リーグ・アン第20節のパリ・サンジェルマン(PSG)戦は、スタッド・ランスにとっても、伊東純也にとっても、今シーズンの大一番だった。

 それまでリーグ戦11戦無敗(公式戦13戦無敗)を続けるチームにとっては、シーズン途中にアシスタントコーチから昇格したウィル・スティル新監督が植えつけているサッカーが「本物かどうか」を確認するためのテストの場として。

 また、前回対戦時は出場停止により欠場を強いられた伊東にとっては、ヨーロッパ屈指の強豪相手に「どこまで自分の実力が通用するか」を図る試金石として、極めて重要な意味を持つ一戦だった。


ネイマール(左)が相手でも輝きを放った伊東純也

 果たして、結果はどちらも合格。試合終了間際にフォラリン・バログンの同点ゴールで追いついたスタッド・ランスのサッカーは、間違いなく勝ち点1に値した。そして、満員のパルク・デ・プランスで伊東が披露したパフォーマンスも、申し分のないものだった。

 とりわけ驚かされたのが、ホームで圧倒的な強さを誇る王者PSGを圧倒したスタッド・ランスの前半の戦いぶりだ。

 前任者オスカル・ガルシア監督時代は、基本布陣の3-4-1-2で「堅守速攻」を武器としていたスタッド・ランス。しかし、昨シーズンから継続するそのスタイルでは、おそらく今シーズンも残留争いに巻き込まれていただろう。

 実際、シーズン序盤は自陣深い位置で守る時間が長く、攻撃についてはバログンと伊東の2トップコンビに依存。それによって相手ゴールに近いエリアでプレーする伊東のゴールは増えたが、毎試合のように退場者を出したこともあり、チームとしては結果を残せず、下位を彷徨っていた。

 しかし、オスカル・ガルシア監督の解任によって昨年10月下旬からウィル・スティルが指揮を執るようになると、アグレッシブに前からプレスを仕掛けるモダンなスタイルに方向転換。ボールを奪ったあとは手数をかけずに素早くゴールを目指し、敵陣でボールロストしても即時回収でショートカウンターを繰り出せるように変化した。

【MNMトリオは何もできず...】

 PSG戦でも、スタッド・ランスはアグレッシブな攻撃を見せた。

 開始直後から相手のビルドアップを自由にさせず、守護神ジャンルイジ・ドンナルンマにプレッシャーをかけて次々とチャンスを構築。試合の主導権を握ると、チャンスの数もシュート数も相手を圧倒した。

 逆に、W杯後に初めてリオネル・メッシ、ネイマール、キリアン・エムバペのMNMトリオが先発したPSGは、チーム戦術が定まっていないこともあり、ほとんど何もできない45分間を過ごすこととなった。

 そのなかで伊東は、15分に右SBトマ・フォケとのコンビネーションプレーからボックス内で惜しいシュートを放ったほか、23分には相手ボックス内に進入してゴールに迫り、25分には自らボールを奪ったあとに素早く縦にスルーパス。マーシャル・ムネツィのシュートシーンを演出するなどPSG相手に物怖じすることなく、いつもどおり攻撃の軸として躍動した。

 しかも後半には、得意のドリブルでPSGの左SBフアン・ベルナトを抜き去ると、焦ったPSGは途中出場したマルコ・ヴェラッティが危険なスライディングで伊東を止めてしまい、これが一発レッド。負傷が心配された伊東はその後も平然とプレーして、変わらず存在感を示し続けた。

 今シーズンから初めてリーグ・アンに活躍の場を移した伊東は、開幕前の負傷で出遅れるも、ここまでリーグ戦18試合に出場し、そのうち17試合に先発。出場時間は、主将としてここまで全試合フル出場を続けるCBユニス・アブデルハミドの1800分に次ぐ1352分を記録し、チーム2番目のプレータイムを誇るなど、チームに不可欠な戦力としてプレーする。

 伊東がリーグ・アンにすぐに順応できた背景には、持ち前のスピードはもちろんのこと、正確にボールを扱える高い技術と、ボールを受けたあとに何をするかを素早く判断できていることにある。そのどちらかが欠けていればリーグ・アン特有の激しいデュエルの餌食となるが、個人戦術にも優れる伊東にその心配は不要だった。

【レキップ紙も高評価を連発】

 伊東がこれほど指揮官から信頼される最大の理由は、好不調の波がなく、毎試合安定したパフォーマンスを見せているからだ。数字だけ見れば、たしかにゴールは第12節のオセール戦から遠ざかり、アシストも1のみ(第9節@トロワ戦)。しかし、W杯後の試合でも変わらずチャンスに関わり、ハイパフォーマンスをキープしている。

 それを証明するのが、フランス最大のスポーツ紙『レキップ』の採点だろう。PSG戦で合格点の6点と評価された伊東は、毎試合の採点の平均値で5.59をマークしている。

 スタッド・ランスのレギュラー陣でこの数字を上回るのは、目下リーグ得点ランキングの首位につけるエースのバログン(5.88)と、リーグ屈指のセーブ率を誇る守護神イェファン・ディウフ(5.64)のふたりのみ。伊東が低調とされる4点と評価されたのは、第14節のナント戦しかない。

 伊東にとって幸運だったのは、ウィル・スティルが監督に就任したことにより、今ではリーグ・アンの「台風の目」と化している上昇機運のチームに身を置けていることだろう。それによって、伊東も目覚ましい成長を遂げる若いチームメイトを生かし、逆に自らが生かされる環境のなかでプレーできている。それが、伊東の追い風にもなっている。

 そんなチームに変えたのが、30歳の若手監督ウィル・スティルだ。

 英国人の両親を持つベルギー人のウィル・スティルは、少年期に選手の道をあきらめ、監督になるために17歳でイングランドのプレストン(マイヤーズコー大学)に渡って2年間学んだ変わり種。その後、ベルギーに戻ってからアナリストとしてプロクラブに売り込みをかけ、ようやく無給のインターシップとしてテスト採用してくれたのが、シント・トロイデンだったという。

 そこからベルギー国内のクラブで分析官、またはアシスタントコーチとして修業を積み、2021年にスタッド・ランスのアシスタントコーチに就任。ただし、現在はまだUEFAのBライセンスしか取得しておらず、リーグ・アンで監督を務めるために必要なプロライセンスを取得する予定の今夏までは、クラブが罰金を支払いながら指揮を執っている。

【伊東の演出で15戦無敗を更新】

 分析に長けているだけでなく、トレーニングメソッドやチームマネジメントにも並外れた能力を秘めていることは、ここまでの仕事ぶりからもよくわかる。おそらく近い将来、プレミアリーグで指揮を執ることは確実だろう。

 PSG戦から中2日で戦ったロリアン戦。いきなり2失点を喫して無敗記録が途絶えるかに見えたスタッド・ランスだったが、そんなビハインドをものともせず、終わってみればバログンのハットトリックもあって4-2の大逆転勝利を収めることに成功した。

 相手にボールが当たってアシストは記録されなかったが、伊東もバログンの逆転弾を演出するなど、その試合でも上々のパフォーマンスを見せている。

 公式戦15戦無敗記録を更新し、破竹の勢いで11位にまで駆け上がったスタッド・ランス。リーグ・アンで最も旬なチームで、伊東はどのような進化を見せてくれるのか──。後半戦も、スタッド・ランスと伊東から目が離せない。