ドイツにある、ロシアからの天然ガスのパイプライン「ノルドストリーム1」の受け入れ基地(写真:ブルームバーグ)

この夏、熱波に襲われたヨーロッパでは各地で山火事が発生し、7月23日までの集計で2022年のヨーロッパ全土の森林焼失面積は欧州森林火災情報システム(EFFIS)によると、51.5万ヘクタールを超えた。この数字は2006〜2021年の同期間平均の約4倍にあたる。

イギリスでは40度を超える暑さに襲われ、各地で山火事が発生。フランスは7月だけでも南西部のジロンド県の山火事だけで約2万ヘクタールの森林が焼失し、3.7万人の住民が避難を余儀なくされた。スペイン、ポルトガルでも最高気温が40度前後を記録し、ポルトガルでは250カ所を超える山火事による森林焼失面積が2017年以降最大となった。スペインでは熱波による死者は1000人を超えている。

ドイツも各地で40度超えの記録的な暑さに見舞われ、7月25日ごろから東部ブランデンブルク州のチェコとの国境沿いで両国にまたがって大規模な森林火災が発生した。本格的な消火活動が空と陸から行われたが、完全な鎮火には「数週間かかる」と当局は述べている。とくに乾燥した松林に覆われた同地域では、第2次世界大戦で残された不発弾などの弾薬が地中に多く埋まっていることから消火が難航し、住民も避難を強いられた。

欧州メディアは「地球温暖化が原因」と報道

熱波は干ばつももたらしている。

イタリアでは70年間で河川の水位が最低に達したことから5つの地域で7月後半から非常事態宣言を出した。フランスの農家は「水がなければ命はない」と失望を隠せない状況で「今後、熱波が毎年繰り返し襲ってくれば、将来に期待は持てない」と悲鳴を上げている。

猛暑は山火事や作物への影響だけでなく、経済活動や人間の日常生活そのものにも深刻な影響を与えている。大半の世帯が冷房装置のない欧州では熱帯夜で眠れない夜が続いている。欧州メディアは熱波襲来について、一斉に地球温暖化による気候変動が原因と報じている。

昨年11月、イギリス・グラスゴーで開催された第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)でまとめられたグラスゴー合意の最重要事項は、異常気象など気候変動による悪影響を最小限に抑えるため産業革命前からの気温上昇幅を1.5度に抑える努力目標で合意したことだった。2015年のパリ協定の2度をさらに抑える目標を設定し、その具体的な達成に賛同する国や企業が協調して取り組むとしている。

ただ、このグラスゴー合意の時点ではロシアのウクライナ侵攻は想定されていなかった。その後の対ロシア経済制裁、エネルギーのロシア依存脱却が加わり、事態は大きく変わった。

ウクライナ危機が長期化し、エネルギー問題が表面化する中、5月にベルリンで開かれた主要7カ国(G7)気候・エネルギー・環境担当閣僚会合では「気候・環境安全保障とエネルギー・国家安全保障は同義だ」との認識が確認された。今や脱炭素を中心とした環境安全保障は、エネルギーの安全保障と一体となって取り組むべき課題とされている。

ドイツでは原発稼働延長をめぐって激しい議論

その中でも注目を集めるのが、天然ガス輸入量の50%以上をロシアに依存してきたドイツだ。

ショルツ首相は7月22日、ロシアからの天然ガス輸送量減少によって経営難に直面するエネルギー大手ユニパーへの支援を表明した。

その3日後、ロシア国営天然ガス大手のガスプロムは、パイプライン「ノルドストリーム1」によるドイツへのガス供給量を27日朝から容量の20%まで減らすと発表した。ガスタービンの整備を理由に挙げたが、ロシアへの経済制裁を科す欧州への揺さぶりとみられている。

そうした事態もあって、ドイツでは連日、今年末までに完全停止する予定だった原子力発電の稼働延長が激しく議論されている。政府与党内で連立を組む自由民主党(FDP)が「非常事態に現実的対応が必要」と稼働延長を主張しているのに対して、連立政権内で原発ゼロの急先鋒、緑の党は、「延長は絶対ありえない」と強く抵抗している。

