■明暗が分かれた都心と郊外の百貨店

新型コロナ禍も落ち着き、行楽地や商業施設への人出が回復傾向にあります。そんな中、1990年代以降苦戦が続いている百貨店業界において、伊勢丹新宿本店の2022年度の年間売上高が過去最高となる3276億円を記録しました。また阪急百貨店うめだ本店も過去最高売上高となる2611億円を達成しました。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

その一方で、名古屋近郊の名鉄百貨店一宮店が2024年1月で閉店されることが発表されるなど、不採算百貨店の閉店が止まりません。同じ百貨店でどうしてこうも明暗が分かれるのでしょうか。今回は百貨店全体の実情と今後の見通しについて紹介したいと思います。

まず、基本的に全国の百貨店店舗数は減り続けており、名鉄百貨店一宮店閉店の発表でもわかるように今後も閉店は続きます。日本百貨店協会によると、全国の百貨店店舗数は181店舗(3月現在)となっており、2月比で1店舗減少していますから早晩、全国百貨店店舗数は180を割り込むことになるでしょう。

ちなみに新型コロナ禍が始まる直前の2019年12月の全国百貨店店舗数は208店舗だったので、コロナ禍があったとはいえ23年3月までで27店舗減少していることがわかります。今年中には180店舗を割り込んでも不思議ではありません。

■新宿伊勢丹の好調を業界全体のものと捉えるのは間違い

今回の伊勢丹新宿本店の好調ぶりだけを切り出して「百貨店復活の可能性」を報じるメディアや識者を見かけますが、その認識は楽観的過ぎると言わねばならないでしょう。先述したように2023年に入っても全国百貨店店舗数は減少し続けています。そして2024年の名鉄百貨店一宮店閉店が発表されたように、2023年以降も店舗数の減少は続くことになります。

そもそも、百貨店全体の売上高はコロナ禍以前も年々下がり続けていました。91年に9兆7130億円を記録しましたが、バブル崩壊以降下がり始め、コロナ禍直前でインバウンド景気がピークに達していた2019年でさえ、全国百貨店売上高は前年比1.4%減の5兆7547億円というありさまでした。

コロナ禍が始まった2020年以降、年間売上高は4兆円台にまで低下しており、行動制限が解除され回復傾向が鮮明となった2022年の年間売上高は4兆9812億円にとどまりました。2023年はインバウンド需要の回復も見込まれることから22年実績よりは伸びると考えられますが、全国総店舗数の減少もあり2019年の年間売上高を超えることは難しいでしょう。23年以降も全百貨店売上高は5兆円台で推移するとみています。

百貨店は都心と地方で二極化している

非常に乱暴ですが、現在の百貨店の状況を一言で表すなら、「好調な都心旗艦店と厳しい地方・郊外店」という二極化の状況にあると言えます。今回過去最高売上高を記録した伊勢丹新宿本店は好調な都心旗艦店の筆頭でしょう。他方、不調な地方・郊外店の好例は閉店が発表された名鉄百貨店一宮店だと言えます。せっかくですので、名鉄百貨店が位置する愛知県の事例を見てみましょう。

2023年4月27日の日経新聞の記事です。

「名鉄百貨店一宮店が24年1月閉店 愛知の百貨店また消滅」

愛知県の各地で百貨店の閉店が相次いでいる。20年に、ほの国百貨店(豊橋市)、西武岡崎店(岡崎市)が相次ぎ閉店し、21年には松坂屋豊田店(豊田市)も閉店した。
日本百貨店協会によれば、名鉄一宮店が閉店すると協会に加盟する百貨店は愛知県では名古屋市内の6店舗のみになる。岐阜県は1店舗、三重県は2店舗だ。

とあります。

24年1月に名鉄一宮店が閉店してしまうと、愛知県内では名古屋市にしか百貨店はなくなってしまいます。その名古屋市にある百貨店は地方店の閉店を尻目に好調を続けています。記事にもこうあります。

名古屋駅や栄の百貨店は好調だ。コロナ禍で消費が旅行などから高級ブランドや宝飾品に向かい、JR名古屋高島屋は22年の売上高が過去最高になった。松坂屋名古屋店も訪日客の入国緩和で免税売り上げが回復している。両地区では高級ホテルの進出など再開発も続く。

■大都市にあるからといって必ずしも安泰とは言えない

こうした状況にあり、新宿伊勢丹同様にJR名古屋高島屋も過去最高売上高を記録しています。その一方で名鉄一宮店の年間売上高は59億円にまで落ち込み、閉店が決定しました。

