「好きになった人と結婚して家族になる」

それが幸せの形だと思っていた。

でも、好きになった相手に結婚願望がなかったら…。

「今が楽しいから」という理由でとりあえず付き合うか、それとも将来を見据えて断るか…。

恋愛のゴールは、結婚だけですか?

そんな問いを持ちながら恋愛に奮闘する、末永結子・32歳の物語。

◆これまでのあらすじ

結婚願望がない男・日向と付き合っている結子。元彼に相談したところ「今は結婚願望なくても、何かのきっかけで変わるかもよ」と言われてちょっと安心した結子だったが…。

▶前回:「こんな家に住んでるの?」付き合って4ヶ月。初めて彼の家に行ったら驚きの連続で…




Vol.10 彼の友達に紹介されたら安心?


『今、帰ったよ』

結子は、仕事から帰宅すると、上着を脱いでソファに腰を下ろし、日向にLINEを入れた。帰宅LINEは、最近定着した習慣だ。

『ところでさ、今週末花見に行かない?』

『行きたい!けど、私、日曜日は法事があるの。土曜日だったら…』

結子の実家は祖師谷だが、この日父方の祖父の7回忌があり、両親、妹と一緒にお寺に行く予定なのだ。

『大丈夫。花見に誘われているのは、土曜日だから』

― ん?誘われてるって、誰に?

会社関係の人とだったら、すでに結子の耳に入っているはず。帰ってきたメッセージに、結子は即座に返信した。

『お花見って誰とどこにいくの?』

『僕の大学の同級生たちと代々木公園。今回は彼女連れでってことになって』

― ええっ!大学の同級生って…どうしよう…。

4つ歳下の日向の周りにいるひとたちは、自分よりも年下に違いない。

かといって、自分が一番年上かもしれないから行きたくないとは言えず、結子は「じゃあ、予定空けておくね」と返信した。

週末まであと4日。

いつもなら冷蔵庫からビールを取り出し開栓して一息つくところだ。

だが、さっきの「彼女連れで花見」が頭から離れず、手に取ったのはここぞという時のために買い置きしてある「HACCI」のコラーゲンドリンク。

3本セットで2,000円弱。日向と付き合い始めた前後で、2セット購入し、まだ手付かずだった。

― これを寝る前に1日1本と、半身浴と、エスティ ローダーのパックを週末までの日課にしよう…。

無駄な抵抗かもしれないが、少しでも若く見られたいという気持ちがむくむくと湧いてくる。

― せっかく友達に紹介してくれるんだから、がんばろうっと。


土曜日の午後。

日向と目黒で待ち合わせ、代々木公園に行くと、彼の同級生たちがすでに満開の桜の下で盛り上がっていた。同級生4人に対し彼女も4人だ。




「初めまして。結子です」

日向はあらかじめ雅叙園の『旬遊紀』で手配していた“お花見オードブル”を持参しており、早速その包みを開封した。

そして、日向に紹介され、結子は挨拶してから輪に加わる。

しかし、結子は瞬時に居心地の悪さを感じた。

結子以外の女性3人は慶應出身の同窓生や後輩でお互い初対面ではないらしく、すでに盛り上がっている。

全員が日向のことを「春樹」や「春樹くん」と親しげに呼んでいる。

そのうえ、ワインやビールなどのお酒と一緒にシートの上に並べられているのは、手作りのオードブルやサンドイッチ。

― っていうか、手弁当持参なら最初から言ってくれればいいのに…。

結子は肩身が狭かった。




― 適当に楽しんで、早めに退散しよ。

顔では笑みを浮かべてはいるが、心からの笑みではない。

春樹の同級生の1人が、結子に尋ねる。

「結子さんはいったい、春樹のどこが良くて付き合ってるんですか?」

結子は、チラッと日向の方を覗き見た後答えた。

「一生懸命アプローチしてくれたこととか…。仕事の姿勢とか。あとは彼って、ちょっと可愛いところがあって…」

「結子さん、年上なんですよね?綺麗だし全然年上に見えないですよー」

24歳になったばかりの女性がいきなり食いついてきた。

「ほんと、化粧品とか何使っているのかあとで教えてください!」

「そんな、大したもの使ってないからー」

彼女の言葉を、純粋に褒め言葉と受け止めていいのか結子はふと考えたが、気にしないことにした。

その時、結子の隣に座っていた男性が耳打ちした。

「僕、幼稚舎時代からの付き合いなんですけど、春樹は結子さんのことが気になって、勝手に片思いを始めたことが原因で、元カノにフラれたんですよ。ま、彼女の方も今幸せなので、時効でしょ」

