漫画家の田房永子さんは「当たり前のようにタメ口で話し掛けてくるタクシー運転手に、猛烈な違和感を持った」といいます。本来、双方が敬語で話すほうが無難な場面で、それを崩してくる人にイライラしてしまうのはなぜなのか。田房さんが、「客と店員」「客とタクシー運転手」のコミュニケーションについて考えました――。
写真=iStock.com/Brostock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Brostock

■店員に敬語を使わない男性

先日、初めてコストコに行きました。

コストコは会員登録をしないと買い物ができないため、カウンターで手続きをします。隣で同じ登録をしている60代前半くらいの男性客が「ねえ、これやったよ。次は? どうすればいいの」と店員にタメ口(ぐち)で話していました。

男性の言葉遣いが耳に入ってくるだけで、私はムカムカとしてきました。

(なんて失礼なんだ……どうして「敬語を使ったほうが無難な現場」でわざわざタメ口を使うんだろう?)

しかしスタッフさんはにこやかに対応していて、男性も楽しそうです。むしろ、ムカムカを押し殺して無表情で手続きをしている私のほうが、神経質でおかしな人。

そこで私はムカムカを静めるために自分に言い聞かせました。

(もしかしたら店員は男性の姪とかかもしれない。それかアメリカ発のお店だからかもね、英語は敬語がないっていうし。きっと何か事情があるんだ)

そのように、無理矢理な推測を頭に巡らせることによって男性から意識を逸らしました。

■私は敬語なのに相手はずっとタメ口

これまでも、「敬語を使ったほうが無難な現場」でわざわざタメ口を使う人にイラッとしたことは何度かあります。

去年、一人でタクシーに乗った時のこと。私と同じ40代くらいの男性運転手が「どこ?」「ああ、あっちね」「この道でいいかな?」「はーい」など、小さい子に話すような口調で私に話してきました。

私は敬語で返してもずっとタメ口。よりによって何かしら、道順などを細かく話しかけてくる運転手さんでした。それに対して敬語で返す自分の会話が「新入りの女性部下にフランクに話しかける気さくな上司男性」みたいになっていて、私は客なのになぜ部下っぽい感じで乗っていなきゃいけないのか、ドアを開けて甲州街道に転がり出たくなるくらい不快でした。特別丁寧に扱ってほしいわけでは当然なくて、普通に初対面としての距離を持ってほしいだけ……。

タクシー配車アプリの評価の欄で「タメ口はやめてほしい」と書くことを決意。

でも、運転手さんは悪気なくナチュラルにタメ口を使っていました。もしかしたら女性客に対して威圧感を与えないようにという配慮なのかもしれない(だとしたらそれは大きな間違いだけれども)。

なので、タメ口のほうが安心するわって客もいるのかな? 最近のタクシーの運転手さんのマナーが急向上したから逆に気になりすぎるだけか? わざわざ評価に書くことでもないか……? とぐるぐる悩んでしまいました。

■「敬語で話したほうが…」

しかし、支払いの時も永久にタメ口。料金が1400円で思ったより高くて、その瞬間、こんな妙な関係性(?)のままこの空間から去りたくない! と、領収書を受け取りながら「あの……失礼かもしれないですけど、敬語で話したほうがいいと思います……」と弱々しく伝えてしまいました。

運転手さんは「エッ! ああ……はい……(ヤバッ)」って感じで、素直に受け入れてくれた空気を感じました。私も、そこでやっと客と運転手という本来の距離感を感じられてすごく安心できました。

今思えばこの運転手さんはこちらが「言える」雰囲気を残してくれている方でした。

今年に入ってから、雨の日に初めて行く場所へ時間が間に合わず乗ったタクシーの運転手さんはすごかったです。私と同年代と思われる男性でしたが、「行ったことあんの?」「ええ? 分かんない?」「ナビいれるから言って」「オッケー(半笑い)」など、地元のダチかってくらいむちゃくちゃな距離感でした。

