※この記事は2015年07月01日にBLOGOSで公開されたものです

夕刊紙「日刊ゲンダイ」のデジタル版のPV数が快進撃を続けている。今年1月には月間9000万PVと1憶に迫る勢いを見せ、今月も堅調に伸びているという。紙からデジタル版への展開に苦戦する旧メディアが多い中、「日刊ゲンダイ」ではどのような取り組みをしているのだろうか。デジタル版の編集長を務める大原将文氏に話を聞いた。

月間PV数9000万!2年前の10倍以上に成長

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-まず、「日刊ゲンダイ」のデジタル版の運営体制を教えてください。

大原将文氏(以下、大原):紙面に掲載された記事データや写真を登録する社員は別にいますが、専任の編集記者は私を含めて3人だけです。それに加えて外部のライター2~3人にご協力いただいているという、非常に心もとない状況です(笑)。

-システム担当には専任者がいるのですか?

大原:基本的にサイトや管理画面の設計などを含めて、私たち記者が担当しています。3人のうち1人は、最近始めたタイアップ記事などの案件に注力しているので、ますます人手が足りていない状況です。

-記者の方は、記事を書くだけでサイトの設計や広告の部分まで見ている方は少ないと思うのですが。

大原:本当はどちらかにしたいのですが、とにかく人がいないんですよね(笑)。しかし、現在のメディアの状況を考えると、コンテンツ製作と流通というのは同時に考えていかなければならない時代になっていると思うんです。

-ウェブオリジナル記事の割合はどれぐらいですか?

大原:それほど多くはありません。紙面からサイトに公開する記事が1日20数本で、オリジナル記事は多くても3~4本程度です。

-紙の紙面とデジタル版で取材するジャンルが違う場合などはあるのでしょうか?

大原:デジタル版では芸能ものが多いです。昨日(※取材日は6月18日)、Yahoo!トピックスに載った「宝生舞さんの行方が見つかった」という記事は、デジタル専任の記者が執筆、配信したものです。不明権利者リストを公開している機関に電話取材をして「名前が消えたのは、どうしてですか?」と聞いたところ、「実はもう見つかった」と。

昨日の夕方に取材したのですが、紙面に載せるには間に合いません。ですので、宝生さんの話題のように“足の速い記事”は、デジタルで作って即時配信しています。夕刊紙といっても記事の多くは前日に作成し、それが翌日の紙面に掲載されます。午前中に起きたニュースは、朝の担当者が昼過ぎくらいまでに紙面に突っ込んでいます。

-媒体資料を拝見したところ、月間で9000万PVを記録しています。また、ここ数ヶ月でかなり堅調に伸びていますね。

大原:私は紙面の記者として、スポーツを経て10年ほど政治や事件、経済などを担当していたのですが、2年前の2013年6月にデジタル版に携わることになりました。

それまではデジタル専門の部署がなく、外部の企業にお願いして、紙面からピックアップした記事に、見出しをつけて載せてもらうスタイルでした。ニュースサイトというよりは、ホームページに近く、当時のPVは400万程度。それが、今年1月と4月に9000万PVを達成し、今月はそれを上回るペースで推移しています。

-単体のニュースサイトとしては、かなりの規模ですね。

大原:最初400~500万PVだったことを考えると、やはり記事の見出しを工夫したことが大きいですね。外部にお任せしていた時は、編集の専門の方ではないので、紙面のメイン見出しだけを抜き取って記事につけて載せるだけになってしまう。例えばこの記事、「円消滅カウントダウン」というメイン見出しですが、これだけだとざっくりし過ぎていて意味が分からないですよね。

そこで、ウェブ用には紙面のメイン見出しやサブ見出し、小見出しをまとめて、わかりやすい1本の見出しに書き換えることから始めました。抽象的にならないよう、なるべくファクトを前面に出すように気をつけています。現在は27文字前後で見出しを付けていますが、そうした工夫をしたところ、すぐにPVが伸びていきました。また、写真も一部の記事にしか付いていなかったので、可能な限り写真付きにするようにしたところ、3カ月目には3000万PVを超えました。

通信社や大手紙、スポーツ紙に速報性では勝てませんし、夕刊紙なのでもともと一次情報を売りにはしていません。例えば党首討論の話なら、オピニオンを交えながら一般紙が報じないような視点で状況を説明するなどの加工、味付けをして翌日に出します。一次情報に付加価値をプラスする夕刊紙ならではの記事の作り方が、ネット向きでもあったのかなという部分もありますね。

-ソーシャルメディア対応は、積極的にやっていますか?

