4代目「タント」は2019年7月に発売(写真:ダイハツ)

2011年11月にホンダ初代「N‐BOX」が発売されて以降、2014年を除いて軽自動車販売の1位を堅持し続けている。一度だけ1位を譲った2014年にナンバーワンとなったのは、スーパーハイトワゴンという価値を生み出したダイハツ「タント」である。


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それまでの市場動向はどうであったかを振り返ると、スーパーハイトワゴンよりやや背の低いハイトワゴンのスズキ「ワゴンR」とダイハツ「ムーヴ」が競い合い、そこにタントが加わるといった様相であった。軽自動車人気の主体はハイトワゴンであった。

ホンダも「ライフ」というハイトワゴンを持っていたが、ワゴンRやムーヴほど消費者を惹きつける記号性や商品力は十分でなかった。軽自動車として十分な商品性を備えていても、それを所有し使うことに喜びを感じられるような魅力は備えていなかったのだ。この頃の市場は、人に自慢できる何かが必要なものとなっていた。

ヒットの理由は「+α」の価値

ワゴンRとムーヴの前は、スズキ「アルト」とダイハツ「ミラ」が主役で、これらはハイトワゴンではない。アルトは、1979年に登場した初代の47万円という超低価格により、実利の軽としての価値を生み出し、その後の「アルトワークス」と呼ばれた高性能車で注目を集め、その地位を築き上げた。


1987年に追加発売された「アルトワークス」(写真:スズキ)

ミラは、1985年に登場した2代目の白い「ミラターボ」が、空力パーツを装着した格好よさとターボエンジンによる高性能とで一世を風靡した。アルトワークスもミラターボもバブル経済の追い風を受け、軽自動車の高性能化に人々の目を集めさせた。

ワゴンRやムーヴは、バブル経済崩壊後、身近で経済的な軽自動車でありながら、人生に何か豊かさを覚えられる「実用一点張り+α」を持つクルマとして、消費者を喜ばせた。

そして、若い人々が家庭を持ち、子育てをするようになって、毎日の生活をより快適にする車種として、スーパーハイトワゴンのタントが2003年に登場するのである。

車内で子どもの世話をしやすいよう、ルーフをハイトワゴンよりさらに100mmほど高くし、子育てに忙しい親の負担や心配を軽くするクルマとして他の追随を許さない存在になった。


2003年に登場した初代「タント」(写真:ダイハツ)

その対抗馬として、2008年にスズキから「パレット」が誕生した。しかしタントの牙城を崩すまでに至らず、1代でパレットの名は消え、今日の「スペーシア」へ車名を変更してスズキのスーパーハイトワゴンは存続している。

競合が現れたタントは、2代目で左側の前後ドアの支柱をなくし、後席スライドドアと合わせ大きな開口部を実現した「ミラクルオープンドア」を採用するなど独自の商品性を強化し、王座を維持。そうした中、スーパーハイトワゴンを持たなかったホンダが、満を持して投入したのがN‐BOXである。

F1エンジンのエンジニアが開発責任者に

初代N‐BOXの開発責任者(LPL=ラージ・プロジェクト・リーダー)を務めた浅木泰昭(あさき・やすあき)氏は、「競合他車のことは気にしなかった」と語った。狙ったのは、「ミニ・ミニバン」であると言う。


1994年に登場しヒットした初代「オデッセイ」(写真:本田技研)

浅木LPLは、それまで軽自動車開発の経験がなかった。1980年代の第2期ホンダF1時代にレース用エンジン開発に携わり、のちに初代「オデッセイ」や4代目「インスパイア」のエンジン開発に関わる。それから企画室へ異動し、N‐BOXのみならず、そこからはじまるホンダの「Nシリーズ」と呼ばれる軽自動車群の開発責任者となるのである。

ホンダは、1960年代のF1参戦以降、十数年の空白期間を経て再挑戦。しかし、1980年代前半は勝てずに苦悩した。あるいは1990年代初頭、ホンダはRV(レクリエイショナル・ヴィークル=三菱「パジェロ」などの車種)を持たず売れ行きが低迷し、倒産の噂まで流れた。

そうした苦境から再生したのが第2期F1エンジンでの常勝という成功であり、初代オデッセイの爆発的な販売であった。

スーパーハイトワゴンを持たなかったホンダがN‐BOXを開発するに際して、競合他車に勝てる道を選ばず、独自のミニ・ミニバンという価値を目指した背景に、そうした浅木LPLの、かつての苦境から立ち上がった成功体験が生きている。


初代「N-BOX」は2011年にデビュー(写真:本田技研)

したがってミニ・ミニバンの言葉通り、初代N‐BOXに試乗してまず感じたのは、まさにオデッセイやステップワゴンといったミニバンの運転席からの景色であり、運転感覚であった。それは、タントともスペーシアとも違った。

ミニ・ミニバンというからには、登録車のミニバンに通じる室内空間と利便性を備える必要がある。そこでN-BOXの浅木LPLは、「ステップワゴンを超える広さ」の実現に取り組んだ。

すべての人に安心で扱いやすいクルマ

もちろん、軽自動車規格を超える寸法の確保はできないが、ホンダが長年クルマ作りの思想として継承してきた「MM思想」、すなわち「マンマキシマム・メカミニマム」の考えにそって、荷室広さを追求した。

