護衛艦「まや」型(写真:防衛省ホームページより)

令和5(2023)年度の防衛省概算要求は従来のイージス艦とは異なる「イージス・システム搭載艦」の導入を決定し、予算を要求した。2024年に建造を開始して2027年度末に1隻就役させ、さらに2028年度末にもう1隻を就役させる。

イージス艦とはレーダーとミサイルとの装備より、航空機とミサイルの同時多数攻撃に対処できる、防空巡洋艦・駆逐艦のことだ。

今回、導入が決まった「イージス・システム搭載艦」は、基準排水量は約2万トン、全長210メートル以下、全幅40メートル以下で、自衛隊の艦艇で最大規模、大型化して洋上での動揺を減らし、長期間にわたって迎撃態勢が可能なためだという。乗員は110名程度とされている。従来のミサイル防衛では対応が難しいとされる極超音速滑空兵器の迎撃能力の付与も視野に入れる、としている。

自衛隊を疲弊させる

結論からいえば「イージス・システム搭載艦」は予算と人員を無駄に使い、海上自衛隊(海自)のみならず、自衛隊を疲弊させると筆者は考えている。

第2次安倍政権は地上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」導入にあたって法的な問題、アセスメント、地元の説得も終わらぬうちに「お手つき」で、イージス・アショア用に購入していたレーダーの「SPY-7」を調達した。「イージス・システム搭載艦」はSPY-7がアショアの中止で宙に浮いたため、これを無理やり活用するための方便に過ぎない。それは自民党のメンツを守るためだろう。

だが建造を強行すれば、大きな無駄使いとなるだけではなく、海自の人的な負担も増えて、結局は自衛隊を弱体化させる。すでに費用を払ったからそれを処分できずに結果、より多くの損害を発生させるのは、いわゆるコンコルド効果でしかない。投資の継続が損失の拡大につながるとわかっていても、それまでに費やした労力やお金、時間などを惜しんで投資がやめられない心理現象ともいえ、傷口を広げるだけだ。メンツのために無駄使いをして、大規模な防衛費の増額を主張することは国民の理解を得られない。

浜田靖一防衛相は、「イージス・システム搭載艦」の導入によって、既存のイージス艦をミサイル防衛任務から解放し、沖縄県など南西諸島有事への対処能力強化に充てることが可能になると主張しているが、むしろ海自の負担を増やすことになるだろう。

海上自衛隊は次世代のイージス艦にはアメリカ海軍と同じレーダーの「SPY-6」を採用する予定だ。であればSPY-7を搭載した「イージス・システム搭載艦」と2種類のイージス・システムを搭載した艦種が混在して、調達コスト、訓練、その他の費用で大きな負担となる。

SPY-7を導入した際には、わが国独自でイージス・システムを作ることになり、巨額な試験費用やソフトウェア維持管理費用の負担が必要になる。また定期的に行われる能力向上のアップデートについても自前で負担して、相当の費用がかかる。

現在の兵器システムは一定期間に近代化を行う。これは陳腐化を防ぐためではなく、部品の枯渇対策でもある。多くの民生品や汎用品は10年も20年も生産されない。部品が枯渇すれば代用部品が必要となるが、その際にはソフトウェアの更新も必要だ。それを全部自前で賄う必要が出てくる。

SPY-7はイージス・システムの試験を経ていない

アメリカはニュージャージー州モアーズタウンにCSEDS(Combat System Engineering Development Site)というイージス・システムのテストセンターを有している。アメリカ海軍のイージス・システムの構成品及び接続システムはすべてこの施設で試験され、その試験に合格する必要があるが、SPY-7はその試験を経ていない。

さらに申せば海上自衛隊は保有する艦艇の戦闘指揮システムの維持管理のために艦艇開発隊に各システムのテストサイトが存在する。これは建設に約100億円かかっているが、SPY-7を採用するならば同様の施設の建設も必要となる。

そもそもSPY-7は「イージス・システム搭載艦」のためのレーダーではなく地上配備型ミッドコース防衛対弾道ミサイルシステム用として開発されたものであり、SPY-7はその試験を経ていない。

SPY-6はすでにアメリカ海軍の要求性能を満たすためにハワイで弾道ミサイルと巡航ミサイルの同時探知・追尾の試験を実施し、成功している。計15回に及ぶ試験費用は15億ドル(約1600億円)とされる。先述のようにSPY-6は、アメリカ海軍が次期イージス艦用に採用したレーダーで、試験費用はアメリカ政府が負担する。SPY-7に関してはそのような費用はわが国が独自で負担することとなる。

しかも現時点では「イージス・システム搭載艦」の調達計画は2隻、つまりアショア分のSPY-7分だけだ。アメリカ海軍含めて何十隻分も調達されるSPY-6と比べて1隻あたりのコストは膨大なものとなる。

SPY-6はアメリカ海軍が大量に採用するため開発費やコンポーネントのコストも低減できるだろう。さらに大変厳しいアメリカの会計検査院の監視や、アメリカ議会の監視もあるのでコストの低減は抑えられるだろう。ところがSPY-7の場合はそのような監視が付かないのでメーカーの言い値で払うことになる。それを検証することは防衛省にはほぼ無理だ。

「浮かぶミサイル基地」になる?