今後、愛知県のように好調な都心旗艦店だけが残り、中小型の地方・郊外店はほとんどが閉店に追い込まれるでしょう。しかし、大都市都心にあっても必ずしも安泰というわけではありません。

名古屋市の都心にあった老舗の丸栄百貨店は不振によって2018年に閉店に追い込まれていますし、東京の松坂屋銀座店も2013年に閉店し、ファッションテナントビルの「GINZA SIX(ギンザシックス)」にリニューアルしています。東京・銀座という好立地にありながら松坂屋の晩年は年商が100億円台しかなかったといわれているほどに売れ行き不振を極めていました。

■地方の百貨店は大型SCに客を奪われている

ではどうして中小型の地方・郊外百貨店は苦戦に陥ったのでしょうか。さまざまな理由が考えられますが、個人的には

1 売り場面積が狭い
2 駐車場が狭い
3 近隣の郊外型の大型ショッピングセンターに客を奪われた
4 近隣の大都市旗艦店へ行く

あたりが主な理由ではないかと考えています。

イオンモールに代表される地方・郊外型の大型ショッピングセンターが出現するまでは、中小型の地方・郊外百貨店は地方の消費者の有力な買い物先の1つでした。しかし、地方・郊外は電車・バスといった公共交通機関が整備された大都市圏とは異なり、移動手段は自家用車が主流になっています。

写真=iStock.com/Marcus Lindstrom
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Marcus Lindstrom

大型ショッピングセンターのない時代はそれでも我慢して地方百貨店を使っている人が多かったのでしょうが、広い駐車場を完備した大型ショッピングセンターが出現してその便利さを体験してしまえば、わざわざ不便な百貨店に人が戻らないことは当然だと言えます。

また、大型ショッピングセンターの売り場面積は広大で数多くのテナントが入店します。地方・郊外百貨店は駐車場同様に売り場面積も狭いことから1フロア当たり数店舗くらいの出店しかありません。多くても7、8店舗くらいでしょう。大型ショッピングセンターの広大な売り場を見た後では、小さくみすぼらしく見えても不思議ではありません。

■不便な地方百貨店よりも少し足を延ばして大型SCに行く

2012年に近鉄百貨店枚方店が閉店した後にリニューアルオープンした商業施設「枚方 T-SITE」を実際に見に行ったことがあります。近鉄枚方店だった建物の売り場面積は狭く、1フロア当たり3〜4店舗くらいのテナント出店しかできません。売り場面積8万平方メートルの阪急百貨店うめだ本店や売り場面積10万平方メートルのあべのハルカス近鉄本店を見慣れている私にとって、枚方 T-SITEはひどく小さく狭く見えました。

そして電車やバス、自動車などで1時間弱で移動できる圏内に住んでいるなら、地元の小さい地方百貨店へ行くよりも都心旗艦百貨店へ行く人が多いとも考えられます。例えば今回閉店が決定した名鉄一宮店は、JRや名鉄の快速電車に乗れば約10〜15分で名古屋駅に着きます。地元の小さな一宮店で買い物をするくらいなら、10〜15分かけて名古屋市へ出てJR名古屋高島屋や少し離れた栄にある松坂屋、名古屋栄三越で買い物することを選ぶ人は多いでしょう。

■ファッションブームが起こりづらくなった

さらに根本的な原因として「洋服に強い興味を持っている人が減った」ということを挙げたいと思います。

35年くらい前、ちょうどDCブランドブームで世の中が湧いていました。当時、私はファッションに全く興味のない高校生でしたが、友人がDCブランドのバーゲン目的に徹夜で並んだりしていましたし、ニュースでもその様子が報道されていました。その後もさまざまなファッションブームが次々と起きました。90年代半ばのビンテージジーンズブーム、90年代後半から2000年代前半の裏原宿ブーム、96年のアムラーブーム、90年代後半のマルキューブーム、2000年代半ばの欧米高級ジーンズブームなどが挙げられます。

しかし、特に2010年代半ば以降、開店前に長蛇の列ができるようなファッションブームはほとんど起きていません。強いて挙げるとすると2020年秋にユニクロがジル・サンダーとのコラボライン「+J」を復活させた時くらいでしょうか。

しかし、その代わりに2020年以降は、ガンダムのプラモデル、ポケモンカード、トミーのミニカーなどに長蛇の列ができるようになりました。転売屋の買い占めによる品不足も手伝っていたとはいえ、人気の高まりは感じられました。

