子供が感染症にかかった後、多くの保育園やこども園、幼稚園などで提出を求められる登園許可証(書)や治癒証明書。小児科医の森戸やすみさんは「じつは法的にも医学的にも提出が必要だという根拠がない」という――。
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■登園許可証や治癒証明書のための受診

先日、「もう熱も下がり、何の症状もなくて元気なんですが、RSウイルスが本当に治ったかどうか小児科で診てもらって、登園許可証を書いてもらうよう園に言われました」と話す保護者とお子さんがクリニックを受診されました。乳幼児が病気をした後、このように保育園や幼稚園、こども園などから「登園許可証(書)」または「治癒証明書」を求められたことのある保護者は少なくないでしょう(※1)。保護者自身が書けばいいところもあるようですが、医師に書類を書いてもらうよう園から指示されるところも多く、その場合は来院せざるを得ませんよね。今夏はRSウイルス感染症、手足口病などが流行しましたから、登園許可証や治癒証明書を求めて来院される方も多かったです。

せっかく症状がおさまったのに、わざわざ子供を小児科に連れてくる保護者の方たちは大変です。それまで子供の感染症のために仕事を早退したり休んだり、小児科を受診したり看病したりした挙げ句、症状がおさまっても再び書類のために受診……。さまざまな感染症にかかった子供が訪れる小児科に来れば、親子ともに何らかの感染症がうつるリスクがありますし、特に現在は新型コロナウイルス感染症が流行しているのでよくありません。また登園許可証や治癒証明書は、診断書に準じたものになりますから、金額は医療機関によって異なりますが、保険適用外(自費)で数百〜3000円程度かかることがあります。そして私たち医師も、新型コロナなどにより外来が混雑している時に、不要な書類を書くのは負担になります。

※1 新宿区「登園許可書について」

■法的にも医学的にも全く根拠がない

このように親子側にも医療者側にも負担となる登園許可証や治癒証明書ですが、じつは法的にも医学的にも必要だという根拠はないのです。本来は登園するために、そうした証明書を出さなければならないという共通ルールはありません。子供の感染症に関しては「学校保健安全法」という法律がありますが、その第19条によって出席停止になる感染症は、ほんの一部です。第1種に分類されるエボラ出血熱などの重大でまれな感染症は、医師が保健所に届け出て入院することになるので、当然ながら出席停止になります。しかし第2種と第3種には、医師が治癒を確認する必要のある病気は多くありません。

身近なインフルエンザ、ヘルパンギーナ、手足口病、溶連菌感染症などは急性期こそ出席停止ですが、ほとんどは投薬を開始して何日か後、または解熱して何日か後からは登校可能です。たとえば、溶連菌感染症なら、適切な抗菌剤治療を開始して24時間を経て全身状態が良ければ登校可能となります。水痘(水疱瘡(みずぼうそう))の場合は、全ての発疹がかさぶたになっていないと、感染リスクが高いので登園してはいけません。一方、伝染性紅斑(りんご病)は、ほおが赤くなる時期には感染力がないため、全身状態が良ければ登校・登園可能です。そして毎年、冬になると多くの方に伝えていますが、インフルエンザも発症日を0日として5日かつ解熱から3日(小学生以上は2日)が経過していれば登園してよく、治癒を確認する必要はありません。

■子供の症状を保護者と園で確認すればいい

こうした感染症について、医師が登園許可証や治癒証明書を書く必要がないのは、各感染症の登園可能になる条件をクリアしているかどうかを、保護者と園が個別に確認すればいいからです。つまり必要に応じて投薬などをしながら決められた日数を自宅などで過ごし、熱が下がり、咳や鼻水などの症状が大体おさまり、全身状態が落ち着いていて、食欲があるかどうかなどをチェックするだけで構いません。それなのに、どうしてわざわざ小児科を受診して書類を頼む慣習が広まったのか、とても不思議に思います。意味がないからです。

もしかしたらですが、子供の感染症がおさまっていないのに登園させるケースを恐れる人が多いからかもしれません。確かに「解熱剤を飲ませて登園させた人がいて」「まだ咳がひどいのに登園した子がいて」などという話を聞くことはありますし、実際にそういうことがあると園で感染症が蔓延するのではないかと心配になりますね。園としても判断に困るため、専門家である医師に委ねたいのかもしれません。でも、医師も園の先生方と同じで、子供が発熱した日や経緯は保護者の話からしか知ることができませんし、処方薬の内服をしているかどうかなども同じです。本来、出席を停止するのも許可するのも学校長や園長などの教育・保育施設側のはずですし、普段の様子も保護者や園のほうがよくご存じでしょうから、やはり個別に判断したほうがいいと思います。

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■感染症の治癒は証明できないもの

そもそも医師の立場からすると、登園許可証はまだしも、治癒証明書には非常に違和感があります。現実的に「治癒を証明する」ことは難しいからです。いったん感染症にかかると、症状がおさまってからも、ある程度の期間はウイルスが出続けることは少なくありません。たとえば手足口病の場合、症状が治っても3〜4週間は便からウイルスが排出され続けます。ですから「症状が改善した」「感染リスクが低くなった」とは言えても「治癒した」「感染しない」と断言することはできません。しかも、乳幼児は感染症が治癒した先から、次の感染症にかかることもあるでしょう。かといって長期間ずっと出席停止にしたら、誰も保育・教育施設に通えなくなってしまいますね。

