文科省の「実際の会話で使える英語力の習得を」を掛け声に、中高生の英語教育カリキュラムはたびたび変わってきた。今年4月には、小学3年生から英語が必修になった。しかし、ベストセラー『英単語の語源図鑑』著者の清水建二氏は「小学校からの英語教育には反対だ」という。イーオンの三宅義和社長が、そのわけを聞いた――。(第2回/全3回)
撮影=原 貴彦
英語教材開発者の清水建二氏 - 撮影=原 貴彦

■40年の間に高校の英語指導要領は6回変わっている

【三宅義和(イーオン社長)】日本の中学校・高校の英語教育全般に関して、清水先生からなにか提言なり、要望はありますか? 長年、教育現場にいらして、いろいろ思われるところはあったかと思いますが。

【清水建二(KEN’S ENGLISH INSTITUTE代表、英語教材開発者)】色んな議論がありますが、行き着くところは、文部科学省(文科省)がいくら指導要領をいじったところで、大学入試制度が変わらない限り、中高の授業は変わらないということですね。

【三宅】いつも思うのですが、指導要領は書かれている内容だけを見ると、非常に立派で、本当にそのとおりの授業が実現したら、日本の高校生の英語力は相当上がるだろうと思ってしまいます。しかし、授業の実態はほとんど変わらないわけですね。

【清水】私が英語の教員になってから40年の間に、高校の指導要領は6回変わっています。私が教員になったのが1979年で、翌年に改定されて科目名が「英語I」「英語II」「英語A・B・C」になりました。それから10年後、「英語A・B・C」がそれぞれリーディング、ライティング、オーラルコミュニケーションという形に変わりました。

■真面目にやっている学校がバカを見てしまう

撮影=原 貴彦
イーオン社長の三宅義和氏 - 撮影=原 貴彦

【三宅】そのときのことはよく覚えています。オーラルコミュニケーションが授業になったことで、英会話学校に行く高校生が爆発的に増えました。そこで大きく授業が変わったわけではないのですか?

【清水】実質はほとんど変わっていません。たしかに教科書の内容はかなり変わりましたが、多くの先生はその部分を意図的に省略して、従来どおりの読み書き英語に時間を回していました。

【三宅】それは、オーラルコミュニケーションが大学受験に関係がないから。

【清水】はい。それが現場の実情です。なぜなら文科省から言われたことを真面目にやっている学校がバカを見てしまうからです。

もちろん英語の先生たちは、子どもたちに「使える英語」「話す英語」を学んでほしいと思っています。しかし、当の子どもたちや保護者からすれば、「目先の受験のほうが大事なんですけど」という話になります。

【三宅】やはり入試問題が変わらないと高校の授業は変わらない?

【清水】変わりません。その後も科目の名称をコロコロ変えるだけで、中身は基本的に変わりませんでした。前回変わったのは2018年でしたが、変わったのは「コミュニケーション英語」を「英語コミュニケーション」と呼ぶようにしただけです。先生たちはみんなあきれていました。

■2024年にむけて大学入試改革はどうなるか

【三宅】その大学入試改革ですが、今後は4技能(話す、書く、聴く、読む)を評価することを目的に民間テストを導入することを決定して動いていましたが、実現の壁も高く、一時期頓挫し、いまは2024年を新たなターゲットにして動いています。

【清水】大学入試が変わるとなると、指導要領など関係なく、高校も中学も勝手に変わります。2017年、大学入試に民間の英語テストが導入されることが発表されると、授業のあり方を大幅に変えた学校や先生たちが続出しました。

ではなぜ頓挫したかというと、やはり教育現場の実態を知らずに安易に民間に丸投げしたことでしょう。

【三宅】何十万人もの受験生のスピーキングテストを民間機関に委ねて、正確に、そしてフェアに一人ひとりの能力を見定めることはやはり難しいのでしょうか。

【清水】難しいですね。3年前にある高校で1年だけ教壇に立ったことがあります。その学校には外国語科というコースがあり、いろんな科目を少人数で選択できます。そのとき、あるクラスでGTEC(ジーテック=Global Test of English Communication。ベネッセコーポレーションが実施している英語4技能検定)のテストを受験することになりました。

その試験監督をしたときに思ったことなのですが、というより生徒が一番感じたことだと思うのですが、いくらヘッドセットをしていても、他の受験生の言葉が丸聴こえなのです。

【三宅】なるほど。ヘッドセットで聞こえてきたものに対して各自が英語で返答するわけですね。

【清水】はい。すると当然、英語の得意な子はパッと返答できますから、自信がない子はその子がどんなことを言うか、全神経を耳に集中していればいい(笑)。それを見ていて、このようなやり方では絶対に公平な判断はできないと思いました。

4技能を評価すること自体は歓迎すべきですが、それなら国が責任を持って統一的な試験機関をつくって実施しないと、いろいろなところで不公平が続出すると思います。そのあたり、2024年に向けて、文科省がどのような知恵を絞ってくるのかお手並み拝見といったところでしょうか。

■高校でスピーキングの授業がないのに、入試ではテストがある

【清水】あと、仮に大学入試が変わったとしても、そもそも現状では高校英語のなかにスピーキングの授業がないことも問題です。リスニングのカリキュラムも体系だったものがないので、各自が試行錯誤している感じです。

【三宅】そうですよね。スピーキングの訓練が不十分で、入試にスピーキングを入れるのも受験生はたいへんですね。

【清水】おそらく「授業でライティングを教えているから、それを音に出したらスピーキングになるだろう」と安易に考えているのだと思います。

【三宅】やはり違いますよね。

【清水】違います。統一機関をつくるかつくらないかは別として、子どもたちにスピーキングの力を身につけさせたいなら、スピーキングに特化した授業を1つつくってもいいのではないかと思います。

【三宅】ちなみに生徒さんから「英語をしゃべれるようになりたい」と言われたら、どう対応されてきたのですか?