「分かんないとこ行こうとするなんてお前って昔からそうだよなあ〜! 笑」みたいなテンションなんです。乗車5秒くらいで。

あ、失敗した! と思った時はドアが閉まっていて、「やっぱり降ります」と言うタイミングを逃し、タメ口タクシーは発車してしまいました。

■「初対面でタメ口」は結構難しい

私は今度タメ口を使われたらこっちもタメ口で返す、と決めていました。なので返そうとするのですが、初対面でタメ口きくのって意外と難しいんです。

でもほんっとに不快だったので、めちゃくちゃがんばりました。「……ない」「そう」「●●町! 2の2!」とかぶっきらぼうに言い切ってみました。

ここでの私の狙いは、本来の「客と運転手」の距離感を思い出してもらうことです。

しかし相手は猛者でした。あとくされのない元カレみたいな口調を続けています。それに対して「そうだよ!」とか不機嫌な感じで返すと、逆に元カノ感がめっちゃ車内に充満してしまうんです。「昔付き合ってた2人」もしくは「陽気な父親とお年頃の娘」のハーモニーが成立してしまい、不快感が倍増してしまいました。

無理、目的地まで乗っていたくない、と思って目的地まであと少しのところで「ここでいいです 降ります」と言うと、「え⁈ なんで? すぐそこだよ」とか言って「乗せてくよ」みたいに返してきて、乗せてくじゃねえこっちが金払ってんだよッ! という言葉にならない嫌悪感で全身の鳥肌が立ちました。何か一言言おうとしても「思い出して! 私は客!」とか叫んじゃいそうで、そのセリフもなんか記憶喪失の元カレが出てくるドラマみたいだし、とにかく私がどう行動しても「ケンカした2人」みたいになってしまうんです!

こちらの「客としての立場」を全く残してくれない独特な運転手でした。

イラスト=田房永子

■なぜ私は「タメ口男性」にムカつくのか

私は「『敬語を使ったほうが無難な現場』でどうしてわざわざタメ口を使うのか」は分からないけど、どうして自分が他人のそういう行動にイライラするのかは分かった気がします。

同じタメ口でも、店員さんと年が離れすぎていたり、お祭りとかのラフな場所での、逆に敬語だとなんかヘンみたいな場面で「ちょっとこれでいい? ごめんねー」などの下から入るニュアンスのタメ口は男女共に気にならない気がします。

でも店員がかしこまっているのに、「これどうすんの」と子どもが母親に聞くみたいな口調で中高年が話してるとギョッとする。

■「一方的な関係性を強要している感じ」

無意識であっても故意であっても、「ここではこういう言葉遣いで話すものですよね」という漠然とみんなで共有している認識を崩し、一方的な関係性を強要してる感じがするからだと思いました。

イラスト=田房永子

「店員と客」とか「運転手(車のハンドルという命に関わる権限を握っている)と乗客」という力関係が生じているため相手の言動を制しづらい関係性の上で発せられるタメ口は、一時的にでも、その人の提示する世界観に付き合わなければいけない。それによって生じる歪みを、その人以外の人たちで引き受けなきゃいけないんです。「私、タメ口ききますから、お願いしますね」とか事前の公約なしで突然始まるので、それに気づいてしまった者たちだけが不快になる、みたいな感じではないかと思います。

それに、自分が40代となり年をとってきて、存在自体が力関係の強いほうに立っているから、日々他人に失礼がないよう気をつけてるのに、なんで平気でできちゃうんだよというイラ立ちでもあります。やっかみ的な、私の問題ですね。

自分もタメ口には気をつけながら、タメ口を使う中高年にイライラしてしまった時の円満な対処法も考えていきたいです。それに、普通に敬語を使ってくれるタクシー運転手さんへの「良い評価」もバンバンしていきたいと思います。

----------
田房 永子(たぶさ・えいこ)
漫画家
1978年東京都生まれ。2001年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞(青林工藝舎)。母からの過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA/中経出版)を2012年に刊行、ベストセラーとなる。ほかの主な著書に『キレる私をやめたい』(竹書房)、『お母さんみたいな母親にはなりたくないのに』(河出書房新社)、『しんどい母から逃げる!!』(小学館)などがある。
----------

(漫画家 田房 永子)