なにをやってもうまくいかない…自分のことをそう思うことはありますか? その状況を「運が悪いから」と思い込んでしまうこともあるかもしれません。果たして本当に運が悪いというのはあるのでしょうか? 公認心理師の川本義巳さんが、ある相談者の方を例に教えてくれました。

「自分は運が悪い」。これって本当?

「私は運が悪い」そう言っている人、身近にいませんか? 以前相談に来られた山田幸子(仮名)さんもそのお一人でした。彼女は28歳、介護関係のお仕事をされています。以前、営業のお仕事をされていたのですが、職場の人間関係が原因で体調を崩し退職をしています。その後は「手に職をつけたい」という希望もあって介護職の門を叩きました。

この仕事を始めてもう5年ですが、現場を4社ほど変わっていて、今の職場はまだ勤め始めて4か月とのこと。その理由は「入ってみたら離職率がすごく高いブラック企業だった」「面接のときに聞いていたのと全然違う内容の仕事だった」「上司に疎まれてしまい、気がつけば自分一人孤立していた」とのことでした。
幸子さん本人は「私は運が悪い」と言います。

 

●運が悪いの正体とは…?

「私、何かにつけて運が悪いです。大学受験も志望校に入れなかったし、就活も一度内定を出してくれた企業が業績不振で取り消しになったし、その後もやっと入社できたと思ったら、社内で一番人間関係が悪い営業部に配属されてストレスで体を壊しました。今度こそと思って介護の世界に飛び込んだけど、やっぱり嫌なことやつらいことが起こるし。プライベートもやっぱりうまくいかなことばかりです…」

彼女はこれまでの自分の人生について、そう話をしてくれました。その後も彼女の口からは「ついていない」「自分は無理」「やっぱりうまくいかないと思う」という単語が何度も出てきました。

そこで私は彼女にこんな質問をしてみました。

「何歳くらいから“自分は運が悪い”って気がつきましたか?」

彼女は少しびっくりしたような顔をしていましたが、うつむきながらしばらく考えてこう答えました。

「う〜ん、はっきりとは覚えていませんが、小学校5〜6年の頃にはそんな感覚があったように思います」

彼女によると、この頃からいくつか「がんばってもうまくいかない」「自分がガマンすればいい」という経験を連続して体験したとのことでした。きっとこの頃の経験が「自分はついてない」という信念を生み出したのだと思われました。

●運が悪いと思い込んでると、その通りの結果になる?

そこで私は「自己予言成就」の話を彼女にしました。

「自己予言成就」とは、心理学用語の一つなのですが、「こうなるのではないか」と思っていると、その通りの結果を引き起こすというものです。これは不思議な話ではなくて、「こうなる」という思いが行動につながり、よりその結果を引き寄せやすくなるという仕組みです。

こういう例があります。結婚願望はあるけど出会いに恵まれなかった女性がある占い師に、「来年の今頃、あの公園の木の下で出会う人と結ばれる」と言われ、その通りになったという話がありました。これは占いが当たったという話ではなく、その女性が頻繁にその場所を訪れ「出会いがある」と信じて相手を探した結果の出来事でした。
この例はハッピーエンドな予言成就ですが、「最後には失敗する」などのバッドエンドな自己予言成就もあります。これも、原理としては「バッドになるように行動する」ということになります。

幸子さんにも自己予言成就がありました。「私はついてないから最後には不幸になる」というものです。実際に話をよくよく聞いていくと、そうならないために必要以上に人と関わりを持たなかったり、他人の言葉や表情を必要以上に気にしたり、職場の環境を必要以上に疑問視していたことがわかりました。

 

●運がいい状況をつくれるかは自分次第

一通り自己予言成就の話をした後、私は幸子さんに再度質問をしました。

「もしあなたの同僚で、なかなか会話が弾まなかったり、いつも緊張しているような様子があったり、こちらから声をかけてもあまり本音を言ってくれなかったらどうですか?」

すると幸子さんは少し目を見開いてこう言いました。

「ちょっとやりにくいですね。多分『あまり関わらない方がいいのかな』と思ってしまいますね。あー、そっか。私、自分でやりにくい状況をつくっているんですね! 運が悪いのではなくて、運が悪い状況を自分でつくっていたんですよね!!」

そう言いながら、彼女はどこか嬉しそうでした。後日談として、彼女は仲間との会話も増え、プライベートでも一緒に遊びに行くようになったそうです。彼女のように、気づかないうちにマイナスの自己予言成就をしてしまっている人がいます。

自己予言成就は、思い込みから生まれる行動パターンなので、客観的に分析できれば、やめることが可能です。この記事を読んで「自分にもそういうところがあるかも」と思った方は、一度自分の身に起こっていることを客観的に観察して、「もし他人が同じ状況だったらどう感じるか?」を確認してみましょう。