アカデミー賞作品賞にノミネートされているジェーン・カンピオン監督の映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』。この作品はアメリカ西部が舞台。主人公は冷酷で女性蔑視的、同性愛嫌悪的な発言をする牧場主フィル(ベネディクト・カンバーバッチ)だ。ある母子と出会ったことでそれまで隠してきた同性愛者としての彼のセクシャリティが表面化していく過程を描いている。

先月末俳優のサム・エリオットがあるポッドキャストに出演、この作品を批判した。エリオットは1969年に映画『明日に向って撃て!』でデビュー、1970年代に西部劇映画で人気を博した俳優。西部を舞台にしたこの作品について一言言わずにはいられなかったよう。「あの最低な映画について話したいか?」と話し始めた。フィルを始めとする牧場で働く男性キャラクターたちが上半身裸、ズボンだけで登場することをズボンと蝶ネクタイという姿で踊る男性ストリップ集団チッペンデールにそっくりだと揶揄し「映画を通して同性愛が仄めかされている」。司会者にそれが作品のテーマだと指摘されると「この西部劇のどこに西部劇がある?」と不快感を露わにした。さらにカンピオン監督について「彼女の前作は好きだ。でもこのニュージーランド出身の女がアメリカ西部について何を知っているっていうんだ?」とコメント、彼女がカウボーイを理解していないと批判した。エリオットは自分がテキサスでカウボーイの家族と交際、一緒に過ごしていると話し「あの映画を見たとき『一体何なんだこれは? この世界で我々はどこにいるんだ?』と思ったよ」。西部劇だけでなくリアルなカウボーイの生活の中にも同性愛的な要素はないと批判した。

これに対してカンピオン監督を初め『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の関係者は反応していなかった。しかし先週末BAFTA(英国映画テレビ芸術アカデミー)が開催したオンラインセッションにカンバーバッチが出演、エリオットの批判について触れた。彼は「ポッドキャストで放送されたとても奇妙な反応について何も言わないように努力している」「この作品における西部の描写に非常に気分を害した人がいる」とコメント。エリオットの発言をポッドキャストで聞いたわけではなく、新聞で読んだだけだから「それについて語るのはアンフェアだ」と断った上で性的な葛藤を抱えた牧場主のフィルのような人物は「私たちの世界にまだ存在している」と話した。

カンバーバッチは「あのような反応、つまり異性愛者以外の存在になりうることを職業や生まれを理由に否定すること以上に、いまだに同性愛や他者、あらゆる種類の違いを受け入れることに対する不寛容が世界全体にある」と指摘、「何が男性たちを毒し、有害な男らしさを生み出しているのかを理解しようとするならばフィルのようなキャラクターが被っているフードの内側を見て彼らの闘いがどのようなものなのか、そもそもなぜ闘いが存在するのかを知る必要がある。そうしなければそれは繰り返され続けるからだ」と続けた。「玄関先、道端、バーやパブ、スポーツ会場であってもそこで出会った人の攻撃性や怒り、フラストレーション、自分をコントロールできない、あるいは自分が何者であるかを理解できないことが、本人にも周りの人にもダメージを与えるんだ」。

これまで社会の中で「男性らしい」と評価されていた態度や生き方が人にネガティブな影響を及ぼしていることを描いた『パワー・オブ・ザ・ドッグ』。女性蔑視や同性愛差別など多様性を受け入れない社会の問題を指摘した点が評価されている。エリオットの発言には映画が露わにした問題が凝縮されていると言えそう。