黒の国産車は原形をとどめないほどにひしゃげ、夥(おびただ)しい破片を周囲に撒き散らしていた。オレンジカラーに黒を配したポルシェから降りてきたのは、赤いシャツに短パン姿の男だった。

【画像】逮捕時の彦田容疑者

ポルシェの運転手は「出し過ぎちゃった」と供述

 事故が起きたのは、首都高湾岸線下りの川崎市川崎区扇島付近。8月2日午前8時15分頃のことだ。

「国産車の右後ろの部分が激しく破損していた。後ろから相当なスピードで迫ってきたポルシェが、追い抜こうとして衝突したと思われる。ブレーキの痕はなかった」(捜査関係者)


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 追突された車両に乗っていた内山仁(まさし)さん(70)と妻の美由紀さん(63)は、ともに死亡。ポルシェの主である彦田嘉之(50)は、自動車運転死傷行為処罰法違反の疑いで現行犯逮捕された。

「美由紀さんは追突の衝撃で車体の外に体を投げ出されていた。彦田は法定速度を遥かに超えるスピードで走っていたことを認め、『出し過ぎちゃった』と供述している。車には彦田の息子も同乗していたが、腹の打撲で済んだ」(同前)

 犯行車両はドイツのスポーツカー・ポルシェの最高級モデル『911 GT2 RS』とみられている。

「最高出力は700馬力。停まった状態から時速100キロに達するまで、3秒もかからない。価格相場は約4000万円です」(専門誌記者)

一族は大地主、実家は庭園付きの大豪邸

 なぜ彦田はこんな車を所有できたのか。地元の江戸川区葛西地区の住民が語る。

「一族はこの辺りの大地主。嘉之の祖父の代までは農家で、海苔の養殖もしていた。土地を売って莫大な財産を得たんです。母親は元“ミス江戸川”のやはり資産家令嬢で、真っ赤なトヨタ・コロナに乗って嫁入りした。家族みな車好きで、母屋の向かいにあった大きな50坪ほどの倉庫には高級車が何台も並んでいた」

 実家は庭園付きの大豪邸。一族が管理するマンションに住んでいた彦田は、3人きょうだいの長男だった。

 彦田が子供時代にも“事件”を起こしていたと明かすのは、別の地元住民だ。

「小6の時に、裕福な家の子が持っていた腕時計を盗んで問題になったことがあるんですよ。それが原因で地元の中学校に行きづらくなり、実家から遠くの別の中学校に通っていました」

 高校卒業後、車の整備会社に就職したが、後に父親が経営する会社の役員に収まり、ガソリンスタンドを任されていたという。

高校生の時には無免許運転で自損事故も……

 若い頃に嘉之と遊び仲間だった男性が振り返る。

「過去にも車で人を轢きかけたことがあるし、高校の時は無免許運転で自損事故を起こしたことも。もともと嘉之は片方の手の指が2本なくて、ハンドルの扱いが下手なんです。中学生くらいの時、牛乳瓶に花火の火薬を詰めて爆弾を作ろうとしたらしく、破裂して指が吹っ飛んだんだとか。親父に買ってもらったベンツに乗っていた時は、もし事故を起こしても、頑丈な高級車だから、自分の身は大丈夫だと言っていた」

 事故の当日は、首都圏の車好きが集まる大黒ふ頭に向かっていたという。

「今はまだ気持ちの整理が……」遺族は声を振り絞った

 一方、亡くなった内山さん夫婦は、仁さんの父親の代から、江戸川区篠崎町で地元の人に愛される中華料理店を営んでいた。

「温厚で優しいご夫婦でした。成人した3人のお子さんがいます。夫婦とご主人の弟さんの3人で切り盛りしていたお店はラーメンやチャーハンが美味しかった。ですが長年、重い中華鍋を振ってきたご主人が肩を痛めてしまい、2年ほど前に惜しまれながらも閉店しました」(地元住民)

 関東の梅雨明けが発表された8月1日の土曜日。

「やっといい天気になりましたねえ」

 美由紀さんは、近所の主婦と挨拶を交わした。しばし世間話に花が咲く。理不尽な事故に巻き込まれたのは、翌朝のことだった。

「奥さん方のご親族に不幸があり、そちらに向かっている最中に事故に巻き込まれたと聞きました」(同前)

 自宅を訪ねると、遺族の女性が声を振り絞った。

「今はまだ気持ちの整理がつきませんので……」

 一瞬で2人の命を奪った彦田に、2度とハンドルを握る資格はない。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2020年8月13日・20日号)