「イージス・システム搭載艦」は排水量からいえば、現在海自最大の護衛艦で、事実上のヘリ空母である「いずも」級DDH(ヘリコプター護衛艦)に匹敵する。対して110名という乗員数は海自のイージス艦の3分の1にすぎない。

おそらくはミサイル防衛に特化した「浮かぶミサイル基地」となるだろう。ミサイルの垂直発射機の数は通常のイージス艦よりも多くなり、昔アメリカ海軍が構想していた「アーセナルシップ」に近いものになるだろう。

だが人員の面からみても、通常の駆逐艦などの水上戦闘艦としての自己完結した機能は持てないはずだ。例えば主砲や対潜用のソナーや防御兵器などはほとんど搭載できまい。

そうであれば「護衛艦」によるエスコートが常に必要となる。いずも級の開発コンセプトは「守る艦から守られる艦へ」だったが、「イージス・システム搭載艦」も同じことになる。

「イージス・システム搭載艦」の調達単価は通常のイージス艦の2倍の4000億円程度になるという声もあるが、上記のような建造以外のコストを含めればもっと高いだろう。それに通常のイージス艦よりも維持費がかかり、ライフ・サイクル・コストはイージス艦の2倍では到底収まるまい。そして教育体系や兵站も異なるので海自の人的負担は大きくなる。

イージス・アショアの売り込みはアメリカミサイル防衛庁が中心で彼らはSPY-7を押してきた。アメリカ海軍とも密に話を進めれば、SPY-6の採用もあり得ただろう。そうであれば無理やりSPY-7を搭載した「イージス・システム搭載艦」をでっち上げる必要も無かった。これは防衛省内局の調整力の欠如ではないか。

財務省筋によればFMS(アメリカ有償援助)で調達されるSPY-7に関しては、キャンセル条項がない可能性がある。このため仮にSPY-7をキャンセルした場合、全額を支払う必要がありえる、という。それでもSPY-7をキャンセルしたほうが国防上、有利であろう。

護衛艦隊が必要ならむしろ負担は増える

浜田大臣は「イージス・システム搭載艦」の導入によって既存のイージス艦をミサイル防衛任務から解放できるというが、新たに「イージス・システム搭載艦」の護衛艦隊が必要ならばむしろ負担は増える。

「イージス・システム搭載艦」でもイージス艦でもミサイル防衛の大きな「空白」が法的に存在する。

現在の電波法ではイージス艦は沖合50海里まで離れないとイージス・レーダーを使用することができない。この情報は、以前は公開されていたが、今は非公開となっている。アショア導入ではこの点を無視していた。沖合50海里離れないと使えないレーダーを内陸に設置できるのか。そのことはアショア配備予定の自治体にも説明は無かった。 

そして「イージス・システム搭載艦」にしろ、イージス艦にしろ、停泊中、あるいは陸から50海里以内にいる場合、弾道ミサイルの奇襲を受けても迎撃できない。例外は防衛出動が明示された後だが、防衛出動発令はハードルが高いうえに、相当時間がかかる。奇襲には間に合わない。

その場合は電波法を無視して迎撃するか。法を尊重して海自は迎撃を諦めて、弾道弾が着弾するのを見ているしかない。このような現状を放置しているのは政治の怠慢としか言いようがない。

かつて小泉政権時代の有事法成立によって、自衛隊を縛る多くの規制が緩和された。例えば野戦病院は実際に使うと病院法違反で「もぐりの病院」となるので使用できなかった。法的に実戦で使えない装備であれば、実戦を想定した運用は不可能だ。これ以降、歴代政権では自衛隊を縛る規制緩和は遅々として進んでいない。

昨今、単に防衛費を増やせば防衛力を増強できるという意見が強くなっているがそれは幻想だ。それよりも政治と、防衛省や自衛隊の当事者能力を高めて予算を効率的に使える能力を高める必要がある。国債を発行して無理な軍拡を行っても尻すぼみになる。戦争が起きれば多額の国債を発行して戦費を調達する必要がでてくるが、平時から無理な軍拡をしていればその余裕はなくなる。

わが国は少子高齢化が進み国内市場は縮小するGDPは良くて横ばいだろう。その環境でGDPの2倍以上という太平洋戦争当時並みの国家の赤字を返済していかないといけない。当然ながら少子高齢化は自衛官のリソースも減るわけで、隊員の確保も難しくなる。とても無理な軍拡ができる環境にない。

安倍政権の無謬を強弁するために軍事的整合性に欠け、費用と人的負担の多い「イージス・システム搭載艦」の採用は中止すべきだと筆者は考えている。

(清谷 信一 : 軍事ジャーナリスト)