少し前に水いぼを摘除したばかりの子供の保護者から「園から医師による治癒証明書がないとプールには入れないと言われたので書いてください」と言われました。しかし、水いぼの自然経過は長くて5年くらいです。つまり、摘除したばかりなら絶対に治ったとはいえません。ですから、現段階で治癒証明書は書けないこと、ただし絆創膏(ばんそうこう)などで覆っていればプールには問題なく入れることを伝えました。しかし園が納得してくれなかったのか、保護者の方は別の医療機関で治癒証明書を書いてもらったそうです。厳密に言えば違法行為になりますし、こんな面倒で意味のないことはやらないで済むほうがいいでしょう。

■検査や治療は医師だけが決められる

そのほかにも、お子さんが下痢をした時、園の先生に「もしかしたら感染症かも。お母さん、小児科で検査と診断をしてきてください。整腸剤を出してもらう時は1日2回よりも1日3回のほうが効くから、そうしてもらってくださいね」などと言われて受診されたお子さんと保護者もいました。まず、「おなかの風邪」(ウイルス性胃腸炎)は、普通の風邪(上気道炎)と同じく感染症です。そして全てのウイルスを検査して特定することは不可能ですし、必要ありません。あらゆる検査には、たとえわずかだとしても痛みや併発症、間違って陽性になる「偽陽性」、必要がないのに診断がついて無駄な治療をする原因となる「過剰診断」などのリスクが伴いますし、保険診療ですから、本当に必要かどうかを医師が判断して行います。薬の処方をしていいのも、同じく医師のみです。園の先生が細かく指示をされても、その通りに行うことはできません。

ちなみに、病児・病後児保育が風邪だと利用できないので、RSウイルス感染症や手足口病などの診断をつけてほしいという保護者の方も来られたことがあります。東京都では「病児保育とは、児童が病中又は病気の回復期にあって集団保育が困難な期間、保育所・医療機関等に付設された専用スペース等において保育及び看護ケアを行うという保育サービスです。対象となる児童の年齢や病状等の要件は、区市や施設によって異なります」という定義です。ウイルス感染症の一部を「風邪」と呼びますが、最も頻繁にかかる風邪はダメで、他のウイルス感染症ならいいというのは意味がわかりません。

写真=iStock.com/show999
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■基本的な知識を共有したほうがいい

こんな不条理なことが当然となっている原因の一つは、基本的な知識が共有されていないからかもしれません。「医師が検査をすれば必ずウイルスを特定できる」「医師が治療をすれば必ず早く治る」「どんな感染症にも治療薬がある」「感染力がわかる簡単な検査がある」と誤解している方もいるのではないでしょうか。でも、ウイルスや細菌はあまりにも多種多様なため、病気の原因を特定することは必ずしもできません。しかも医師はどんな感染症も治せるわけではありませんし、どんな感染症にも薬があるわけでもありません。治療法がなければ、原因を特定する必要もありませんね。そのため、RSウイルスは1歳未満、ヒトメタニューモウイルスは6歳未満、ノロウイルスは3歳未満などのリスクが高い時期の検査のみ保険適応なのです。そして、残念ながら感染力を調べる簡単な検査も存在しません。

こうした誤解があるために、園は保護者に登園許可証や治癒証明書を求め、当たり前のこととして伝えられた保護者は特に第1子だとそれが一般的なルールだと思い、小児科を受診して、そのまま検査や証明を依頼されるわけです。ところが誤解に基づいているため、医師によっては、「必要ありません」「そんな検査はありません」とお断りするかもしれません。そうすると、保護者は小児科と園の板挟みになって困りますよね。ですから、私自身も診察室で、さまざまなお父さんやお母さんに登園許可証や治癒証明書は必要ないことをご説明しますが、それでも必要だと言われれば板挟みにならないよう、なるべく「登園しても差し支えありません」というような感じで書いています。

■園や自治体の保育課へ意見を伝えること

では、どうしたら不要な登園許可証や治癒証明書をなくすことができるでしょうか。一つには、やはり保護者の方から園に意見を伝えるのがいいと思います。あまりにも当然の手続きになっていますし、お子さんがお世話になっていると思うとストレートに伝えるのもはばかられるかもしれません。でも、たとえば穏やかに「インフルエンザになりましたが、学校保健安全法のルール通りに発症日から5日かつ解熱から3日が経ちましたので治癒証明書は必要ないと思います」などと伝えられるといいのではないでしょうか。園に直接伝えづらい場合は、自治体の保育課に意見を伝えてもいいでしょう。実際、私もどんな感染症でも治癒証明書の提出が必要だという園があり、あまりにも保護者とお子さんが大変で問題なので、自治体の保育課に意見を伝えるために電話をしたことがあります。私立園でしたが、保育課から伝えていただけるとのことでした。

あとは多くの幼稚園や保育園、こども園には、それぞれに健康診断などを行う園医の小児科医または内科医がいると思います。それらの先生方が、登園許可証や治癒証明書が不要であること、その理由を園に伝えてくださるといいのではないでしょうか。私も保護者のみなさんの無駄な手間をなくすためにも、お子さんが不要不急の受診によって感染症にかからないためにも、園医をしている園に伝えるのはもちろん、このように書くことによって広く伝えていきたいと思っています。

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森戸 やすみ(もりと・やすみ)
小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。
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(小児科専門医 森戸 やすみ)