男子バレーボール界に彗星のごとく現れたアウトサイドヒッター、郄橋藍(らん/日本体育大学2年)の初めてのオリンピックは、先につながる収穫と課題が見つかった大会になった。


東京五輪で、日本男子バレーの主力として活躍した高橋藍

 郄橋がシニアの日本代表に初招集されたのは、春の高校バレーで東山高校(京都府)の主将としてチームを牽引し、全国優勝を成し遂げた直後の2020年2月。それまでアンダーカテゴリーでの代表経験すらなかったが、今年5月の中国とのテストマッチ、その翌週に行なわれた紅白戦でも攻守で活躍し、五輪前のネーションズリーグにも出場した。

 欧米など格上チームとの初対戦でも、特にサーブレシーブは安定感と正確さが光り、チームに欠かせない存在に。そして大会終盤の6月21日、五輪を戦う12人の代表メンバーが発表されると、ベテランの福澤達哉、前主将の柳田将洋らが外れるなかでメンバー入りを果たした。それを受けて郄橋は、「チーム最年少として、自分自身のプレーを全面に出してチームの勝利に貢献したい。連戦でもサーブレシーブやスパイクの成功率が下がらないように、安定して自分のプレーを出せるようにしたい」と意気込みを語った。

 東京五輪開催が決まった2013年当時、小学6年生だった郄橋は卒業文集に「東京オリンピックに出場したい」と書いたが、その夢が遂に実現。予選ラウンド初戦のベネズエラ戦で、スターティングメンバーとしてコートに立った。第1セットは初戦の緊張も見えたが、サーブレシーブはもちろん、バックアタックなど攻撃面でも期待どおりの活躍を見せてセットカウント3−0のストレート勝ちに貢献した。

 男子バレーは五輪出場が2008年の北京大会以来3大会ぶりで、同大会は5戦全敗。さらに遡ると、北京の前の3大会は出場権を逸しているため、1992年バルセロナ五輪以来、29年ぶりの勝利となった。そのメンバーに19歳の郄橋が名を連ねたことは、パリ五輪、その先の男子バレー界にとって明るい材料となった。

 第2戦の相手はネーションズリーグでストレート負けを喫したカナダ。郄橋は前衛での攻撃がなかなか通らず、高梨健太と交代する場面もあったが、セットカウント2−1とリードして迎えた第4セットに見せ場が訪れる。自身のサーブで相手を崩し、サーブレシーブが日本のコートにそのまま返ってくると、郄橋はバックアタックを打つと見せかけて石川祐希にトス。石川はそれをノーブロックで決めた。

 フェイクトス、またはフェイクセットと呼ばれるプレーで、2019年のW杯では石川が西田有志に同じようにトスして話題になった。その技を郄橋も自分のモノにして、オリンピックの舞台で堂々と使いこなす姿は海外メディアにも取り上げられるほどの衝撃を与えた。

 日本は2連勝のあとにイタリア、ポーランドに敗れ、決勝トーナメント進出がかかったイラン戦を迎える。大舞台の経験が少ない選手であれば、プレッシャーに負けて調子を崩してもおかしくない。しかし郄橋は、西田有志(30得点)、石川(20得点)に次ぐ19得点を記録し、フルセットの激闘を制する原動力になった。

 準々決勝の強豪ブラジルにはストレート負けを喫したが、第3セットは一時大きく先行する場面もあるなど、どのセットも一方的な展開ではなく食らいついて戦うことができた。郄橋はサーブレシーブこそ安定していたものの、スパイクでは3得点のみ。3年後のパリ五輪に向けてリベンジの気持ちが高まったかもしれない。

 あらためて全試合を振り返っても、郄橋の守備での貢献はすばらしかった。ブロックの得点はもう少しほしいところだったが、アンダーカテゴリーの経験もなかった選手が、短期間で世界の強烈なサーブを受けるテクニックを身につけ、五輪の舞台で"守備の要"に成長したのには驚きしかない。

 一方の攻撃面では、バックアタックが効果的に決まっていたものの、カナダ戦の序盤のように前衛での攻撃には課題が残った印象がある。相手ブロックにマークされても、それをかいくぐって決めきれるような技術が必要になるだろう。また、サーブはターゲットを正確に狙うことができていたが、石川や好調時の西田のような流れを変えるビッグサーバーになるためには、パワーとキレがもう少しほしいところ。しかし、それだけ伸びしろがあるということに明るい未来を期待せざるを得ない。

 ともあれ、ほぼ全試合が地上波で放送されたオリンピックの効果は絶大だ。郄橋はプレーではもちろん、端整な顔立ちも相まって大きな注目を集めた。海外のファンも増え、インスタグラムのフォロワーはオリンピック期間中に数十万単位で増加し、8月9日現在で87.3万人までフォロワー数を伸ばしている。

 オリンピックは無観客試合になったが、9月12日に千葉県で開幕するアジア選手権は有観客となる予定(変更の可能性もあり)。もちろんどの大会も状況を見ての開催になるが、アジア選手権のあとには大学バレーの秋季リーグも控えている。同じく大学生で五輪メンバーに入った大塚達宣(早稲田大3年)との対決などを含め、今後の郄橋の活躍からしばらく目が離せなそうだ。