たしか、結子と付き合い始める一年前に彼女とは別れたと言っていた。

― その頃から私を見てたってこと?いや、そんなはずはないよね…。



花見の帰り途。

代々木公園付近からタクシーを拾い、日向と2人乗車した。

「結子さん、今日の花見居心地悪かったかな、ごめんね」

「……そんなことないよ。逆にみんなに私に気を使ってくれたんじゃないかな」

少し間を置いてから、と結子は答えた。

「そんなことないよ。みんな結子さんのこと気に入ってた」

日向がやんわりと否定する。

「そうそう、この間はあなたのお父さん、そして今日は友達と会ったでしょ?だから、今度は私の家族にも会ってくれる?」

さりげなく結子は提案したが、実は、これは前から考えていた作戦だ。

ありきたりだが、結婚願望がない男に結婚を意識させる方法だと、前に結子の妹が言っていたのだ。


日向はこともなげに言った。

「別にいいよ。結子さんがどんな両親のもとで育ったのか知りたいもん」

― えっ?意外。

「じゃあ、明日一緒に来る?法事のあと会食があるの」

結子が聞くと、日向は残念そうに答えた。

「明日は結子さん法事だって聞いてたから、別の予定入れちゃったんだよね。別の日で設定してくれれば改めて」

「そっか。じゃ、うちの親にも予定聞いておくね」

結子は心の中でガッツポーズをした。



横浜の鶴見での法事が終わり、結子は家族とともにベイエリアのヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテルにやってきた。

これから親戚たちと総勢10名の会食なのだ。中国料理『カリュウ』の個室で、円卓を囲む。




話の主役は、半年後に結婚が決まっている結子の妹・園子。

のはずだったのだが…。

「園ちゃんも結婚が決まったし、次は結子ちゃんだな」

父の兄である伯父からいきなり矢が飛んできた。

「私は仕事が忙しいから、結婚はまだいいかな。それに、私の周りは誰もまだ結婚してないし…」

32歳で独身なんてフツーよ、と言うつもりだったが、途中お節介な叔母の割り込みで中断される。

「何言ってるのよ!結婚しよう、って思った時には、世の男性に相手にされる年齢じゃなくなるわ。結子ちゃん、長女なんだし、お父さんとお母さんを安心させてあげないと!」

両親が心配しているのは知っているが、叔母から結婚のことをとやかく言われる筋合いはない。

適当に相づちを打ちながら黙っていると、叔母が「実は…」とスマホの画面を結子に差し出した。

「この方、どう?」

画面を覗くと、年齢は40前後の真面目そうな男性の写真がある。

「どうって言われても…」

叔母は意気揚々と話す。

「パパの同僚の息子さんなの。38歳で税理士をしてらっしゃるのよ。結子ちゃんよかったら、一度会ってみない?」

― え?いきなりお見合いの話?

突然すぎる展開に結子は絶句する。

「あの…私、お見合いはちょっと…」

お見合い以前に、スマホの中の男性はお世辞にも素敵とは言い難い容姿だった。

「何を言ってるのよ?この先、年を取って、病気になったり怪我をした時に、1人じゃ不安じゃないの」

叔母はまったく引かない。

横から結子の父が気を使って「結子とはまた話しておきますから」と叔母を嗜める。

― はあ…。

結子は大きなため息をついた。

叔母は昨年、体調を崩して入院していた時期があったのだ。そのときいつもは世話を焼いている夫に助けられたと言っていた。

― 叔母さんに言われると、説得力あるわー。でも、今そんなこと言われてもね…。

「気を使っていただいてありがとうございます。でも、私、お付き合いしてる人いるので、お見合いはしません」

一瞬その場が静まり返った。

「え?お姉ちゃん、そうなの?どこの誰?」

妹の園子が興味津々で割り込んできた。

「えっと、同じ会社の人」

結子が答えると、一同顔を見合わせ、いきなり場が和む。

「じゃあ、きっと結子ちゃんも近々いい報告が聞けそうだな!」

各自勝手にビールを注ぎ合い、乾杯し、盛り上がっている。

― はぁ…。ま、日向くんも実家に来てもいいって言ってたから、近々連れて行こ。これで結婚までトントン拍子に進んじゃったりして…。

結子は“周りから固めて結婚作戦”がうまくいけばいいのに、と考えていた。



19時、電車を乗り継ぎ、結子は目黒に戻ってきた。

スーパーで軽く飲み物とサラダの材料を買い求め、外に出る。春の空は明るくて、ほんのり花の香りが鼻腔をくすぐる。

ほっと一息ついて、家路に向かおうとした時。

通りの向こう側に、見慣れた男性が誰かを伴って歩いているのが目に入った。

― あれ?日向くん?

だが、日向の隣には、小柄な女性が彼にまとわり付くように歩いている。デパートのチェック柄の紙袋を手にし、いかにもショッピングデートからの帰りのように見えた。

結子はその場に立ちすくんだ。




― もしかして、日向くんが付き合ってるのって、私だけじゃないの?

結子は声をかけることすらできず、遠目から2人の姿を追い続けた。

▶前回:「こんな家に住んでるの?」付き合って4ヶ月。初めて彼の家に行ったら驚きの連続で…

▶1話目はこちら:次付き合う人と結婚したいけど、好きになるのは結婚に向かない人ばかり…

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日向のデート現場を目撃した結子は、実家に誘うかどうか迷ったあげく…