大原:Twitterの運用はひたすら見出しとリンクだけですが、それでもフォロワーは4万になりました。Facebookは、ほとんど手つかずだったのですが、運用し始めたら非常に反応がいいんです。ネット上には右寄りの論調が多いため、弊社のFacebookページには、そういう論調ではない人たちが集まってコメントしているイメージですね。

実は、Facebookではスポーツや芸能ものは、あまり反応が良くありません。一方で、政治の話題を扱った記事は非常に読まれて拡散されるので、今は政治の話題をメインに据えて芸能などは、Facebookページには、ほぼ掲載していません。

-ネット上だと、芸能ネタの方が強いというイメージが大きいと思うのですが。

大原:Facebookに限ってはそうではないんですね。Facebookにおいて、拡散・シェアされやすいテーマは、人々の“喜怒哀楽”に訴えるものだと思います。ただし、カワイイとか、ほっこりするようなコンテンツは「日刊ゲンダイ」にはありません。代わりに、政権や原発、年金問題などに対する読者の怒りが拡散のエネルギーになっているのではと思います。

厳しすぎる表現を見直す気遣いも

-マネタイズについては、原則広告モデルなのでしょうか?

大原:現状ではそうですね。ただ、デジタル版に出していない記事や過去の連載コラムなどが豊富にあるので、今年の秋をメドに課金モデル導入の準備を始めています。無料部分は変わらず、有料会員になっていただくことで無料版では読めない記事や過去のコラム、紙面も閲覧できるようにする仕組みを考えています。

「日刊ゲンダイ」は今年創刊40周年になります。創刊当初からの根強いファンがいるものの、ここにきてキオスクなどの売り場がどんどん減ってきています。電車を降りて、さっと夕刊紙を手に取れる場所が少なくなってきているのです。そんな厳しい状況だからこそ、紙面のほぼすべての記事をテキスト化してサイト上に載せ、過去のコンテンツアーカイブも含めて多くの人に読んでいただけるようにしたいと考えています。

-一般的にネットメディアはマネタイズに苦労している印象があるのですが、現状の広告モデルでの収益は順調なのですか?

大原:2年前の400万PVの状態から急激に伸びてきたので記事広告や純広告を始めたのは今年に入ってからです。それまでは全部ネットワーク広告でしたが、それでもマネタイズは順調に来ている方だと思います。

ちなみに、VALUESという調査会社が今年の1月に集計した「年収1000万円以上のユーザー含有率が高いサイトランキング」に入っているんですよ。(男性20代~40代の部門で、日刊ゲンダイは14位。15位:国税庁、16位:日本経済新聞)この層に訴求力があり、日経より上にうちが入っているの?と驚きましたが(笑)、こういうところにも広告の可能性があるように思います。

-夕刊紙というと「年配の方が読んでいる」というイメージがあるのですが、一方でウェブは比較的若い人が見るイメージがあります。サイト運営をされる際に、若者向けを意識することはありますか?

大原:それはありますね。ご指摘の通り、夕刊紙の読者の多くは男性ですが、サイトでは、4割ぐらいが女性になります。紙面では、読者の年齢層が高いことを想定して、渋めの有名人の記事も多かったりしますが、ネットではジャニーズやAKBなど若い人を対象にした記事をオリジナルで作ったりしています。

また、サイト運営で気をつけている点としては、「日刊ゲンダイ」という紙面=パッケージで買ってくれた人は「安倍は政治家失格だ!」と見出しで書いてあっても、驚かないんです。「日刊ゲンダイってそういうものだ」と思って読んでくれるからですが、ポータルサイトなどに配信し、他の新聞の見出しと並ぶとギョッとされることもあるんですよね。

「日刊ゲンダイ」の紙面は、週刊誌と同じで敬称略なので、安倍首相のことも「安倍」と書いています。しかし、ネットではやはり「なんだこれは!?」「新聞なのか!?」と驚く人も多かった。ウェブでは、「日刊ゲンダイ」を知らない世代や地域の人たちもいますので、厳しすぎる表現を見直したりという気遣いはしていますね。

-そうなるとウェブと紙で媒体としてのキャラクターが違ってくるという問題もあると思いますが。

大原:そうですね。現状のデジタル版は「日刊ゲンダイ」というサイト名で紙面と同じなんですが、サイト名も例えば「日刊ゲンダイ デジタル」のように変更することも検討しています。紙面とは見出しも異なりますし、オリジナルコンテンツも増えているので。

