帚木蓬生によるベストセラー小説に平山秀幸監督がほれ込み、初めて自ら脚本を手掛け、およそ11年という月日をかけて製作した映画『閉鎖病棟 ―それぞれの朝―』。精神科病棟に生きる人々を映した本作において、主演の笑福亭鶴瓶、共演の綾野剛とともに作品を支えたのが、壮絶な過去を背負いながら前に向かって生きる女子高生・島崎由紀を演じた小松菜奈だ。

長野県のとある精神科病院には、様々な事情や病状を持つ患者たちがいた。死刑罪となりながらも、死刑執行が失敗し生き永らえた梶木秀丸(笑福亭)、サラリーマンだったが幻聴によって暴れ出すようになったチュウさん(綾野)、DVが原因で入院する女子高生・由紀(小松)。家族や世間から遠ざけられても、明るく生きようとしていた彼らだが、そんな日常を一変させる事件が院内で起こる。加害者は秀丸、いったいなぜ彼は犯行に及んだのか。

秀丸、チュウさん、由紀――それぞれが抱える痛みに、どうしようもなく胸が締めつけられる本作。「ものを作った実感はすごくある」と語る平山監督と小松に、話を聞いた。

――2008年に原作と出合った平山監督が、惚れ込んで映画化に着手したと伺いました。

平山監督 原作を読んで放っておけなかった、というのが正直な気持ちでした。その頃はどんな形になるかはわからないままだったんですけれど、今こういう風になって、ありがたいなと思っています。

――初めて脚本も執筆したそうですが、書く作業はかなり大変でしたか?

平山監督 本当にねえ……現場で「このセリフは言えない」とか、いろいろ言われるんですよ(笑)。

小松 私も、そのひとりだと思います(笑)。自分が演じていく中で、実際のリアルな感情では、「これはまだ言わないかな……?」というような部分もあったので、提案として監督に相談したりしました。

平山監督 それが正しかったんですよね。台本はやっぱりあくまでも活字で、青写真なわけですから。実際に組み立てていくのは現場の仕事なので。台本で「晴天」と書いているのに、いきなり「曇天」になることもあるから、やっぱりケースバイケースだと思います。台本の段階では、世界がひとつしか見えないんですね。価値観が自分の中にしかない。現場に放り投げるとスタッフが40人いて、俳優さんも同じくらいいて、いろいろと価値観が広がっていくわけです。それはものすごく面白い作業でした。だから大変なんて思う余裕はなかったです。面白いまま、ひと月がたって「あ、あっという間に撮影が終わった……」という感じでした。それくらい、僕にとっては濃い時間でした。

――小松さんは、複雑な事情を抱える由紀という役でした。オファーを受けて、いかがでしたか?

小松 由紀は壮絶な過去を抱えていて、どうやって先の光を見つけ出すんだろうなと思っていました。私自身、役を演じて探していきたいなという気持ちでやっていきました。今回は鶴瓶さんと綾野さんともご一緒できて、どんな風に三人が寄り添っていくのかが楽しみでもあったので、「ぜひ演じたい」と思いました。

――平山監督は、小松さんの演技によって変わったり、気づかされる部分もありましたか?

平山監督 あった、あった。「こうくるか!」とか思いましたね。例えば、由紀がお母ちゃんに「義父が嫌だから、別れてくれ」という芝居があるんです。最初、もうちょっとニヒルにくると思ったんですけど、小松さんは素直に「お父さんと別れて」と、ストレートな芝居でした。

小松 そうでしたね。

平山監督 あのときに、「そうか!」と思ったんです。クランクインしてから何日か経っていたけど、「まったく違う発見の由紀だ」と思って、うれしかったです。ああいうのを見ると、本当にすごく楽しい。

小松 由紀としては、とにかく純粋に「離れたい」という部分がたぶんあって。しがみつくかのように、(母親に)いくのかなと私は思ったんです。もし違ったら「違う」となるかもしれないけど、とりあえずやってみようという感じで、あのときはやりました。お芝居に正解はないとは思うんですけど、監督的にはどうなのかな、と思いながら……。

平山監督 (親指を立ててOKサインを出す)

小松 (笑)。

――後半の法廷シーンも忘れ難いです。ある種、見せ場ともいえる小松さんの真に迫った演技、長台詞が見られます。

小松 あの日は、ものすごく緊張していました。もともと私は、リハーサルから作りこまないとできないタイプで、感情を止めることができないんですけど。あの緊張感はいまでも忘れられません。震えるというか。

平山監督 1週間くらい前に「あのシーン、1カットでいくよ」と言ったら、「そう思ってました!」と言っていたよな(笑)。

小松 きっとそうだなって思っていました(笑)。

平山監督 ぶちぶち感情が切られるよりも、ひとつの流れがないといけないだろう、というのはあったからね。

――場面によっては、平山監督のほうから先に提案したり、演出をつけることはありましたか?

