好きこそものの上手なれ/大野 亜希子
「仕事を楽しんでいれば結果が出る」「毎日の仕事が楽しくて仕方ないからお客様が途切れない」
HOW TO本にすら書かれていないのに、そんな話を簡単に信じないのも無理はありません。
しかし、実際に結果を出した事例があったのなら、考え方も変わるはずです。
お客様・取引先を大切にする「真の理想の姿」はマニュアルだけでは完成しません。
根底には、自分の仕事を楽しいと思う気持ちが大切だと、とあるラジオでのエピソードを聞いてとても共感し、感動すら覚えました。
「売上」という結果を得たいなら、自分自身がどれだけ仕事を楽しんでいるか
一見、直接的なアクションには見えないけれど、本質的な内容を「とある街の鮨屋」のエピソードをもとにお伝えします。
大好きだけど「前途多難な」鮨屋を継いだ
エピソードの主は、鮨屋の4代目大将。
実家の家業である街の鮨屋を、ご両親の反対を押し切り、将来安泰が見込めていた銀座の高級割烹を辞めてまで、実家の稼業を継ぐことを強く望んでいました。
後継者不足はどの経営者も頭を抱えている問題の一つですが、なぜご両親は反対したのでしょう。
理由は簡単でした。
そのお店は街のはずれなうえに客足もまばらで、つぶれかけていた場末の鮨屋です。
加えて、回転寿司や宅配寿司が主流の昨今、「街の鮨屋が敵うどおりがない」とご両親は大反対していました。
そう、街の鮨屋にはとても厳しい現実世界だったのです。
事実、経済産業省が発表した「経済センサス」によると、平成28(2016)年の時点で東京都内には3,227店舗もの鮨屋があると発表。
人口10万人あたり24.4店舗という数字で、全国平均が17.8店であることを考えると、大激戦地域であることは言うまでもありません。
それでも大将の熱意は変わることなく、ご両親と膝を何度も付き合わせ、家業を譲ってもらうことになったのです。
しかし、そこで待ち受けていたのは想像以上に厳しい現実でした。
お客様ひとりひとりのエピソードを作る
夫婦で家業を継いだ大将でしたが、始めは集客に苦戦します。
前述のとおり、非常に厳しい状況からスタートしたので、売上にはとても苦労されました。
店を24時間営業にしてみたり、街中を歩きまわってお客様を観察したり…。
とにかくお客様を集めることに苦労したそうです。
しかし、それ以上に曾祖父の代から続く鮨屋が大好きの想いが強かった大将。
「まるでヒーロー」と憧れ、尊敬していた父である3代目への気持ちが大きかったこともあり、そこに「あきらめ」と言う言葉は存在しなかったのです。
4代目大将の鮨好きは子供のころからもそうでした。
当時、鮨がまだカウンターで食べるものだったころ、「鮨は好きかい?」と何気なく誘った友人を家に連れてきたこともありました。
先代大将が笑顔で、5人連れてきたら10人分の鮨を用意し、お腹いっぱい食べさせてくれる。
しかも笑顔で迎え、文句のひとつも言わなかった3代目。
小・中・高と成長し、食べる量やネタが変わっても、3代目は変わらず笑顔で迎え入れてお腹いっぱいの鮨を握ってくれました。
4代目大将の目には、父である3代目が、まるでヒーローのように映っていました。
しかし、その笑顔の背景には、4代目が知らなかった想像以上の苦悩がありました。
3代目の現役時代は戦後まもなくで、料理を修行する機会に恵まれなかったのです。
鮨屋としては不利な立地であることや時代の変化に加えて、回転寿司登場にともなう客足の遠のきも加わります。
それでもお客様に、ひいては4代目の友人に「最高のエンターテイメント」を提供するために、いつでも笑顔だった。
その父の苦悩とそんな状況ですら笑顔でいる父を見て、曾祖父の代から続く職人業を残したいという強い思いがありました。
それから20年の月日が経ち、世界中から来客があり、予約が取れない状況になった今でもその気持ちは変わらず、また「最高のエンターテイメント」として毎日の仕事に向き合い、仕事前の市場へ行くのに目覚まし時計をかけたことはないと4代目は言います。
「お客様との関わりはもちろん、早朝に市場に行くことも、魚をさばくことも、鮨づくり関わること全てが毎日楽しい」
楽しいと思える仕事ぶりは、お客様へのおもてなしにも表れています。
日頃から大将なりの工夫を凝らし、ひとりひとりにあわせた接客を心がけているのです。
例えばお客様に鮨を出す前には、鮨を楽しませるためのトークをこれでもかと盛り込みます。
世間一般でいう、お堅い講釈ではなく、まるで師匠が弟子にやさしく教えるように、ときにユーモアを織り交ぜながら鮨を握る。
こうすることで、お客様はこれから出てくる鮨に対して興味をより強く抱くだけではなく、大将の言葉の深さに圧倒され、いつしか本物のすし職人であることを理解します。
いつもカウンターにいる常連さんも交えながら、たった2時間半の時間でお客様をエンターテインメントの世界に導く。
大将の巧みな話術や豊富な知識、それに劣らない職人業を目の当たりにして、彼を認めないお客様は見たことがありません。
その結果、リピーターが増え、お客様をご紹介いただけるように。
もちろん、ご紹介いただいたお客様へのホスピタリティも忘れてはいません。
今では、ミシュランの2つ星を10年連続で受賞するほどの、世界的な有名店になった4代目の鮨屋。
それでも以前と変わらず、お客様それぞれのストーリーを、大好きな鮨屋を通じて紡ぎだしています。
私は仕事へ対するモチベーションの高さ、毎日新鮮な気持ちで仕事に向かうことができている、そんな大将が羨ましいと聞いていました。
「好き」の力は無限大
20年経って、しかもミシュラン2つ星まで獲得するお店に成長させた大将。
毎日毎日楽しいと思いながら、仕事できることほど幸せなことはないなと…。
潰れかけていた街の鮨屋から、ミシュラン2つ星クラスの店になったと言うストーリーにも感動しました。
何がここまで大将を駆り立てるのでしょうか?
