昨年の『パラサイト』に続いて、またもや韓国の映画人がアカデミー賞に選ばれた(写真:Eric McCandless/getty)

またもや快挙達成。

4月25日(日本時間4月26日)、アメリカ・ロサンゼルスで行われた第93回アカデミー賞授賞式で、アメリカに移民として渡った韓国人ファミリーの物語を描いた『ミナリ』が助演女優賞を獲得した。

『ミナリ』はアメリカ制作の映画で、リー・アイザック・チョン監督と主演男優賞候補になったスティーブン・ユアンはともに韓国アメリカ人だが、受賞したベテラン女優ユン・ヨジョンは韓国人。


映画『ミナリ』のリー・アイザック・チョン監督と主要キャスト陣。右下の女性がユン・ヨジョンさん(写真:Emily Assiran/Getty)

映画の中で使われる言語も半分以上が韓国語であり、昨年、作品賞に輝いて世界に衝撃を与えた韓国映画『パラサイト-半地下の家族-』に続き、韓国系映画の快進撃が止まらない。

アカデミー賞」から遠ざかった日本映画

一方、日本の実写映画はというと、2008年に『おくりびと』(滝田洋二郎監督)がアカデミー賞外国語映画賞(現・国際長編映画賞)を受賞したという快挙があったものの、その後は2018年に『万引き家族』(是枝裕和監督)が同部門の候補に選ばれたのみ。

パラサイト-半地下の家族-』でグランプリに当たる作品賞と国際長編映画賞をダブル受賞し、ポン・ジュノ監督が監督賞と脚本賞も制覇。そして、このたび『ミナリ』で助演女優賞を獲得した韓国映画界には、完全に追い抜かれてしまった感がある。

日本映画は1950年代から外国語映画賞の候補作品を出し、1990年にはそのノミネート常連だった巨匠・黒澤明監督がアカデミー賞名誉賞を受けた。前述の『おくりびと』もあり、オスカーレースで先鞭をつけてきたはずなのだが、どうしてここまで差が開いてしまったのか。

そんな疑問を感じている人も多いであろうこの機会に、ふだんエンタメ媒体向けに邦画の取材を行っているライターとして、「どうして日本映画は世界的なコンテンツになれないのだろう」と疑問に思っていたことを世界の映画事情に通じている映画人に聞きながら検証してみたい。

まず、現在、日本には天才的な映画監督であるポン・ジュノのような人材はいないのだろうか。『ラストサムライ』や『バベル』、そして9月公開の『Minamata(原題)』などのアメリカ映画でキャスティング・ディレクターを務めてきた奈良橋陽子さんは「日本にも世界で絶賛されている映画クリエーターはいます」と語る。

たしかに、近年の映画祭で実績を残した例だけでも、2018年『万引き家族』でカンヌ映画祭パルムドール(グランプリ)を受賞した是枝裕和監督と、2020年『スパイの妻〈劇場版〉』でベネチア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)を獲得した黒沢清監督がいる。

「是枝作品に代表される繊細で奥深い人間ドラマは、日本映画としてひとつのブランドを作れる。それなのに、海外に向けてのプロモーションが弱い。例えば西川美和監督の新作『すばらしき世界』もこの路線のたいへん優れた映画で、もっと強く打ち出せば、アメリカなどで劇場公開する、またはグローバルなストリーミングサービスで配信するということもできるはず」(奈良橋さん)

『万引き家族』や『すばらしき世界』が描き出したのは、今回、アカデミー賞作品賞を取った『ノマドランド』と同じく資本主義社会から取り残された人間たちだ。つまりテーマ性においては世界に通じるものを持っている。

足りないのは「国によるサポート」

日本が韓国に比べて不足しているのは、国による公金を投じてのバックアップだと言われる。

映画制作から人材育成、海外進出までを支援する韓国映画振興委員会(KOFIC)は年間約400億円を支出。それに対して日本の文化庁が映画に出す助成金は約20億円だと言われる。単純比較で韓国のほうが20倍もお金を使っているのだ。

特にクリエーターに対する支援が足りていない。ポン・ジュノ監督の下で助監督を務めた経験があり、初監督作『岬の兄妹』で貧困の問題を鮮烈に描いた片山慎三監督は、現場での実感からこう語る。

韓国で仕事したときの助監督仲間に連絡すると、数年ぶりに近況を聞いても、以前と同じ脚本を書いているので驚きます。彼らは国からの支援を受け、生活のための仕事に追われることなく、ひとつの脚本に3年から5年という時間をかけクオリティを追求している。日本でも同様の援助があれば助かりますね」

