侍ジャパン栗山英樹監督 新春スペシャル・インタビュー(前編)

 2023年3月に第5回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)が開催される。世界一奪還を目指す侍ジャパンは、ダルビッシュ有、大谷翔平、鈴木誠也といったメジャー組が参戦を表明し、山本由伸(オリックス)や村上宗隆(ヤクルト)のメンバー入りも確実視されている。そんな「史上最強」との呼び声高い侍ジャパンを率いるのが栗山英樹監督だ。いよいよ始まる決戦を前に、指揮官が語った。


昨年12月に侍ジャパンの監督に就任した栗山英樹

【日本代表監督の仕事】

── 日本代表の監督として動いてきたこの1年、どんなことを感じてきましたか。

栗山 おおよそは野球の監督という動きではなかったですね。秋にオーストラリアとの強化試合を2試合戦いましたが、それ以外、前に進んだことは何かと言われれば、メジャーでプレーする選手たちが日本の野球のために参加すると言ってくれたことだと思っています。つまりはジャパンの監督って、仕事の9割5分はGM(ゼネラルマネージャー)のような仕事だったんだなと......ファイターズの監督の時とはやることも違うし、野球の見方も違うんだということは痛感しています。

── GM的な仕事の難しさ、おもしろさのようなものをどんなところに感じたのでしょう。

栗山 おもしろさを感じる余裕はどこにもありませんでしたが(苦笑)、ダル(ダルビッシュ有)や(大谷)翔平、(鈴木)誠也が参加すると言ってくれたことはものすごく大きなことだと思っています。彼らと話をしてきたなかで、物事を決めていく時に自分はどうすべきなのかということを学ぶことができました。今まで仕事というのは明日に残してはいけない、決断は今日下すものだと思ってやってきましたが、決まらないこともある。明日へつないでつないで、最後の最後まであきらめないことも大事なんだと思い知らされました。

── 大谷選手については、ファイターズでプレーしていた5年前にWBCへ出るチャンスがありました。残念ながら辞退することになってしまいましたが、その時にファイターズの監督として彼のWBCへの強い想いを間近で感じていたと思います。あれから時を経て栗山監督はジャパンの監督に、大谷選手はメジャーで二刀流のプレーヤーとなった......この夏、アメリカで大谷選手に会った時、どんな殺し文句を発したのでしょう。

栗山 そうですね、それはどこまで話していいものか(笑)。まず翔平がメジャーであれだけの成績を残した昨年、帰国して食事した時、僕がジャパンの監督になったことを知っているのに3時間、彼からはWBCについての話がまったく出てこないんですよ(笑)。まったくもって翔平らしいというか、ねぇ(苦笑)。

 ただ、彼が(昨年の)1月にアメリカへ戻る時、きちんと仁義はきっておかなきゃと思ったので、こちらから連絡したんです。そうしたら彼のほうから「アメリカで待ってますよ」って......これはつまり、今はまだ何も言わないでくださいね、という意味なんだろうなと自分なりに空気を読みました。たしかに面と向かって話をしなければこちらの魂は伝わらないと考えていましたし、翔平との間のなんとも言えない独特の距離感はよくわかっているつもりだったので「よし、時期が来たら会いに行こう」と、そんなふうに思っていました。

── 実際、8月に渡米して大谷選手に会ったんですよね。

栗山 ほかの選手とは食事をしながら2時間くらいは話ができたんですが、翔平とはホントに一瞬(笑)。「お疲れさまでした」みたいな感じで、そのままフッと行っちゃおうとしましたから......。

── 大谷翔平あるあるですね(笑)。

栗山 さすがにその時は翔平を引き留めてひと言、こちらの想いを伝えました。何の反応もなかったし何も答えなかったけど......それも翔平らしいんですよね。こちらが正式に何も伝えておらず、物事だけがどんどん進んでしまっている雰囲気のなか、僕は翔平という人はこちらが考えていることをさらに上回って考えられるとも思っていて、だから野球に関してはすべてお見通しだろうし、信用もしていますしね。だから僕がジャパンの監督に就任して、翔平はメジャーでプレーするなかでもトップの選手で、そこのところのけじめは、いずれはつけなくちゃいけないと思っていました。

大谷翔平からの突然の電話】

── けじめをつけるためのひと言とは、どんな言葉だったんでしょう。

栗山 日本野球の将来のためだから、と。

── WBCで勝ちきることが?