そこに貢献したのが、初代「フィット」以降の登録車で基盤となったホンダ独創の「センタータンクレイアウト」を採用するプラットフォームだ。これにより、車体後半の空間を大きく確保でき、N‐BOXは自転車をそのまま載せることができた。


ホンダが制作した初代「N-BOX」の自転車積載イメージ(写真:本田技研)

「子どもを迎えに行った親が、子どもが出かけるときに乗っていった自転車を簡単に持ち帰れるように」というのが浅木LPLの狙いの一つであり、それは生活者の安心を思っての配慮であった。独創技術を消費者のためにという考えは、まさに本田宗一郎の世のため人のための思想に通じる。

タントは子育て家族に狙いを絞り、それが的を射た。一方で、消費者を限定した。しかしN‐BOXは、生活者すべてにとって安心して扱いやすいミニ・ミニバンという価値を提供した。それは働くクルマとしても魅力的に映り、今日の「N‐VAN」という発想がつながっている。

軽自動車は、寸法的制約を持ちながら、ユーザーニーズに合わせたさまざまな車種が発売されたことで、新車市場の3割以上を占めるまで成長を重ねた。

4代目となる新型タントでは、地域に根差した活動と、高齢化社会という日本が将来的に抱えていく社会問題と対面しながら、バリアフリーの概念を商品に結び付ける取り組みが行われている。

それによって、フルモデルチェンジをした昨2019年は、11月にN‐BOXの台数を超え1月で2万台超の販売を記録した。


ディーラーオプションのミラクルオートステップ(写真:ダイハツ)

福祉車両においても新型タントは充実をはかり、後付けのステップや手すりなど、補助的な装備を追加できる自在性のある車両開発を行っている。ここには、販売店と顧客との結びつきを継続的に強化していこうとする視点も入っている。

ただの改良ではない新鮮味が必要

一方で、新型タントに試乗すると、クルマとしての新しい価値を感じにくいのも事実だ。

タントという価値が不要であるという意味ではなく、タントという価値はすでに先代モデルでも満たされているのではないか、との思いにさせられ、クルマとしての新鮮味に欠けるのである。


2代目「N-BOX」は2017年に登場(写真:本田技研)

同じ意味で、2代目となり、なお販売が好調のN‐BOXでさえ、初代の継承でしかなく、改良版という以上の何かがあるわけではない。2代目へとフルモデルチェンジする直前、前任の浅木LPLに「2代目をどう思うか」と尋ねると、明確に答えず、ただ首をかしげるだけだった。浅木LPLの目にも、2代目の取り組みに物足りなさを覚えたのだろう。

したがって、3代目N‐BOXへ向けては、ミニ・ミニバンの価値は継承するとしても、そこに時代を反映した何かが加わらなければ、人気が崩れる懸念も残る。例えば、軽自動車の電動化という側面において、ホンダもダイハツも、スズキや日産、三菱に後れを取っている。

スズキのスペーシアも年間販売台数でN‐BOXに次ぐ2位を獲得する勢いを持つが、「スペーシアでなければ」という強みはない。クルマとして全方位で「よくできたスーパーハイトワゴン」という水準にとどまっている。だから、N‐BOXを抜くことができずにいるのだ。

もしN‐VANがEVで出てきたらと思うと、脳に刺激が走る。

もしN‐VANがEVになれば、商用バンといえども静粛性や乗り心地が大幅に改善されるからだ。同時に、EVで懸念される走行距離についても、日々の走行距離がおよそ定まり、見えやすくなる分、問題視されない可能性も出てくる。それが、次世代のミニ・ミニバンかもしれない。


2018年に「N-VAN」は発売された(写真:本田技研)

なおかつ、N‐VANの床の低さであれば、福祉車両として幅広い利用が可能になるのではないか。それは、これからのユニバーサルデザインの核となっていくだろう。

たかが商用バンと思うかもしれないが、昨2019年にN‐VANは年間で4万2530台を売り、対前年比185.1%の伸びを示している。販売台数こそN‐BOXの17%でしかないが、伸び代はN‐BOXの対前年比104.8%をはるかに超えており、N‐WGNの3万2382台を上回る販売台数なのである。

軽自動車をEVにするには「リチウムイオンバッテリーの原価がまだ高すぎる」という声が、すぐにも聞こえてきそうだ。しかし、それこそが技術者、開発者の取り組むべき挑戦であり、存在価値ではないのか。ゼロから1を生み出す気概が求められる。

電動化で先行したスペーシアの価値

電動化も含め、いまもっとも成熟したスーパーハイトワゴンはスズキのスペーシアである。


「スペーシア」は全車にマイルドハイブリッドを採用する(写真:スズキ)

理由の一つは、当時でさえ高価だとされたリチウムイオンバッテリーを採用し、「エネチャージ」と呼ばれる電動化技術を2012年のワゴンRに採用したことが生きている。

あえて電動化に投資をすることで、その後の軽自動車各車にマイルドハイブリッドを採用でき、同様の技術は「スイフト」をはじめとした登録車にも波及した。それらの性能や快適性は、競合他車を凌駕するといっていい。

スーパーハイトワゴンの価値は消えないまでも、N‐BOXはもちろん、タントもスペーシアも、今のままではすでに新車に買い替える勢いを失っている。

現状のN‐BOXを超えるには、異常気象、高齢化、少子化、ガソリンスタンドの減少など「今」という時代が抱える生活や社会の不安を解消し、新しい暮らしを切り拓くことのできる希望的価値の提供が求められるのだと思う。