AppleのATT(App Tracking Transparency)というトラッキング対策の『ニンジン』はこれまでのところ機能しておらず、膠着状態になっているようだ。これは、Appleはまもなく顧客への過度な追跡に対する取り締まりを積極的に開始する可能性がある、と予測する専門家の見解だ。

およそ1年前、AppleはそのiOSエコシステムでプライバシー基準を監視する方法を明らかにした。それ以来、同社は(いくらか)態度を軟化させており、次は何が来るのかと一部の人々に考えさせる状況になっている。

Appleが、主要イベントであるワールドワイド・ディベロッパー・カンファレンス(Worldwide Developers Conference:以下、WWDC)を前に、今後の方針をさらに明確にするとの見方がある。複数の関係筋は、Appleが強引なポリシーの強制ではなく、技術的ソリューションを導入すると予想している。

これらの関係筋によると、ポリシー主導のアプローチを採用すると、Appleはアプリの審査を手作業で個別に行わなければならなくなってしまう。多くの場合、手作業の審査は非現実的であることが証明されているため、大方の見方は技術的ソリューションの導入で一致しているという。実際、Appleは異例ではあるが、シリコンバレーの「宿敵」であるGoogleのようなアプローチを採用するのではないかとの見方さえある。

Appleの取り締まりが「軟化」した理由



ATTが登場した当初は威勢が良かったが、Appleが以前から公言していたプライバシーポリシーの強制は、多くの人が懸念していたほど強固なものではないことがすぐに明らかになり始めた。実際、複数のパブリッシャー関係者が匿名を条件に米DIGIDAYに語ったところによると、過去12カ月間、iOSでの同意なしの追跡、特にフィンガープリンティングが常態化しているという。

Appleが、アプリ開発者のエコシステムにプライバシー指針を全面的に適用することに躊躇している理由については、意見が分かれている。一方で、Appleは手作業によるポリシーの強制よりも、より現実的なソリューションを模索しているとの見方もある。

たとえば、フランスの広告関係者は、Appleのプライバシーポリシー指針がパブリッシャーの収益化や詐欺防止の妨げになるとして、同国の独占禁止法規制当局に提訴を行った(が、この提訴は失敗に終わった)。しかし、Googleのプライバシーポリシーが英米の反トラスト法当局の怒りを買っていることから、Appleの法務チームは、慎重になる道を選んだのかもしれない。

予想される技術的ソリューションの内容とは



一方、Appleは6月に開催されるWWDCで、フィンガープリントの取り締まり方法について重大発表を行う構えであり、その際にはGoogleの取り組みを参考にする可能性があると示唆する声も出ている。

モバイル測定企業、コチャバ(Kochava)のCEO、チャールズ・マニング氏は次のように語る。「技術面で『ガードレール』を構築してきたAppleの遺産と、ポリシー適用を組みわせるというロジスティクスな意味合いを考慮すると、彼らはプライベートリレー(Private Relay)を(部分的にでも)技術的な強制メカニズムとして頼ることになると思われる」。

マニング氏は「Appleは顧客がプライベートリレーを評価しており、その成功を受け、アプリ内でのトラッキング機能を常時オンにすると発表すると思う」と述べる。

同様に、モバイルアプリパブリッシャーのウェザーバグ(WeatherBug)で売上担当シニアバイスプレジデントを務めるマイク・ブルックス氏は米DIGIDAYに対し、Appleがテックレッド(Tech-led)ソリューション−−つまりポリシーだけに依存しない技術的アプローチを採用して、フィンガープリントを取り締まると予想していると語る。「それはおそらく彼らがプライベートリレーで行ったことに類似したものになり、iOS 16でのIPアドレスの妨害を進めていくだろう」と、ブルックス氏は補足した。

AppleがGoogleを模倣?



一方、ブルックス氏と、モバイル測定企業ブランチ(Branch)の製品マーケティングマネージャーであるアレックス・バウアー氏はそれぞれ、Appleの今後のアプローチは、Googleがプライバシーサンドボックスで打ち出したのと同様の戦術になるだろうという予想を、米DIGIDAYに語っている。

特に、「SDKランタイム(SDK Runtime)」が関心を集めている。SDKランタイムはGoogleが提案したもので、パブリッシャーがサードパーティのSDK開発者とは別にアプリのアップデートを提出することで、アプリの機能損失を最小限に抑えながらAndroidユーザーのセキュリティを向上させようというものだ。

「SDKのメンテナンスを、アプリパブリッシャーに管理させるのではなく、デバイス(およびAppleやGoogleなどのプラットフォーム)の手に委ねるというのは、画期的なアイデアだ」とブルックス氏は付け加える。

一方、バウアー氏は米DIGIDAYに対し、Googleの提案はテックレッドソリューションが機能することを示したと語る。この機能については、Appleはまだ公式には市場に提示していない。バウアー氏は「これは極めてエレガントなソリューションだと思う。私はかなりの感銘を受け、正直なところ、Appleより先にGoogleがこれを持ち出してきたことに驚いている。てっきりAppleが設計してくれるものだと私は考えていた」と話した。

WWDCが注視される理由



AppleはWWDC 2020で、iOSのエコシステム全体におけるユーザー情報の自由な流れを規制する意向を示し、アプリ内での行動ターゲティング広告の取引に関与する者に警告を発した。

そのアプローチの核となるのは、広告主がアプリ内広告キャンペーンをより最適化し、測定するのに役立つ「IDFA」と呼ばれるモバイル識別子の難読化だ。AppleはiPhoneユーザーにATT機能へのオプトインを促している。

ATTとそのガバナンスの導入は、Appleの「ステルスモード」な対話姿勢も相まってメタ(Meta)やSnapといったプラットフォームの不安を増幅させたが、じわじわと浸透。Appleが本格的に執行を開始すると、プラットフォーマーの売上に大きな影響を及ぼした。

さらに、WWDC 2021で要となった発表のひとつとして、メールにおけるiCloud+の顧客やSafari向けに、トラフィックを別のサーバーにルーティングすることでIPアドレスを見えにくくする機能であるプライベートリレーを公開した。これは、Appleの将来に重要な役割を果たすと多くの人が予想する機能だ。

WWDC 2022では、一体何が発表されるだろうか。

[原文:Experts predict Apple will turn on Private Relay by default in iOS 16]

Seb Joseph and Ronan Shields(翻訳:藤原聡美/ガリレオ、編集:分島翔平)