栗山 そうですね。もちろんそれを誰よりもわかっているのは翔平で、これからの日本の野球のためにこのWBCがどういう意味を持つのか。メジャーでプレーする選手が出場することがどんな意味を持っているのか。そこを彼はわかっていると思うからこそ、そのひと言だけで十分だと思いました。

── そのひと言に大谷選手は応えてくれたということですね。

栗山 すごくビックリしたのは、翔平から僕に直接、電話がかかってきたんですよ。着信を見たら翔平だったから、最初は「うわっ、何かアクシデントがあったのか」と思いました。だから、あまりに怖くてすぐに出られなかったんです。だって僕にとっていい話だったら、翔平は直に連絡しなくてもいいじゃないですか。(通訳の水原)一平を通して、OKです、と伝えれば済む話で、わざわざ僕に電話をかけてくるとしたら、ケガとか事故とか、何かがあったんじゃないかと胸がザワッとしたわけです。

 そうしたら、最初、全然違う話をしてきたから、あれっと思っていたら、最後に「あのー」とか言って、「出ます」と......翔平のほうもきちんとけじめをつけて、自分でちゃんと言わなきゃと思ってくれたんでしょうね。もちろん僕も、きちんとお願いしたつもりだったし、その時はきちんとありがとうございますと感謝の気持ちを伝えました。

── 内心はガッツポーズをしたいくらいの気持ちだったのでは?

栗山 いやぁ、そうばっかりでもなくて......やっぱりピッチャーを預かるというのは大変なことなんです。翔平もダルも、日本の球団のピッチャーも、こちらが選んで来てもらうピッチャーはみんなそうです。シーズンの開幕前に、契約を交わしているわけでもないジャパンに来てくれるのは「監督、大丈夫ですよね、ちゃんとやってくれますよね」と信頼してもらっているからであって、僕には彼らを絶対に壊しちゃいけないという責任があります。だから調整についても、試合での起用法も、本人たちとしっかり話し込んで、彼らの意向を大事に考えていかなきゃいけない......そういう重たい気持ちのほうが先に立ちました。

── ピッチャー? 大谷選手はバッターじゃなくてピッチャーなんですか?

栗山 そこはいろんなパターンを考えておかないと、とくにピッチャーというのは事前に準備しておかなければ何もできないでしょう。今、いろんなことを言っているのは、ファンの人たちに夢を見てもらいたいからということはあります。そこは本音を言えば、どうなるかはまだわかりません。ごめんなさい。ただ、日本が勝つためにみんなができる限りのことをやりますよ、という雰囲気をつくっておきたい気持ちはあるし、ピッチャーとバッター、2人の翔平がいてくれれば、それが一番いいに決まってる。

 翔平だけじゃなく、WBCに馳せ参じてくれる選手はみんな、シーズンへ向かう過程の中にこの大会があって、忘れてはならないのは彼らが契約しているのはジャパンではなく、それぞれのチームだということ。だからみんなにこの期間、どう進みたいのかという話はしているし、シーズンのための準備をさせなきゃいけない責任が僕にはあるので、ジャパンが勝つためだからといって好き勝手に使えるものではない。

 そのなかで、勝つために最低限、こうはできないものかという形に向かうようには考えたいんです。たとえばピッチャーとして言うなら、先発ができるくらいの準備ができていれば1、2イニングのリリーフはできるわけで、そこは身体の状態やそれぞれの開幕へ向けた調整法、あとは所属するチームとの約束事とか、そういったものをすべて大切に考えながら進めていきます。翔平に関しても、バッターだけかもしれないし、先発だけかもしれない。今はまだ何も決まっていないというのが本当のところです。

大谷翔平が参戦する意義】

── でも、ピッチャーでもバッターでも、大谷選手がWBCに出場するというインパクトは計り知れません。

栗山 その喜びというか、うれしさはもちろん僕にもあります。プレッシャーもあるし、出ると聞いてホッとしたのも事実ですが、日本のファンのみなさんも、日本の若い選手たちもきっと喜んでくれるんじゃないかと思っています。野球をやっている、やっていないに関わらず、この国の子どもたちに今の大谷翔平を見せてあげたかったし、翔平がジャパンのユニフォームを着てプレーすることがとてつもなく大きなメッセージになることは間違いない。僕がそのためだけにジャパンの監督になったとは思いたくないけど、でもそれは僕がしなくちゃいけない使命だということくらいは想像がつきましたからね。そういう意味での安堵感はありました。

── ただ、ファイターズの時に栗山監督はピッチャーとしての大谷選手をマウンドへ送り出すたびに壊れないだろうかと常に胃の痛い日々を過ごしていました。またそうした日々が始まりますね。

