快い律動を感じる曲だ。

 起床から就寝まで移ろう時間の中で、ヌートバーは仕事場であるフィールドにおいても、音で感情の起伏を上手にコントロールしているという。野球という競技は団体戦であるが、立つ打席、就く守備では孤独になる。その時々で浮かぶ音があるのだろうか。気になる。水を向けた。

「ひとたび戦いの場に出ると、僕の頭の中には必ず何かしらの音楽が鳴っている。いくつもの局面で変化する感情が連れてくるから、ずっと同じものじゃない。緊張を強いられる場面でなら、それを緩和してくれるような歌を口ずさむことだってある。さっき話したように、朝起きた気分で聞くものが変わってくるというのにも似ているかなぁ」

 音楽との相即不離が明らかになれば、演奏できる楽器を知りたくなるのが人情だ。照れ笑いを浮かべたヌートバーは、体の右側に挙げた両手を地面と平行にすると、右手を少し下げるポーズを取って、こう切り出した。

「子供の頃、家にはピアノがあってママがよく弾いていた。とても上手でね。ここまで言えばわかるよね。そう、兄と姉そして僕の先生になった。でもいちばん年下の僕は2人に後れを取ってしまい、途中からフルートにしたんだ。そう長くは続かなかったけれど、ちゃんと吹けるのがあるよ。童謡の『Hot Cross Buns』がそれ。その一曲のみ(笑)」

フルート演奏が原点「引退後は、音楽に関係したことをしたい」

 無類の音楽好きの原点はフルートにあった。真剣な眼差しで取り組むラーズ少年の姿が浮かんできた。きっと、母・久美子さんの記憶には光を放つ我が子の一コマとして刻まれていることだろう。

 かつて松井秀喜とともにヤンキースでプレーし、今はプロのジャズ・ギタリストとして活躍するバーニー・ウィリアムズや、マネー・ボール時代真っただ中の2000年代初頭のアスレチックスでエースとして君臨し、マリナーズのイチローと名勝負を繰り広げたサイ・ヤング賞左腕、バリー・ジトらメジャー界から退いた後に音楽の世界に転身した者もいる。果たして、ヌートバーは……。顎をなで、答えはじめた。

「楽器ができないからねぇ。でもね、実は、引退後には何か音楽に関係したことをしたいなという未来像があって。僕はまだ25歳だけれど、70年代の音楽を聞くとなぜか郷愁を誘われる。音楽には不思議な力がある。そこが魅力の一つ」

 リハビリに励むラーズ・ヌートバーの心に潤いを与えているのが音楽だ。最後に、いちばん好きな曲を聞くと、迷わなかった。

「ローリング・ストーンズの『Gimme Shelter』さ!」

 産声を上げる30年も前の名曲をナンバーワン・リストに掲げるとは、なんとも“粋”である。(「MLB公式サイト」ジョン・デントン / John Denton)