平山監督 何したかな……。由紀については「自分の立場を意識してくれ」みたいなことは言ったかもしれないです。

小松 結構シーンごとにお話はしましたよね。セリフのニュアンスだったり、三人(秀丸、チュウさん、由紀)でいるときの居方だったりとかを話したり。

平山監督 台本の中にある由紀という人を小松菜奈が演じることで違う発見もあるだろうし、ということの積み重ねはやってきた気はする。あと、小松だけでなく、俳優さん皆さんに言ったのは「どんなお芝居をしてもいい。ちゃんと返っておいで」と。精神疾患のことを表現してはいるんだけど、クランクアップしたらまた自分に戻ってこいよ、とは最初から言っていましたね。そのまま作品の世界に行きっぱなしが、一番怖いですからね。

小松 クランクアップのときに「退院、おめでとう」となりましたもんね(笑)。

平山監督 そうそう、みんなそれぞれアップしたときに、言ったね。

――総じて、平山監督にとって小松さんはどんな女優でしたか?

平山監督 「小松さんってどういう人?」と聞かれたら「宇宙人みたいだったよ」と言おうと思っていたんだけど……。

小松 言おうと思っていた(笑)。

平山監督 (笑)。年齢も暮らしもいろいろ違うんだけども、『閉鎖病棟』を作る上での進み方はきっと変わっていなかった。鶴瓶さんも綾野さんもそうだけど、「ちゃんと一緒に進めたよね」という気持ちはありますね。

小松 平山監督は役者をすごくリスペクトしていて、ちゃんと見て向き合ってくださる監督なので、私はすごくのびのびとできました。スタッフさんも皆さん、愛を持ってこの作品に挑んでいらして、それがちゃんと映画に出ていたので「携われてよかったな」としか思えないです。

平山監督 天使みたいだから、やめてくれる(笑)?

小松 (笑)。

平山監督 彼女はね、すごくスタッフに好かれたんです。移動車も押していたもんね。

小松 いえ、皆さんとコミュニケーションをとりたかったんです。ずっと辛いシーンが多かったのもあって、自分のやるべきことをちゃんとやらなきゃ、と思っていたら、スタッフさんともコミュニケーションがなかなか取れなくて。

平山監督 確かにね。ものすごく辛いシーンをやるとき、朝「おはようございまーす」とニコニコ入られると、みんなムッとするよな(笑)。

――平山監督は長く『閉鎖病棟』に向き合ってきて、今、作品をきちんと残せたという実感は湧いていますか? 小松さんも、公開前の今のお気持ちなどを聞かせてください。

平山監督 今終わって、この映画をどう整理できるかというと、僕はできないんですね、変な言い方ですけど。今年のはじめに撮って、半年以上たっているんだけども、まだ良い、悪いとかの整理はできていなくて。すごく今充実した気持ちかと言えば、そういうことでもなくて、整理するには僕にはまだまだ時間がかかる。でも「ものを作ったよね」という実感はあります。

小松 ちゃんとした人間味のある役を演じられて、自分の感情をちゃんとコントロールしないといけないんだな、というのもこの現場で教えられましたし、次の課題も見つけられた作品でした。改めて「映画っていいな、映画の現場ってすごく好きだな」と思いましたし、また最初に戻れた気持ちになれた部分もありました。この役を通じて、人に何かを与えられるものを、これから作れたらいいなと思っています。(取材・文=赤山恭子、撮影=映美)

映画『閉鎖病棟 ―それぞれの朝―』は、2019年11月1日(金)より全国ロードショー。

出演:笑福亭鶴瓶、綾野剛、小松菜奈 ほか
監督・脚本:平山秀幸
原作:帚木蓬生「閉鎖病棟」(新潮文庫刊)
公式サイト:heisabyoto.com/index.html
(C)2019「閉鎖病棟」製作委員会(C)1994帚木蓬生 / 新潮社