栗山 そうですね......その責任の大きさは忘れずに努めなければいけないと感じています。さらにもうひとつ、この5年間で翔平も肉体的に成長しているだろうし、そこをきちんと把握したうえで、ボールも違う、マウンドも違う、そういう環境の違いが何かを起こすリスクは常にありますから、ジャパンの監督をしている以上、預かった選手を無事にそれぞれのチームへお返しするまではホッとなんかしていられないという気持ちも、もちろんあります。

── そういう厳しい環境の大会に、大谷選手は何を求めて出場すると想像していますか。

栗山 そこは正直、わかりません。ただ......これはあくまで僕が感じていることですが、勝ちきりたい想いが強いからなのかな。アメリカの野球を知って、アメリカのいい選手が参加する......そういう選手たちと勝負して、勝ちきりたいんだろうなという想像はできますよね。今、チームで勝ちきれない悔しさ、チームを背負っているあの感じ......打って、投げて、というだけじゃない野球の原点にあるチームが勝つ喜びを感じたい。話したことはないからわからないけど、そんなふうなことじゃないのかなと思っています。

【大人になったダルビッシュ】

── 逆に、大谷選手がいることで、日本でプレーする選手に与える影響はどんなところに期待していますか。

栗山 それはもう、翔平がミーティングルームに「ちーっす」とか言って入ってきたら、みんな緊張するでしょう。チームがピリッとするのは間違いない。ダルだってこの夏にアメリカで食事をした時、すごく大人になっていて驚きました。いや、想像はしていましたが、僕なんかの想像をはるかに超えて、すべてがすごかった。今回、日本から選ばれる選手のほとんどは、野球をやり始めた頃に第1回、第2回のWBCを見ている世代ですよね。そういう選手が、もはや伝説となっているダルと一緒にプレーして、その凄味を間近で感じながら超えるために必死になる姿を僕も見たい。

 ダルだって「今の若い子たちからは学ぶことがたくさんあって、彼らと一緒にやることで自分がもっと進化できるかもしれないと思っているんです」と言ってくれてるんですから......ね、すごいでしょ。たとえば、いつから合流するのかなんて聞いてもいないのに、ダルのほうから「チームがひとつになるのに2月からいないのはまずいでしょう」と言ってくれる。

── ダルビッシュ投手が胴上げ投手となった2009年、山本由伸投手は10歳、村上宗隆選手は9歳、佐々木朗希投手は7歳でした。

栗山 そういう伝説の選手を間近で見た時、野球に対して命がけにならない選手はいないと思うんです。彼らにはダルのことをすごいと思って臆するんじゃなく、ガンガン、ぶつかっていってほしい。「どうなんですか」「こうなんですか」「こうやりましょうよ」って......ダルには彼らを受け止めてくれる大きさがあるから、それを若い選手に求めたい。遠慮しないでいってくれ、と。ダルも若い時はそうだったんだ、明日はダルのようになれるんだと考えてほしいと思っています。

── そして鈴木誠也選手は、大谷選手と同い年です。彼の参加も大きいですよね。

栗山 誠也の場合、今のカブスが彼を中心に外野を考えているなかで、その責任をすごく感じているはずです。それでも日本のために難しい調整を強いられる覚悟をして駆けつけてくれる。その決断はものすごく重たかったと思います。翔平にしても同い年の誠也がいてくれるのは大きいでしょう。どうしたってメジャーリーガーが野手で翔平だけだと、みんなの輪から離れた感じになってしまう。それが野手に誠也と翔平がいて、ピッチャーにはダルと翔平がいてくれれば、チームの中で真ん中にいるべき選手がギュッ、ボーンといる感じになります。

── やっぱり大谷選手は2人なんですね(笑)。

栗山 それはそうですよ。だって10年前、「翔平は2人いる」と最初に言ったのは......。

── 監督でした(笑)。

栗山 ですよね(笑)。

後編につづく>>


栗山英樹(くりやま・ひでき)/1961年、東京都生まれ。創価高から東京学芸大を経て、84年ドラフト外でヤクルトに入団。89年には自己最多の125試合に出場し、ゴールデングラブ賞を獲得。90年の現役引退後は野球解説者、スポーツキャスターとして活躍。2012年から日本ハムの監督に就任し、1年目にリーグ制覇。16年には日本一を達成した。10年間日本ハムの監督を務めたあと、22年から侍ジャパンの監督に就任した。