それは前述した父親への憧れと同時に、かつて泡と消える運命に立たされた大切な鮨屋を残したいという情熱、鮨屋を愛する心に他なりません。
そして、家業を継いだ当初に掲げた「絶対に一流の鮨屋にする」目標が、4代目を駆り立てた。
ただそれだけなのです。
自分の仕事が好きで、ただひたすらに目の前の仕事・お客様に集中し、ベストを尽くしてきた結果、
ミシュランの星を10年連続で取り続ける店にまで成長させた大将。
そのやり方は何も特別なものではないことは明白です。
ただ、人一倍真剣に顧客価値について考え、それを提供する覚悟を決めたからの結果と言えます。
それが仕事へのモチベーションとなり常に最高のパフォーマンスとして発揮していたのです。
街の鮨屋からミシュラン獲得の鮨屋にまで、成長させたその方程式は
自身の仕事を心から楽しむこと、それが結果的に顧客満足に繋がったという、いわば掛け算。
足し算ではなく、掛け算です。
その掛け算に真正面から取り組んだから、ミシュランの星を連続で獲得するという評価にもつながったのです。
掛ける数字は「仕事が好き」という思いと「どうしたら楽しんでもらえるか」の2つではないかと思います。
「仕事が好き」の思いは、ここまで紹介したとおり。
好きであればあるほど、それに夢中になり、時間さえも忘れ向き合っていく。
それはまるで、幼少の頃、暗くなるまで友達と夢中になって遊んでいた感覚かもしれません。
私たちは、そんな風に夢中になれるほど、気持ちを傾け仕事出来ているでしょうか?
夢中になれるくらい仕事が好きであれば、自身のパフォーマンスは知らないうちに高くなるため、常に創意工夫を凝らして、良いものを見出していく。
当然売上・契約などの結果として成果が出ます。
何より、好きという思いが、お客様にも伝わる力は非常に大きいのです。
そしてもうひとつ、楽しんで仕事をすると結果につながる理由があります。
それは、
目の前のお客様にどうしたら楽しんでもらえるか、
もしくはどうしたら、お客様の役に立てるだろうそんなことを第一に考えているのです。
大将は恐らく売上という結果を第一には考えていなかったでしょう。
売上はきっと「お客様を楽しませ、最高の時間にする」の次です。
また、私自身の経験と重ね合わせても、お客様と楽しい時間を共有した時ほど売上に繋がっています。
大将のエピソードであれば、日頃から自分なりに工夫をしていて、ひとりひとりに合わせた接客をしているのがそれです。
もちろんマニュアルなど一切ありません。
仕事が好きであれば、苦し紛れに結果を出す、ではなく楽しんだ結果、成果につながるのです。
それが今よく世間で言われている、好きな事を仕事にするということです。
結果的にストレスも感じにくくなり、職場である多少のイヤな人間関係さえも耐えられるものです。
「好き」の一言には、無限の可能性が秘められています。
そのひとつの事例が、今回取り上げた鮨屋の大将のエピソードなのです。
仕事が好きと言えるようになるには
「自分の仕事が好き」と言えるようになるためには、次の3つが大切です。
仕事に就いていられていること今ある環境、恵まれていることに感謝する毎日、学びの連続であることに気付いて、成長する とにかく、お客様、職場でありがとうと言われる回数を増やすもちろんこれは一例です。
自分の仕事を好きになるために大切なのは、「仕事をしていて楽しいと思える時はどんな時か」を具体的な場面で思い出してみることです。
そして、それを自身の中の成功体験に置き換える。どんな小さなことでも構いません。
その積み重ねが、仕事の成果となるのです。
この仕事をしていて良かったと思える部分を書き出して増やしていくなどをしてみましょう。
1日5分でも構いません。
お客様や上司、先輩にありがとうと言ってもらえる場面を増やしていくと、自然と仕事が好きになるかもしれません。
そして、感謝してもらえる場面を増やすにはどうしたら良いかを考え、毎日の行動目標に落とし込んでいく。
行動目標にすることで、今まで目を向けたことがなかった仕事の好きな一面が見えるかもしれません。
今まで気づけなかった些細なことでも、楽しい、好きと思える一面があるはずです。
私自身も小売企業で勤務していた8年間のうち、4か月間は結果が出ずに悩み続けていました。
しかし、半年後から、お客様から「また来ますね!」と言ってもらえるようになり、
それが毎日の原動力となり仕事に邁進。
そこからは社内の売り上げ成績は常に1位を記録、最終的にはマネージャー職につくことができました。
また「今までの接客で一番感動した」とのお言葉をいただいた体験は今でも自身の仕事のモチベーションにつながっています。
好きの力は、ときに人を感動させることもできるのです。
上司の方も、部下に対して「ありがとう」をいう場面をイメージしてみてください。
マネジメント的な施策も大切ですが、ほんの少しの感謝を部下に対してこまめに伝えるだけで、仕事が好き、楽しいという気持ちを育てられます。
ひいては仕事のやりがいにも繋がり、結果、離職率の低下にもつながります。