第3回のテーマは学校側の熱烈なスカウトとその危険性(画像はイメージです)

写真拡大 (全2枚)

連載「幸せな高校選びへの挑戦」第3回:学校側の無責任な勧誘に潜む危険性

 サッカー少年にとって、全国高校選手権は昔も今も変わらず憧れの舞台だ。多くの才能が強豪校の門を叩く一方、部活動には様々な課題も見え隠れする。その後の人生を大きく左右する「高校進学」が、幸せな選択となるために必要なことは――。全国の中学生年代の選手に向けて情報を発信する、元U-16日本代表GK中村圭吾さんの姿を追う「幸せな高校選びへの挑戦」第3回は、自身も経験した学校側の熱烈なスカウトとその危険性にスポットを当てる。(取材・文=加部 究)

   ◇   ◇   ◇

 高校サッカー部卒業生たちの口コミ情報を載せたWEBサイトを運営する中村圭吾さんは、中学時代に複数の高校から熱烈な勧誘を受けた経験の持ち主だ。190cmの長身GKで、リーダー的資質も備えていた。

「母親と2人で接待を受け、プレゼントをもらって帰ったこともあるし、キャプテンを約束してくれた高校もありました。ウチは責任を持って育てると決めた選手にしか、こういう話はしません、と猛プッシュしてきた監督もいます。こんなことをされたら中学生に限らず、高校生や大学生だってうれしくて過信もしますよ。でもとことん甘い言葉をかけてきても、上手くいかなければ試合に使いもしない。酷いことだと気づいたのは高校に入ってからです。大人って嫌だな、と思いました」

 一方、山梨学院大学付属高校だけは、トレーニング参加をしたが勧誘さえされなかった。

「ウチの高校に入れられるとしたらこういう条件なんだけど、それで考えてくれるなら……」

 そんな調子だった。しかし中村さんは、自分でトレーニング、試合、環境などを見て「ここだな」と決断した。

「それまで熱烈に誘ってくれた高校に行きたくないわけではなかったけれど、本当に行きたいとも思えなくてウジウジと決められずにいました。そんな僕が初めて『ここがいい』と言えた。親も快く送り出してくれました」

 無責任な賞賛や勧誘が、どれほど危険なのか――。それは当事者の中学生はもちろん、保護者でも事前に察知するのは難しい。高校時代に中村さんが比較的幸せな部活ライフを送れたと実感できたのも、大人たちの甘言に振り回されず、最終的には自ら本質に辿り着けたからだろう。

「高校時代が良かったと分かったのは、卒業をして周りの仲間たちと話し、比較しながら振り返ってからです。大学だけでなく小中学校時代の仲間たちの多くは、指導者や環境を理由に自分がダメになったと不平不満が多かった。それに対し僕は、高いレベルでお互い励まし合う仲間や指導者、それに環境にも恵まれました」

不幸なサッカー少年を減らしたい想いが伝播

 そして自分が数少ない成功例だからこそ、高校とのミスマッチに悩むサッカー少年たちの未来を変えなければ、という義務感が生まれた。

「大学を卒業してからビジネスの世界で結果を残そうと頑張ってきました。でもいざ目標に近づいてみると、同じ土台で競い合う成果ではなく、もっと自分にしかできないことをやりたいという想いがこみ上げてきたんです。そう考えると、やはりサッカーが僕の中では一番価値の高いもので、これを活かして何かをするのが唯一無二の存在になれる方法だと思ったんです」

 ただし中村さんは、スポーツビジネスでメシを食っていこうとは考えなかった。また、何かをやるために何かを捨てるという発想もなかった。生計を立てる手段と、やりたいことは両立できると確信し、精力的にサイト運営を進めている。

「現在共感して無償で協力してくれているJリーガーが10人ほどいて、本当に真剣に進路相談に答えてくれています。なかでも毛利駿也(湘南ベルマーレ)、杉本大地(ジュビロ磐田)、田口潤人(FC琉球)の3人は『一緒にやろうよ』と、データ入力などの実務も手伝ってくれています」

 不幸なサッカー少年を減らしたい想いは、プロも含めた現役選手、OB、関係者たちへと伝播している。中村さんが「僕だからできる」と自負するネットワークは、着実に広がってきている。

(第4回へ続く)

■中村圭吾

 1995年10月28日生まれ。小学2年生からサッカーを始め、最初はDFだったが途中からGKに転向。山梨学院大学付属高校時代にはU-16日本代表に選出。神奈川大学でもプレーを続け、卒業後に就職し後に起業。株式会社Livaを経営しながら、今年サッカー関連サイト「Foot Luck」を起ち上げ、高校サッカー部OBの実体験に基づく声を集めた口コミサイトが好評を得ている。(加部 究 / Kiwamu Kabe)

加部 究
1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近東京五輪からプラチナ世代まで約半世紀の歴史群像劇49編を収めた『日本サッカー戦記〜青銅の時代から新世紀へ』(カンゼン)を上梓。『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(ともにカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。