インドネシアのバリ島は芸術・芸能の島として知られ、リゾート地としても有名な観光地です。そんなバリ島にある寺院に住むサルは観光客から金目の物を奪い、見返りに食べ物を要求するという習性を持っていることで知られています。

Acquisition of object-robbing and object/food-bartering behaviours: a culturally maintained token economy in free-ranging long-tailed macaques | Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences

https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rstb.2019.0677

Bali’s thieving monkeys can spot high-value items to ransom | Science | The Guardian

https://www.theguardian.com/science/2021/jan/14/balis-thieving-monkeys-seek-bigger-ransoms-for-high-value-swag-study

食べられないものや栄養価のないものなど、生物にとって本質的に価値のないもの(トークン)を使って物々交換を行う「トークン交換」は、人間以外の霊長類に経済が存在するかどうかを示す行動規範の1つです。トークン交換はすでにチンパンジーで確認されており、京都大学霊長類研究所が飼育するチンパンジーのアイが硬貨を使って自動販売機で好きな食べ物を購入する様子が2001年に報告されています。以下のムービーでは、実際にアイが与えられた100円玉を使って自動販売機で食べ物を買う様子が確認できます。

1999ClaudiaTokenPRI - YouTube

ただし、これらの実験は研究施設内で飼育された少数のサンプルと人間が交流して行われているため、自然の中に生きるサルの集団がトークン交換を獲得しているかどうかは疑問視されていました。

バリ島にあるウルワツ寺院周辺には、カニクイザルが生息しています。カナダのレスブリッジ大学心理学部のジャン=バプティスト・ルカ准教授が率いる研究チームは、このカニクイザルは人間と物々交換を自発的かつ日常的に行っていることから、その生態を調査しました。



by Jorge Franganillo

研究チームによれば、現地のカニクイザルは、ペットボトルや安いお土産のようなものには目もくれず、携帯電話や財布、メガネなどの人間にとって価値が高い物品をターゲットにするとのこと。ウルワツ寺院のスタッフは観光客に「ジッパー付きハンドバッグに必ず貴重品を保管して体に固定する」ようにアナウンスしていますが、このアナウンスを無視した観光客が被害に遭っているそうです。

実際にウルワツ寺院のカニクイザルが人間から物を奪うところは、以下のムービーを見るとよくわかります。

Why are these monkeys stealing from tourists? | World's Sneakiest Animals - BBC - YouTube

そこで、研究チームが観光客とカニクイザルの相互作用を273日以上かけて撮影した結果、カニクイザルはただ単に金品を奪って食べ物を要求するだけではなく、より高い価値の物品を奪った場合、より多くの食べ物を要求することが判明。また、個体の年齢が上がるほど、金品を奪って食べ物を得る成功率が高まり、高いレートのトークン交換を行う割合も年齢に応じて高くなることがわかりました。例えば、若い個体はヘアクリップやキーチェーンなどの価値が低いものを盗み、年配の個体は電子機器やアクセサリーなどをターゲットにするそうです。

今回の調査結果から研究チームは、カニクイザルが「略奪したアイテムが人間にとってどれだけの価値をもつか」を理解し、物々交換のレートに反映させている可能性を示唆しています。



by soo-ching

研究チームは「今回観察された事例は自然発生的で、世代を越えて受け継がれる社会的学習であり、自然に放たれた動物で文化的に維持されたトークン経済の最初の例かもしれません」と述べています。ルカ准教授は「金品の強奪と物々交換は、サルの文化的知性の表れです。ウルワツ寺院のカニクイザルが見せるトークン交換は社会的に学習されたものであり、少なくとも30年間にわたって世代を越えて維持されました」と語りました。