現在有力とされるのは石炭火力発電の拡大だが、温室効果ガスの排出が多いために批判もある。そこでドイツ国内での天然ガスの自給率を上げる議論も活発だが、専門家の間でシェールガス開発は環境汚染リスクが高すぎるため、「問題外」とする意見も多い。

天然ガスの一種、シェールガスのドイツでの埋蔵量は膨大で世界で20番目とされている。主流となっているシェールガスの採掘方法は水圧破砕法というもので、地下のガスが含まれる岩層に大量の水を高圧で注入することで亀裂を作り、天然ガスを回収する。この水に混ぜている化学物質が地下水を汚染するリスクが指摘されているのだ。

またガスを回収する際のメタンガスによる大気汚染や、高圧水が断層に当たることによる地震発生のリスクも懸念される。実際に過去の採掘実験でドイツの住宅の壁に地震でひびが入ったことがあった。

原子力と天然ガスを「持続可能」という位置づけに

ロシアのウクライナ侵攻を受けて、EUは5月、2030年までにロシア産化石燃料からの脱却を目指す「リパワーEU」計画の詳細を公表した。その柱は「省エネルギー」「再生可能エネルギーへの移行の加速」「エネルギー供給の多角化」の3つだ。

その後も脱ロシアに向けた動きは進んでおり、省エネでは7月26日のEUエネルギー相会合で、加盟各国が天然ガス消費量を自主的に15%削減することで合意した。冬季までにガス備蓄量を増やす狙いもあり、8月〜来年3月のガス需要を過去5年の平均値から15%減らす削減目標を立てた。

また、よりクリーンなエネルギーへの転換ということでは、欧州議会が7月、持続可能な経済活動であるかどうかを分類する基準である「EUタクソノミー」に、原子力と天然ガスを条件つきで追加する欧州委員会の提案を承認した。

アメリカ金融大手ゴールドマン・サックスの最新の分析では、EUがエネルギーインフラを転換するためには、2050年までに累計10兆ユーロの投資が必要であるという。これは年換算では約3500億ユーロとなり、2030年にはGDPの2%以上に相当する額に達するという。

ウクライナ危機によるエネルギー価格高騰がもたらすインフレは、クリーン・エネルギー転換に必要なコストに深刻な影響を与えそうだ。その意味では原発と天然ガス火力発電への投資呼び込みは大きな意味を持つ。

フランスのマクロン大統領は、国内で改良型の欧州加圧水型炉(EPR2)を新たに6基建設するほか、さらに8基の建設に向けて調査を開始すると発表した。

原発依存度7割のフランス政府は今月、原発開発を政府主導で行うため、フランス電力(EDF)の完全再国有化の方針を表明。フランスはドイツやイタリアに比べ、ロシア産天然ガス輸入への依存度が17%と低いため、原発と代替エネルギーでガス減少分は補えるという考えだ。

EU加盟国の足並みがそろわないワケ

リパワーEUの柱の1つである「エネルギー供給の多角化」については、液化天然ガス(LNG)をアメリカから輸入しているほか、カタールからのLNG輸入で交渉中だ。

また欧州委員会は7月18日、カスピ海に面した天然ガス油田を持つアゼルバイジャンと天然ガス供給量の拡大で合意した。EUは現在、アゼルバイジャンからトルコを通り、イタリアに至る南ガス回廊のパイプラインから年間80億立方メートル以上の天然ガスを輸入している。今回の合意は2027年までに、輸入量を現在の2倍以上にするというものだ。

ただし、EU加盟国間でエネルギー事情が異なることから、足並みの乱れは顕著だ。そこには、域外から輸入したエネルギーだけでなく、域内で生産されたエネルギー源を加盟各国で振り分けるシステムが存在しないという課題もある。

欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は「現時点でEUはトータルなエネルギー分配政策を決める権限は与えられていない」と述べているが、彼女が指導力を発揮してエネルギー再分配の議論を深めているわけでもない。

足元の猛暑だけでなく、今年の冬を越えるため、EUとしては徹底した節電を呼び掛けているが、それだけで深刻なエネルギー不足解消と脱炭素の加速を期待することはできないのが現実だ。欧州の抱えた悩みは深い。

(安部 雅延 : 国際ジャーナリスト(フランス在住))