その一方で、ファッション関連商品で転売屋に高値で取引されたのは、ナイキのレア物スニーカー程度なので、人々の興味が洋服・ファッションから移ったと感じられます。また、私は長らく衣料品業界で暮らしているのですが、衣料品業界の知り合いでもファッション関連品よりもキャンプ用品や釣り具、音楽などに支出する人が多くなっています。

百貨店の売り上げトップは衣料品から食品へ

実際に百貨店でも売り上げ構成の1位は衣料品ではなく、食品になっていますので、百貨店客層で衣料品に対する興味は着実に低下していると考えられます。

百貨店で存在感を増す『身の回り品』とは何か」(WWD JAPAN、2023年5月2日)

百貨店の売り上げ構成比が変化している。日本百貨店協会の2022年の統計によると、百貨店の売り上げ構成の1位は「食料品」の29.0%、2位が「衣料品」の26.6%、3位が「雑貨」の19.7%、4位が「身の回り品」の15.3%となる。百貨店では売り場面積が大きい「衣料品」が2000年頃まで40%以上のシェアを誇ってダントツの存在だったが、「ユニクロ」に代表されるSPA(製造小売業)の台頭やショッピングセンターとの競合激化でじわじわと衰退。コロナ下の20年に初めて「食料品」に1位の座を明け渡し、行動規制がだいぶ緩和された22年も1位の座を取り返すことはできなかった。

とあります。

写真=iStock.com/sergeyryzhov
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コロナ禍が人々の外出機会を奪ったことで、衣料品の需要が低下したことは否めませんが、行動制限が緩和されても衣料品のシェア率は元には戻らなかったわけです。

百貨店には家族連れを取り込める施設がない

そういう消費者ニーズと、90年代以降、ファッション衣料品に特化した百貨店の品ぞろえが全くマッチしなくなっていることにも考慮が必要でしょう。高度経済成長期に百貨店が家族連れ客を広く取り込めた理由は、

1、屋上遊園地などのアミューズメント施設があった
2、ファミリー向けの大食堂があった
3、玩具売り場や本屋などがあった

などが挙げられます。もちろん高度経済成長期の旺盛な消費意欲はあったでしょうが、現在のようにファッション衣料品に特化した品ぞろえでは、確実に子供連れ客は逃げてしまいます。両親はファッション衣料を楽しむかもしれませんが、子供からすると洋服の買い物ほど退屈なものはありません。しかし、屋上遊園地や大食堂、玩具売り場などがあったので子供も当時の百貨店ではそれなりに楽しむことができました。

現在、これらの施設がそろっているのは百貨店ではなく郊外型の大型ショッピングセンターです。ですから駐車場が広いという理由だけでなく、家族連れ客を取り込むことができているのでしょう。

90年代以降、百貨店は効率よく稼ぐために化粧品とデパ地下の食品を除いてはファッション衣料品に特化しました。あとは貴金属・宝飾くらいでしょうか。たしかに2000年ごろまではこの特化が最適でした。

しかし、百貨店顧客層までが衣料品よりも食料品を買うほどにファッション衣料品への興味を低下させている状況においては、決して消費者ニーズに則した品ぞろえとは言えませんし、こんな品ぞろえでは子供が退屈するので家族連れ客は寄り付きません。百貨店は子供を連れて行くことができない高額ファッション衣料の集積地になったと言えます。

■ショボい地方の百貨店は消滅する

話を冒頭に戻すと、新宿伊勢丹の絶好調ぶりや阪急うめだ本店やJR名古屋高島屋の強さはたしかに百貨店としては明るい兆しですが、それはそれぞれの地域の高級ファッション衣料品好きな消費者を一手に取り込んだからだと言えます。

逆に言うと、新宿伊勢丹のような売り場は東京には1つあれば十分で、2つは共存できません。これは阪急うめだ本店、JR名古屋高島屋にも共通して言えることです。結局、伊勢丹にしろ、阪急にしろ、本店以外の郊外店の売上高はさほどたいしたことがなく、伸び悩んでいます。

今更、資金繰りの苦しい百貨店が路線変更をして大食堂や屋上遊園地を再現するような投資ができるわけもありませんから、大都市大型旗艦店だけが各地域の「ファッションの殿堂」として残り、ショボい地方・郊外店は消滅するというのが百貨店の未来だと筆者はみています。

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南 充浩(みなみ・みつひろ)
ライター
繊維業界新聞記者として、ジーンズ業界を担当。紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下までを取材してきた。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。
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(ライター 南 充浩)