小説や漫画の映画化ではなくオリジナル映画を作るとき、脚本は全ての基になり、資金やスタッフ、キャストを集めるための最重要ツール。通常、物語の選定(原案)から始まって取材を重ね、セリフも交えた詳しいあらすじ(トリートメント)を作り、シナリオを何度も書き直し撮影用台本を完成させるまでに数年はかかる。

韓国では長編映画を作った実績のある監督、脚本家であれば、このトリートメントの段階から援助をしている。しかし、日本の文化庁などによる助成金は、脚本完成後、製作会社が決まってから申請する方式で、脚本を作っている間は援助が出ない。奈良橋さんも「日本も韓国のようにリスクを取って企画段階からお金を出してほしい」と呼びかける。

現在、自分の企画で実写映画を作ろうとする監督の経済状況は厳しい。1本あたりのギャランティは数百万円で、年収換算すれば日本人の平均年収436万円にも届かない。そして、映画が完成してヒットしたとしても、興行収入に比例してのインセンティブもない。

「僕が助監督になった15年前は、超大作と低予算映画の中間に製作費1億円ぐらいの映画が少なからずありましたが、現在はほとんどなくなってしまい、格差が広がっています。数千万円の低予算映画だと、必然的に監督のギャランティも少なくなり、とてもそれだけでは生活できない。そういった状況が続くと、監督も消費されている感があって、モチベーションが保てなくなりますよね」(片山監督)

「映画監督たちのうめき声が聞こえる」

奈良橋さんも「日本では映画監督たちのうめき声が聞こえる」と言う。現状、国の支援が期待できないならば、世界的な企業に成長した配信サービスと組むのが打開策として考えられるのだろうか。奈良橋さんも片山監督もNetflixのオリジナルシリーズで仕事したことがあり、その潤沢な予算とクリエーティビティの高さを実感したという。

「私が日本側のキャスティングを担当した『Giri/Haji』はイギリス制作ですが、プロデューサーが日本文化を尊重してくれ、日本人同士のセリフは日本語のままに。ひと昔前は考えられなかった画期的なことで、アジア人にとって門戸は開かれていると思います。クリエーターも配信サービスにどんどん企画を持っていってほしい」(奈良橋さん)

「すでに映画館での興行収入だけで儲けが出る時代ではないので、配信や有料チャンネルに才能が集まるのは当然の流れ。映画監督にとっては世に出ていくひとつのルートになるでしょうね」(片山監督)

Netflixの『全裸監督』で脚本・演出(武正晴らとの共同)を手掛けて評価を高め、『ミッドナイトスワン』で日本アカデミー賞を獲得した内田英治監督の成功例もある。しかし、やはりクリエーターにとっての活路はそこにしかないのだろうか。資金力のある外資に頼るしかなく、本当に国の増加支援は見込めないのだろうか。

2010年に国が始めた「クールジャパン」のプロジェクトはアニメを支援する施策という印象が強いが、実は実写映画の海外展開も狙っていた。その一貫として経済産業省主導でAll Nippon Entertainment Worksという会社を設立し、その際には「本邦のストーリー/キャラクター等をグローバル市場向けにリメイクし、映画等を企画・開発することにより、コンテンツ産業の収益を獲得することを狙いとします」と発表されている。

おくりびと』旋風後、国は絶好のチャンスに手をこまねいていたわけではなく、日本映画をもっと売り出そうとしていたのだ。

しかし、映画プロデューサー、ヒロ・マスダの著書『日本の映画産業を殺すクールジャパンマネー』(光文社新書)によれば、そのために数十億円以上の税金が投入されたものの、経産省の計画の甘さからグローバル展開は失敗し、資金は回収されず損失となり、しかも、日本の映画スタッフには1円も還元されていないという。

つまり巨額の血税が無駄に使われてしまった。衝撃的な告発である。もし、それだけの資金がクリエーターの支援に回されていたら、今頃、世界で高評価を受ける映画がもっと数多く作られていたのではないだろうか。

求められる新たな支援策

「クールジャパン」の失敗についてはもっと検証されるべきだが、映画界のためにはその反省も活かした新たな支援策を求めたい。文化芸術のためだけではなく、パンデミックの収束が見えそうで見えず、おうち消費のニーズが高まる中、優れた映像コンテンツを作ることは日本にとって大きなビジネスチャンスでもあると思うからだ。