INSIGHT NOW! 編集部 / インサイトナウ株式会社

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ビジネスの現場で求められるけっこう重宝するスキルのひとつが、ロジカルな思考プロセスに基づいた、「推定する力」だろう。新しい事業や企画を進める場合、そもそも経験がないのだから、どれだけ様々な現実の数値データを活用して精密な計算をしたところで予想値にすぎないわけで、それなら、その場でのロジカルな思考プロセスによる概略の数字を導き、様々なバリエーションに備えたほうが良い。その後の方向性や戦略の幅も広がるというものだ。

たとえば、新しい企画を出すと、間違いなく上司からは「どれぐらいの売上が見込めるのか?」「ターゲットはどれぐらいいるのか?」といった質問がくる。新しい事業の企画やマーケティングのプランなどを考える場合、これまでの経験則や前例がないときは、概算数値を推測する必要がある。

基本、これからのビジネスのことなど誰にもわからないのだが、推定値として「桁を間違えない」ぐらいの精度は必要となるだろう。あくまでこれは勘とか経験値とかではなく、スキルとして身に付けてほしいことであり(そうでなければ、それに近い経験がないと無理ということになる)、現在ある条件から推定値をはじき出したいところだ。

新しいことを考えることができる優秀な人ほど必要なスキルともいえ、「推定する力」を身に付けることができれば、何かあるごとに「これってどれぐらいいけると思う?」など、アドバイスを求められることも増えてくるだろう。そして、その根拠となる計算式とともに、瞬時に披露することができれば、その応用範囲は広い。

昔、米国での言い方として「封筒の裏で計算する」という表現を聞いたことがあるが、その場にある封筒の裏を使い、簡単な数式とともに概算値をはじくというコミュニケーションスキルも推定値を導き出す表れでもあり、まさに、ビジネスセンスのかたまりともいえるスキルだ。

「フェルミ推定」

この推定するスキルとして有名なのが、「フェルミ推定」と呼ばれるものだ。

フェルミ推定とは、正確に把握するのが難しい数値を、論理的に概算としてはじき出すことで、ノーベル賞物理学者エンリコ・フェルミからきていると言われる。フェルミは実際に問題を大学生に出題していたらしく、1980年代頃からは、アメリカの企業が採用活動で使うようになったと言う。私はお目にかかったことはないが、日本でも、コンサルティング会社や商社などでの採用試験において、いわゆる地頭の良さを測るために用いられているらしい。

例題として、「日本に電柱は何本あるか」「日本に包丁は何本あるか」「1年間にワイシャツは何枚売れるか」といったものがあげられ、これをロジカルに推定していく。

ワイシャツであれば、(「ワイシャツを着そうなホワイトカラーの人数」+「就活の人数」)×保有枚数を出したあとに、買い替えていくスパンをはじけば、期間内のワイシャツの売れる数字ははじけるかもしれない。もう少しつっこむなら、コロナ禍での通勤の減少やリモートワーク率をかけるといった推定も必要かもしれない。あるいは、形態安定化の普及によってクリーニング費用が減少するために枚数が増えるといった状況もあるかもしれない。

間違えていけないのは、これは知識として知っておくことが重要ではないということ。これらの答えを推定していくロジックを持っているかということがポイントだ。

そのときのアプローチは幅が広いほど良い。(正解に近づく)

ビジネスに応用する

会社でアスリート向けの製品を販売したいとなったとき、「我々のターゲットとなりそうなアスリートが何人いて、どれくらいの売上が期待できそうか」という話が出たとしよう。

そのとき、「アスリート 日本 人数」などとググるのも、「わかりません」と放棄するよりましだが、「じゃあ、こういうアスリートは? 使用頻度は?」となると、「ちょっと待ってください・・」としかならない。単独の知識としてあったとしても応用も効かなければ、深い議論にもなりにくい。

よくあるのは、スポーツ種目別の公開人数を見ながら、「このうち10%がターゲットだ!」となることだろう。しかし、これは種目によっても、ある程度の費用をつぎ込める人数の比率は違うだろうし、そもそも種目別の人数自体、正確なものではない場合もある。そこで、必要となるのが、推定する能力となる。

ターゲットに対する売上を想定するわけだが、その推定のプロセスとして、複数の切り口を持っていれば、それは即戦略としての選択にもつながる。たとえば、

大会に出るようなハイレベルのアマチュアアスリート数(推定大会数×人数)スポーツ用品専門店で常連客の数(推定スポーツ店舗数×顧客数×想定比率)普段練習している場所から推定するアスリート数(推定練習場数×人数×回転数)

など、種目によっても異なるだろうが、このように複数の推定するアプローチを持っていれば、そこから発展する議論にもついていけるだろうし、周りの見る目も変わる。さらに、ここでひとつの推定値が採用されれば、推定した条件のマーケットにアプローチすれば良いことになる。

この推定するスキルは、ブランディングや投資規模の算定にも役立つ。たとえば、ビジネスパーソン向けのスキルアップ商材として展開したいとなったとき、ビジネス書を読む人はどれぐらいいるのかという議題が上がった際にも、冷静な判断に近づくことができるだろう。

たまに、「100万部超えの大ベストセラー」と言われる書籍が出て、誰でも読んでいるという錯覚を起こしかねないが、世のホワイトカラーの労働者人口だけでも3000万人以上はいることを考えれば、100万部と言っても、3%しかいないことになる。

そうなれば、おのずとターゲットへのアプローチ方法は限られるわけだ。

ビジネスの会話でよく登場する、「そういう人はけっこういそうだ」「まあまあ売れるかもしれない」といった曖昧な意見を裏付けたり、否定したりする論拠になる。

ぜひ身につけてほしいスキルだ。