習近平国家主席(東方経済フォーラムHPより)

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 先ごろ九州などを襲った集中豪雨は、熊本県を中心に60人以上の犠牲者を出す惨事となった。一方、中国でも、長雨によって深刻な局面が訪れつつある。

「6月中旬に入梅すると、連日の大雨で長江流域では大規模な災害が発生しました。上流の重慶市をはじめ江西省、そして新型コロナウイルスの発生地とされる武漢を擁する湖北省などは依然として“都市流失”の危険にさらされています」

 とは、外信部デスク。そして、その命運を握るのが湖北省宜昌市にある「三峡ダム」なのである。

「1993年に着工し、2009年に竣工した三峡ダムは、総発電量2250万キロワット。総貯水量は393億立方メートルと黒部ダムのおよそ200倍で、湖水面積も琵琶湖の約1・7倍にあたる1084平方キロメートル。中国が威信をかけた一大プロジェクトだったのです」(同)

 総工費はざっと2千億元(現在のレートで3兆7千億円)。が、その“自信作”は目下、警戒水域をとうに超え、6月29日には緊急放流に踏み切った。三峡ダムに詳しいノンフィクション作家の譚ロ美(タンロミ)氏によれば、

「かりに決壊すると、約30億立方メートルの濁流が下流部を襲い、少なくとも4億人の被災者が出るとの試算があります。上海は都市機能が麻痺して、市民の飲み水も枯渇することになるでしょう」

習近平国家主席(東方経済フォーラムHPより)

 とのことで、

「6月11日には、中国水利省の次官が会見で『想定以上の洪水が発生すれば“ブラックスワン”の可能性もあり得る』と発言しました。ブラックスワンとは、あり得ないことが起こって強い衝撃を与えるという意味ですが、それが今や現実となりつつあります」

 ダムから長江河口に位置する上海まで、およそ1500キロ。が、そんな距離をものともせず、おびただしい量の汚水は容赦なく商都を飲み込むというのだ。

 その上海とともに懸念されるのは、人口1100万人の町・武漢である。米国から新型コロナウイルスの発生源として「武漢ウイルス研究所」が名指しされたのはご存知の通りだが、それに先立ち、18年には在北京の米国大使館が2度にわたり、本国に外交電報で警告を発信していたことが判明している。

「それは4月14日付のワシントンポストが報じています。記事によれば18年1月、米国大使館が科学担当の外交官を武漢ウイルス研究所に派遣。ここは病原体レベル4を扱える世界最高水準の安全性を誇る実験室を備えているのですが、問題の外交電報には『汚染レベルが極めて高い研究施設を安全に運営するために必要な、適切な訓練を受けた技師と調査官の不足が深刻』などと記されていたのです」(前出デスク)

 加えて武漢には、ウイルス研究に携わる「疾病管理予防センター」も存在する。先の外交電報の指摘通りであれば、成分不詳の泥水が町を覆い尽くす時、バイオハザードが発生する事態も、むろん念頭に置かざるを得ない。

「中国人は見抜いていた」

 評論家の石平氏が言う。

「洪水を防ぐためのダムが今や洪水の元凶となりつつあるのは皮肉ですが、ダムの下流にある上海や南京、武漢などは金融や製造業の中心都市。そこでは中国人だけでなく、町を拠点とする日本企業やその駐在員もまた、被害を受けることになるのです」

 まさしくその通りで、中国が世界に誇る巨大ダムの決壊は、我が国にとって決してひとごとではない。というのも先の譚氏は、

「ダムが決壊することになれば、中国政府は“原因は日本企業にある”と言い出しかねません」

 そう警鐘を鳴らすのだ。かつて2000年、三峡ダム建設プロジェクトの2期工事で、三井物産を通じて住友金属(現・日本製鉄)が水圧鉄管用の鋼板を4600トン受注した。が、品質検査の結果、衝撃に対する強度が基準を満たしておらず、一部が不合格に。両社の関係者も出席して日中間の交渉が行われ、最終的には日本側が陳謝、住友金属が代替品を納入して解決に至ったのだが、

「この経緯は当時、中国の官製メディアが発行する雑誌で報じられました。ところがその後、17年に日本で神戸製鋼の(アルミなど)品質データの改ざん事件が発覚した際に、『日本製造業の不正を17年前に中国人は見抜いていた』などと、住金の三峡ダムの一件を蒸し返すような形で再び中国メディアが記事にし、以降はネット上で広まっていったのです」(同)

 そうした記事は各所に転載され、今回の水害が本格化する前まで、ニュースサイトなどで閲覧可能だったというのだ。

「7月12日、習近平国家主席は水害対策と災害救助に全力を挙げるよう『重要指示』を出しました。これを境に、ネット空間をコントロールする中国政府は情報を一本化しようと“雑音”である書き込みを削除し、情報発信も制限しています。万が一、実際に決壊となったら、政府はあの情報を再び拡散させて日本企業に責任転嫁するおそれは大いにあります」(同)

 そもそも事業主は中国政府で、住金は代替品を納入して工事は無事、継続されており何の問題もない。さらに同社は03年、三峡ダムの3期工事に際しても鋼板を連続受注した実績がある。これで中国が矛先を向けるようなことがあれば、筋違いも甚だしい。

 元新潟大教授で『三峡ダムと日本』の著作がある鷲見一夫弁護士が言う。

「中国共産党は、近代的技術力を示すために世界一のダムを造ったわけです。それが壊れるなんてもってのほか。だから、いったん不安を煽るような過去のニュースを削除したのでしょう。ですが、いざ決壊したら事実は隠し通せません。国の威信をかけて造ったものが壊れても国民に頭は下げられない。そこで日本に矛先を向けるのです。中国国民も直接には政府を批判できないものだから、日本を責めるしかありません」

 そうした不穏な動きについて日本製鉄に尋ねると、

「仮定の話については、コメントを差し控えます」

 としつつも、

「三峡ダム向けの鋼材については、お客様に納得頂いて納品したものと理解しております」

 理不尽な物言いは、それこそ鋼板で跳ね返せばいいのだ。

「週刊新潮」2020年7月30日号 掲載