-他の新聞社の話などを聞いていると、デジタル版を始める際に、記者がウェブに記事を出すのを嫌がるといったケースもあるようですが。

大原:私は紙の記者の時代から、「もっとネットに力を入れた方がいいのでは」と言っていて、理解を示してくれる上司もいましたが、「そんなことをしたら、紙が死ぬ」という反対意見も多く、専任部署ができるに至るまでに5年以上はかかった気がします。しかし、スマホが登場して、3年ぐらい前から紙の低迷が目立ち始めると、社内の説得もしやすくなりました。紙メディアは今、ほとんど似たような状況だと思いますけどね。

『エロからテロ』までカバーしている

-今後の目標としている数字などはありますか?

大原:早い段階でPV1億を突破したいと思っています。9000万台まで来たのですが、なかなか1億の大台を突破するまでの道のりのは険しそうだなと。どうしても、事件というか世の中の動きに左右されてしまうので安定的には難しい部分があると思います。

-PVを増やすために、コンテンツの数を増やした結果、クオリティ・コントロールが難しくなるという話も聞きますが。

大原:そうですね、紙面の記事を有効活用できていない部分もあるので、うまく活用しつつやっていきたいですね。記事のクオリティはきちんとチェックしていますが、このままコンテンツが増えていくと現状のマンパワーでは大変かもしれません。

-参考にしている他社のメディアなどはありますか?

大原:万遍なく参考にさせてもらっています。「東洋経済オンライン」や「日経新聞電子版」など、今後、課金モデルを導入するにあたっては、大手の先駆者の方々を参考にしてやっていきたいなと考えています。

-今後はやはりデジタル版の方が伸びしろがあるとお考えですが?

大原:そう思いますね。数年前からそう言われていますし、紙メディアはすでにどこも厳しい状況と言えるでしょう。

紙メディアはどこかで下げ止まるんじゃないかという見方もあるようですが、私はしばらく下げ止まらないんじゃないかなと思います。

-アメリカでは、紙とウェブの売上が逆転しているという話もありますね。

大原:日本もそうなっていくのではないでしょうか。当面は各社、紙の損失をネットで補填していくという状況が続いていくだろうし、そのままネットが逆転してしまう日が来ると思いますよ。

とにかく、紙は流通量が減っていく一方なんですよね。それでなくても、「日刊ゲンダイ」は全国津々浦々に行き届いているわけじゃないですから。例えば、九州では流通網などの関係で販売していないんです。でも、福岡からのサイトへのアクセスというのは非常に多いんですよね。ウェブの場合、そういう地理的な制約も全部なくなるわけですから。

-その意味では、今までとは異なる読者にも届けられると。

大原:実は「日刊ゲンダイ」は沖縄では少しだけ売ってるんですよ。空輸して1日遅れで販売しているのですが、沖縄は基地問題があるので、うちの論調に共感してくれる読者の方も多いんです。沖縄から「読みたいんですけど」という問い合わせの電話もあるので、そういった方たちにアプローチできる可能性は広がりますよね。

-最後に他紙との差別化のために特に意識している点はありますか?

大原:「日刊ゲンダイ」をウェブでしか知らない人は、エンタメ系のメディアだと思われるかもしれませんが、基本的には政治ものをメインに据えています。加えて、スポーツや芸能、生活、健康情報、競馬、そしてアダルト情報とあらゆるジャンルをカバーしています。

夕刊紙なので、ビールを飲み、焼き鳥でも食べながら読んでもらうことを想定して、「エロからテロまで」というような言い方する先輩もいましたが、つまり「なんでも読める新聞」ということなんですね。(デジタル版にはアダルトコンテンツなし)

それでも紙面の1面は基本的に政治もので貫いているし、サイトでもほとんどの場合、トップ記事は政治ものにしています。そこが、他のニュースサイトとは違うところじゃないかなと思いますね。

-芸能で押していったほうがPVが取れるだろうと思うのですが。

大原:そこはブレずに、政治を中心に増税や年金など暮らしの問題をトップ記事にしています。「日刊ゲンダイ」というメディアはそういうものだと理解し、論調に共感してくれるファンが増えてくれれば、リピーターになってくれると思うんです。他のネットメディアとの差別化にもつながっているんじゃないかと考えています。

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