亡くなった人への誹謗中傷、法的問題は?

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 ネット上には有益な情報がある一方、さまざまな誹謗(ひぼう)中傷や虚偽情報が流れています。女子プロレスラーの木村花さんはSNSで誹謗中傷を受けた後、22歳で亡くなりましたが、死去後もSNSで誹謗中傷を受けていたそうです。亡くなった人への誹謗中傷はどのような法的問題があるのでしょうか。また、花さんの件をきっかけに、政府は9月16日、侮辱罪の厳罰化などを法制審議会に諮問しましたが、厳罰化が実現した場合、どのように変わるのでしょうか。

 芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

「虚偽の事実」示せば名誉毀損罪

Q.亡くなった人に対する誹謗中傷に法的問題はありますか。

牧野さん「刑法では、死者の名誉毀損(きそん)罪(刑法230条2項、3年以下の懲役・禁錮、または50万円以下の罰金)を規定していますが『死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない』とされています。つまり、死者の名誉毀損罪は、公の場(ネット上も含まれる)で『虚偽の事実』を示した場合が対象であり、真実であった場合や、真実と信じるに相当の理由があった場合には成立しません。

なお、事実の摘示後に相手方が死亡した場合は、生存者の名誉毀損罪(同230条1項)が適用され、摘示した事実が真実であったとしても、それが社会的評価を下げる発言ならば処罰されます」

Q.遺族や友人が故人への誹謗中傷に対して、何らかの法的手段に訴えることはできますか。

牧野さん「故人の遺族については先述の要件を満たせば可能ですが、故人の友人が法的措置を取ることは一般には難しいでしょう。例えば、元首相の伝記小説である『落日燃ゆ』(城山三郎氏著)に、ライバルとされていた外交官(故人)の私事に関する記述があり、その遺族が名誉毀損による損害賠償請求をした事件があります。

東京高裁は不法行為が成立する要件として、『事実が虚偽であり、かつ、人格権の侵害が重大』とし、本件ではそれらの証明がないと訴えを棄却しました(1979年3月14日東京高裁判決)」

Q.他に、類似のトラブルに関して過去の事例・判例はありますか。

牧野さん「『沖縄ノート事件』があります。大江健三郎氏の著書『沖縄ノート』で、太平洋戦争末期に沖縄で集団自決を命じたとされた元沖縄戦指揮官および遺族が、虚偽の事実により名誉毀損されたとして、出版社に出版差し止めと損害賠償、および、謝罪広告掲載を請求しました。

裁判では『大江の記述には合理的な根拠があり、本件各書籍の発行時に大江健三郎等は(命令をしたことを)真実と信じる相当の理由があったといえる』として名誉毀損の成立を否定し、それらの請求は棄却されています(大阪高判2008年10月31日判決)」

Q.法制審議会に侮辱罪の厳罰化などが諮問されています。法改正が実現した場合、どのようになると想定されますか。

牧野さん「侮辱罪は『事実を示さなくても公然と人を侮辱する』行為に適用されますが、現行の法定刑は『拘留、または科料』であり(刑法231条)、『公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した』名誉毀損罪の『3年以下の懲役、もしくは禁錮、または50万円以下の罰金』(刑法230条)に比べて、法定刑が極端に軽くなっています。さらに、刑事責任が問えなくなる公訴時効期間も、名誉毀損罪が3年であるのに対して、侮辱罪は1年です(刑事訴訟法250条2項)。

木村花さんの事件では、誹謗中傷を投稿した者のうち2人が侮辱罪に問われましたが、いずれも科料9000円にしか処せられませんでした。こうした悪質な書き込みを抑止するために、侮辱罪の厳罰化の必要性が議論されています。法改正では、侮辱罪の法定刑は『1年以下の懲役・禁錮か30万円以下の罰金』へ引き上げられる方針です。刑事責任が問えなくなる公訴時効までの期間も、1年から3年に延長される見込みです」

Q.厳罰化後、侮辱罪は亡くなった人への誹謗中傷にも適用されるのでしょうか。

牧野さん「先述した通り、名誉毀損罪には『死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない』との規定がありますが、侮辱罪には、死者に対する適用の規定が元々ありません。今後の議論によりますが、現時点では、名誉毀損罪と同様の規定が新たに設けられることは予定されていないようです」