【清水】そういったケースは何度もありました。基本的に個別対応で、重要構文を丸暗記するような効率的な学習方法を教えたり、放課後にマンツーマン指導をしたりしていました。

【三宅】先生の書かれた書籍を教材にしたり?

【清水】たまに(笑)。私の場合、部活の指導がほとんどなかったので、そういう時間を割くことができたのは幸いでした。

【三宅】指導したくてもできない先生も多いですからね。

【清水】そうなのです。

■一斉授業の限界

【清水】大学入試が変わり、スピーキングの授業が新設されるとなっても、今度は一斉授業の限界が出てきます。40人一斉にスピーキングの練習ができるわけがありません。

【三宅】たしかにそうです。

【清水】そもそもそれだけの生徒が同時に一生懸命勉強するような雰囲気を作ること自体、ほぼ不可能です。英会話学校と違って、英語に興味のない子どもたちもたくさんいるわけですから。

【三宅】どのような形が理想ですか?

【清水】これは学校の英語の授業全般に言えることですが、チームティーチングの形で常に授業ができれば、言うことはないと思います。一斉授業も簡単なことを教えるぶんにはそれほど問題はないとは思いますが、レベルが上がってくるにつれて、ついてこられない子が絶対に増えます。そういう子の横に日本人の先生がつけば、しっかりフォローアップすることができるはずです。

そして、より細かいフィードバックが必要なスピーキングに関しては、選択制にして希望する生徒を対象に少人数で行うことも考えられるのではないでしょうか。

■「英語を英語で教える」ことは現場の教師には不可能

【三宅】いま中高では「英語は英語で教えることを基本とする」となっていますが、これはどうお考えでしょうか?

【清水】文科省から通達がきたのは2011年で、それ以降、「授業は英語でやるように」とずっと言われています。しかし、実際にやっている先生は私が知る70〜80人の英語教員の中で、1人だけです。

【三宅】なぜでしょう?

【清水】文科省の掲げる理想と現場の実情との乖離が大きいからです。たとえば当初は「文法の授業も英語でやりなさい」と言われたのですが、日本語で説明してもわからないものを英語で説明してわかるわけがありません。

【三宅】私もそう思います。

【清水】あとは先生の英語力の問題もあります。2003年から2007年までの5年間の間に日本全国の中高の英語教員を対象とした研修があったのですが、1年間でたった10日だけ。それで急に授業が英語でできるようになるわけないですよね。

【三宅】先生が自己研鑽を続けることは大切かと思いますが。

【清水】もちろんです。しかし、実際には多くの先生は、部活の顧問など自分の専門以外のことで時間を取られています。私はそれがなく、独学で英語の勉強を続ける環境にあったのでかなり恵まれていました。

■小さい頃に発音を鍛えておけば後々楽になる

【三宅】今年から小学校5年生で英語が教科になり、3年生から必修になりました。小学校における英語教育についてはどのようにお考えですか?

【清水】基本的には反対です。自分自身の小学生の頃を振り返ってみても、日本語を満足に喋れないのに英語を勉強するということは考えられません。とはいえ、小さい頃に発音を鍛えておけば後々楽になるという印象は強く持っています。

【三宅】耳で覚える英語ですね。

【清水】はい。かつて教え子と一緒に本を書いたことがあるのですが、彼の高校での英語の成績は平凡でした。ただし、クラスのなかで彼だけほぼネイティブに近い発音をするのです。最初は帰国子女なのかなと思ったくらいで、「どこで勉強したの?」と聞いたら、「小学校のときに英会話スクールに通っていました」と。大学を卒業したらイギリスに行きたいという夢を持っていたそうです。

【三宅】そうですか。当校のスピーチコンテストは、キッズ部門と大人部門があるのですが、発音やイントネーションは子供のほうが圧倒的に上手です。発音が良いと英語を話すことに自信が持てます。また、自分で発音できる音は聴き取りもできるので、リスニング力も上がります。そういう意味で、小さい頃からネイティブの英語に触れておくことは意味のあることだと思います。

【清水】そうですね。だから小学校でもそのあたりを強調しながら英語に触れさせるのがいいと思います。

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イーオン社長の三宅義和氏(左)と英語教材開発者の清水建二氏(右) - 撮影=原 貴彦

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三宅 義和(みやけ・よしかず)
イーオン社長
1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。1985年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。
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清水 建二 (しみず・けんじ)
元高校教師
1955年、東京都浅草生まれ。埼玉県立越谷北高校を卒業後、上智大学文学部英文学科に進む。卒業後、約40年にわたり高等学校で英語教員を務める。基礎から上級まで、わかりやすくユニークな教え方に定評があり、生徒たちからは「シミケン」の愛称で親しまれた。現在はKEN'S ENGLISH INSTITUTE代表として、英語教材の開発に従事。英語学習に関する著書多数。
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(イーオン社長 三宅 義和、元高校教師 清水 建二  構成=郷 和貴 撮影=原 貴彦)