イタリアでトミーの愛称で知られる冨安健洋は、今シーズンもポジティブな結果を出し、この夏、セリエAで最も"ひき"の多い選手のひとりだと言われる。多くのチームが彼を手に入れたいと思っている。

 2年前にボローニャが彼をベルギーのシント・トロイデンから獲得した時は900万ユーロ(約11億7000万円。ただし実は600万ユーロだったという噂もある)だったが、今やその市場価値は大きく跳ね上がっている。

 この事態にボローニャは困惑している。ボローニャはこれほど誠実で優秀な選手を、できることなら手放したくはない。しかし彼を売却した場合のキャピタルゲインは、中堅どころのボローニャには無視できないものだからだ。

 冨安は少なくとも2000万ユーロ(約26億円)で売れると、ボローニャは踏んでいる。彼の獲得に支払った金額の倍以上。これは決して大げさな値段ではない。冨安はこの2年間で、セリエAで十分に活躍できることを証明している。まだ若いので百戦錬磨のマリーシアこそないが、その点もシニシャ・ミハイロビッチ監督の厳しい指導の下、かなり改善が見られた。

 だが、将来有望であるとはいえ、イタリアのどのクラブがひとりのDFの選手に2000万ユーロを払うことができるのか。


U−24日本代表に加わり、U−24ガーナ代表戦に出場した冨安健洋 photo by Fujita Masto

 シーズン中にまず関心を示したのはミランだった。しかし本格的な交渉はついに始まることはなかった。なぜならミランはチェルシーのDFフィカヨ・トモリを優先したからだ。ヴェローナとも何度か話があったが、なにより強力に冨安をほしがっているのがアタランタだった。アタランタは来シーズン、リーグだけでなく再びチャンピオンズリーグ(CL)を戦う。選手の層は厚いほうがいい。冨安をほしがる動機は十分にある。

 しかし現実はもう少し複雑だ。

 アタランタは現在ボローニャに、ガンビア人FWムサ・バロウをレンタルしている。出来不出来の波がある選手だが、実力を持っていることは確かだ。ミハイロビッチはその豊富な経験から、バロウはカンピオーネになる素質を持っていると見ており、ボローニャは彼の完全移籍を望んでいる。そのためにはボローニャは1500万ユーロ(約19億5000万円)をアタランタに支払わなければならない。

 それならばトレードすればいいではないか。バロウはボローニャの選手となり、そのかわり、冨安はアタランタの選手となる。アタランタは差額の500万ユーロ(約6億5000万円)をボローニャに払えばいい。簡単なようだが、そうはいかない。アタランタはボローニャが冨安につけた値段は高すぎる、差額を払いたくはないと思っている。アタランタは2人の単純なトレードを望んでいる。

 しかし、ボローニャは冨安の値段を下げる気はなく、今度は別の提案をする。「我々はあなた方に冨安を提供しよう。あなた方はその対価としてバロウともうひとり別の選手、FWのサム・ラマースかロベルト・ピッコリ(アタランタが保有する選手だが今シーズンはスペツィアでプレー、よいパフォーマンスを見せた)を渡してくれ」と。

 移籍の交渉とは一筋縄ではいかない。チェスのゲームのようなもので、参加者は自分がより有利になる手を模索する。今のボローニャに強力なアタッカーが必要なのは明白だ。攻撃の中心ロドリゴ・パラシオは39歳、いつ引退してもおかしくない年齢だ。パラグアイ代表FWフェデリコ・サンタンデールは移籍しようとしている。バロウとピッコリのコンビなら、ボローニャに多くのゴールをもたらすことができるかもしれない。

 ちなみに冨安が抜けた穴の対処もボローニャは抜かりない。すでにミランのマッテオ・ガッビアとコンタクトをとっている。右SBだが、必要ならばCBもできる。つまり第二の冨安のような選手だ。

 アタランタは来シーズン、CLがあるためにハードなスケジュールをこなさなければならない。そのすべてでいい結果を出すには、レベルの高い選手を集め、守備陣を強化する必要がある。現在のアタランタの守備の中心はアルゼンチン人のクリスティアン・ロメロで、彼は今シーズンのセリエAのベストディフェンダーにも選ばれた。

 だが、逆にそのために多くのビッグクラブがロメロに興味を持ち、アタランタは彼を失う可能性が高い。その筆頭はマンチェスター・ユナイテッド。23歳のロメロに4500万ユーロ(約58億5000万円)を支払う用意があるという。アタランタが彼をユベントスから1600万ユーロ(約20億8000万円)で獲得したことを考えれば、これは最高のビジネスだ。

 さらに、アタランタはもうひとりDFを失う可能性がある。SBのロビン・ゴセンスだ。彼もまたジャンパオロ・ガスペリーニ監督のチームの中心選手だ。

 つまり、冨安の移籍話のまわりには、さまざまな選手やチームの事情が複雑に絡み合っているのだ。移籍市場が開いた早い段階では、ありとあらゆる噂が立つ。ただ、誰もができるだけ手の内を見せず、最後にカウンターアタックで他を出し抜きたいと思っている。

 したがって、冨安の移籍も今後どのようになるかわからない。ただし、一番可能性が高いのはやはりアタランタだろう。もしこの移籍話がうまくいけば冨安はジャン・ピエロ・ガスペリーニ監督のもとでプレーするという恩恵にあずかれる。

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 ガスペリーニは、若手をうまく使い育てることに非常に長けた監督だ。富安のマリーシアをより育て、CB、右SBとしての動きをみっちりと叩き込むことができるだろう。アタランタで冨安は、ホセ・ルイス・パロミノとラファエル・トロイ、もしくはベラト・ジムシティ、あるいは新たにイタリアにやって来るDFとともにプレーすることになるかもしれない。いずれにしても、ガスペリーニ監督のトレードマークの3バックの一角を担うことになる。

 どこでもプレーできるDFのオールマイティのカードの資質。それこそが冨安の価値をこれほどまでに高めた要因だ。そんな彼を手放すことはミハイロビッチにとっても、ボローニャサポーターにとっても決して歓迎すべきことではない。ボローニャで彼はとても愛されていた。

 だが、ミハイロビッチにしろ、サポーターにしろ、ボローニャが中レベルのチームであることは重々承知している。そしてトミーが、もっとビッグなチームで、CLのような大きな舞台でプレーするに値する選手であることを知っている。ミハイロビッチはことあるごとに、冨安はハイレベルの選手になるすべての資質を備えていると言っている。彼が大きく飛翔するチャンスを潰したくないと思っているだろう。

 冨安自身は今後についてまだひと言も発していないし、喋ることはできないだろう。しかし、新たなチームに行けば彼の年俸が上がることはまず確実だ。新天地がアタランタであれば、CLでプレーすることができる。つまり、世界のトップレベルのストライカーたちを向こうに戦うことができ、それは何ものにも代えがたい経験になるだろう。